第4話(4) 大事な発明品

「凄い……あっという間に片が付いた」


「まあ、ざっとこんなものです」


 億葉は爪の先から立ち上る煙をフッと吹き、駆け寄ってくる勇次に対して胸を張る。


「! まだだ!」


 二人と離れていた御剣が叫ぶ。


「「‼」」


 何段にも並んでいる商品棚が次々と倒れ、そこから一体の女の妖が勢い良く飛び出してくる。その姿は一見スーパーに買い物に来た会社帰りのОLかと思われたが、羽が生えており、腰の部分には鋭利な長い針が見える。その妖は億葉に対し襲いかかってきた。


「くっ……⁉」


 迎撃が間に合わないと判断した億葉は思わず目を瞑る。しかし、体に痛みが感じられない。不思議に思った億葉が目を開けると、そこには驚きの光景が広がっていた。勇次が億葉の前に立ち、妖の繰り出した鋭い突きを背中で受け止めていたのである。億葉が叫ぶ。


「な、何をやっているんですか、鬼ヶ島氏⁉」


「咄嗟に……体が動いて……ぐふっ!」


 勇次が呻く。妖が勇次の体に刺さっていた針を思い切り引き抜いたからである。


「ち、邪魔しちゃってくれちゃってさ……まあいいわ、次で仕留める!」


 妖が針を億葉に向けて突き出す。しかし、これも勇次が金棒で受け止める。


「好きにはさせねえ!」


「!」


「折角作ったものを潰させるわけにはいかねえんだよ‼」


「‼」


 勇次の言葉に億葉は両手で胸を抑える。妖は信じられないといった様子で話す。


「ば、馬鹿な! あの方に比べて即効性が薄いとはいえ、効き目自体は間違いないはずだ! 私の針を少しでも食らったら、痺れが酷くて満足には動けないはず!」


「片手片脚が動けば問題ねえ!」


 勇次が叫ぶ。その体の周囲にはまたどことなく赤い空気を纏っている。


「鬼ヶ島氏! その頭!」


 億葉の言葉に勇次は自らの頭部をさすりながら、自嘲気味に呟く。


「へへっ、角が生えてくるのにも慣れてきちまったな……」


「お、お前、鬼の半妖⁉」


「どうやらそうみたいだぜ! サインでも欲しいか?」


「そんなもの要らないわよ!」


「ぐっ!」


 妖が勇次との距離を一瞬で詰め、針を勇次の左膝に突き刺す。


「鬼ヶ島氏!」


「一瞬感じた妖力には驚いたけど、まだまだ覚醒途中ってところね! 人間どもにつくっていうのならここで始末する!」


 距離を取った妖が、再び勇次に向かって襲い掛かろうとする。勇次は後ろに振り向き、億葉の両肩をガシッと掴む。


「でええっ⁉ こ、これはそういうことでごさいますか? 不束者ですが……」


 億葉は戸惑いながら両目を閉じて、唇を突き出す。


「こんな時に何目を閉じているんですか! それよりも何かないんですか⁉」


「え?」


「回れ右!」


「あ~れ~」


 勇次は億葉の体を180度回転させて、その背に背負った大きいリュックのファスナーを下ろし、その中に手を突っ込みかき回すように探す。


「あ、そ、そんな強引な……案外嫌いじゃないけど」


「ないんですか⁉ アイツの虚を突けるようなものは⁉」


「え、えっと、右奥かな~」


「これか!」


 億葉に言われたものを掴み、勇次はすぐさま振り返る。


「よし来い! って、スプレー⁉」


「はん、ただの虫除けスプレーが通用すると思うか!」


「鬼ヶ島氏、噴射です!」


「ええい、ままよ! って、えええっ⁉」


「ぐおおっ⁉」


 単なる市販の虫除けスプレーかと思われたが、強力な火炎が妖を包みこんだ。


「『一億個の発明! その48! フレイムスプレー!』です!」


「また物騒なものを……」


「今が好機ですぞ!」


「よ、よし! 喰らえ!」


 勇次は金棒を燃え盛る妖に思い切り叩き付ける。妖は燃えながら、消えていった。


「はあ……はあ……やったか?」


「まだ反応があります! 駐車場です! 急ぎましょう!」


「い、いや、ちょっと待って下さい……ぐえっ!」


 億葉は勇次の首根っこを乱暴に掴み、引き摺るようにしながら、ローラーブーツのエンジンを全開にして、駐車場へと急ぐ。


