悪い奴のせいにはできないのさ

 題名だいめいの通りだ。正直、これ以上話す事はない。だがこれだけでは何も分からないだろう。僕もわからない。だから、言葉をつなげていこうと思う。


 悪い奴というのはどこにでもいる。正確には、どこにいる人でも、悪人あくにんというものになれるのだ。今はただ、そうなっていないだけだ。違うだろうか? それとも、悪人でなければ、みんながみんな聖人せいじんだとでも? そんな訳ないだろう。悪人とやらのせいにするというのは、自分がやらなかった事をした人を、自分の事を棚に上げて批判する振る舞いではないか。その時、自分は良い人間だと心から思っているとしたら、あなたの正しさにはあやまちが必要とされていると、たったそれだけの事ではないか。


 それでも、自分というものを聖人と称するなら、聖人というのは自称じしょうに過ぎなかったと、僕は理解するだろう。そうやって言えば誰でもなれるようなものに、何の価値も無かったと、僕はみとめるだろう。僕が言いたいのは、そこまで悪人を必要とするのなら、それはもう犯罪を求めているようなものではないかと、そういう事だ。


 どうか、僕の言っている事が全て間違いであってくれ。僕が一人で馬鹿をしているだけであってくれ。世間の人というのは、善意ぜんいを持っていて、それで世界という一つのまとまりを、正しい方向に進めていこうとしていると、そう信じさせてください……頼みます。お願いします。後生ごしょうですから、馬鹿野郎ばかやろうは僕だけで勘弁かんべんしてください。お願いします……。


 そう願う時、どうしようもない悪が一つあれば、諦められるだろうと思うのだ。そして、そういう時になって、僕はこう思うのだ。『悪い奴のせいにはできないのさ。だって、それを求めたのは自分なんだから。』そう思うだろうと考えると、悪い奴なんてのはいない方がいいのだ。だが、いる。そこにいる。誰かが指をさしている。誰かが石を投げている。誰かが罵詈雑言ばりぞうごんを、いわれのない誹謗中傷ひぼうちゅうしょうを、直接的な暴力ぼうりょくを……そうやってみんな、自分を正しくさせようとしている。




 そんなに単純なら、全部僕のせいになってしまえばよかったのに。そうすれば、僕が一人で罪をつぐなっていればいいんだ。どうしてそうじゃなくて、手頃てごろな悪人で自尊心じそんしんなぐさめてしまうんだ。みんな僕を責めればいい。みんな僕を傷つけようとすればいい。僕に死刑を訴求そきゅうしてもいいし、僕をどうにか苦しめる為にいくらでも手を打ってもいい。それで、他の誰も傷つかないのなら、そんなに幸福な事はない。


 どうしてそうはならないんだ。どうして、僕はここで一人取り残されていくんだ。僕がみんなの後ろについていけないからって、独りにしないでくれ。おいていかないでくれ……それならまだ、傷つけられている方がマシだ。誰にも慰めてもらえないまま、一人でじっとしている方が……その方が、誰かが傷ついてしまうよりもずっと……。

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