「御剣氏!」


「来たか! 戊級をよく撃破した!」


 御剣が刀を構えながら、駆け付けた億葉たちに声を掛ける。その先の空にはもう一体の妖が浮かんでいる。


「ひょっとして、あ奴が親玉ですか⁉」


「ああ、さっきの妖が『あのお方~』と言っていたのでな。僅かな気配を察し、駐車場に出てみたら案の定だった!」


「援護しますぞ!」


「待て、奴は丙級だ! 無闇に動くな!」


 御剣は意気込む億葉を制止する。妖が呟く。


「私の可愛い子供たちを……よくもやってくれたわね……万死に値する!」


「気が合うな、私も貴様を逃すつもりは無い!」


 御剣が刀の切っ先を妖に向ける。


「ふん……白髪の剣士め、おのれは後回しだ!」


「! 億葉! 勇次!」


 妖は億葉たちに向かって急降下する。


「こ、こっちに来た!」


「か、億葉さん、取りあえず手を離して下さい!」


「あ、はい」


「げほっ、げほっ……これでも喰らえ!」


 勇次は金棒で駐車していた車を打ち上げる。車体が妖の方に飛んで行く。


「くっ!」


 妖はなんとか車体を躱す。


「ちっ、外したか……次は当てる!」


 勇次は再び車を打ち上げる。


「来ると分かっていればこんなもの! どうということはない! ……?」


 妖は鋭い針で飛んでくる車体を貫いてみせるが、勇次たちを見失う。


「車の陰に隠れたか、小癪な真似を……ん?」


 妖の目が車の陰から覗く億葉のリュックを捉える。妖は叫びながら降下する。


「はみ出しているぞ! 車体ごと貫いてくれる!」


「はみ出させているんですよ!」


「!」


「『一億個の発明! その62! 火事場の馬鹿力アーム!』 喰らえ!」


 両腕に金属製の大きなアームを着けた億葉が車を持ち上げて、妖に向かって思い切り投げつける。妖は急降下を止める。


「だから同じ手は……なにっ!」


「野球は9回、ツーアウトからだぜ!」


 投げつけられた車体から勇次が飛び出してくる。


「車に乗り込んでいたのか⁉」


「よっしゃ! 捉えたぜ!」


 妖よりも上に飛び上がった勇次が空中で金棒を振り下ろす。


「ちっ!」


「なっ⁉」


 勇次の渾身の一振りはすんでのところで躱されてしまう。


「馬鹿な!」


「大振り過ぎる! 軌道が読み易い―――」


「だ、そうだ。次に活かせ」


 御剣が背後から妖の腹を貫く。勇次が驚く。


「隊長、飛べたんですか⁉」


「飛ばしてもらった」


 そう言って御剣が視線を下に向ける。勇次が下を見ると、これ以上ないドヤ顔でアームをブンブンと振る億葉の姿が見える。


「成程……って、やばい! 着地⁉」


「億葉!」


「承知!」


 億葉が両手のアームを広げ、左手で御剣を、右手で勇次を受け止める。


「あ、危なかった……」


「助かったぞ、億葉。礼を言う」


 億葉はアームを着けたまま、大袈裟に両手を振る。


「いやいや礼には及びません。そうですね、研究予算を多少増額して頂ければ……」


「……前向きに検討しておこう」


「ありがとうございます!」


 地面に降りた御剣が指示を出す。


「妖の反応は消えた。隊舎に戻るぞ」


「了解! ……よいしょっと」


 アームを片付けた億葉はリュックを背負う。勇次が戸惑い気味に尋ねる。


「億葉さん、その中に何個発明が入っているんですか?」


「いや~細かいことは良いではありませんか、旦那様」


「だ、旦那様⁉」


「拙者の大事な発明品を命懸けで守って下さいました。そんな方は初めてです。それに……いきなり押し倒されたり、中をまさぐられたり……そんなことも初めてです」


「誤解を生む言い方止めて下さい!」


「拙者のことは億葉とお呼び下さい。もはや夫婦と言っても過言ではないのですから」


「過言だ!」


 顔を赤らめる億葉の横で勇次は頭を抱える。

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