第四部
111_檻の中を走る
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第4部のうち、先行6話を投稿いたします。
月・水・金の18時にて投稿して参ります。
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「防衛隊! こっちだ! 民間人を奥へ!」
「ヘンセンに伝令を!」
「駄目だ! 門を押さえられてる! 第一いまヘンセンに軍は居ないんだぞ!」
飛び交う怒号。
全ての声が強い緊張感に満ちている。
その声にあてられるように、震えるミアの手。
私はその手を強く握った。
このバラステア砦は、今や周囲を自領に囲まれている。
どういうわけか、そこへ王国軍が攻め込んで来てしまった。
私に戦争のことは分からないが、これが想定外の事態であることは防衛隊の狼狽ぶりを見れば分かる。
「エーファおねえちゃん……」
私を見上げるミアの瞳が揺れている。
あの日のことを思い出しているのだ。
私たちの集落が襲われた、すべてを奪われたあの日のことを。
いや、すべてじゃない。
私にはまだ奪われていないものが、守るべきものがある。
小さな手を強く握って、自分を奮い立たせた。
そして窓に駆け寄り、外を確認する。
「…………!」
駄目だ。
門の周りは王国軍だらけ。
ほかに脱出できそうな道も見つからない。
いま私たちが居る一階は、もう危険だ。
とにかくまずは、上階に逃れるしか無い。
「ミア、こっちよ!」
「う、うん」
妹の手を引いて走り出す。
分かっている。
上階に行ったところで、逃げ道なんて無い。
私は袋小路へ向かっているだけだ。
でも、このまま一階に居ても殺されるだけ。
何かほかの可能性を求めて、とにかく行動しなければならないのだ。
この世にたったひとり残った家族を、ミアを守れる可能性を探して、諦めずに動き続けなければ。
二階を通り過ぎ、最上階の三階へ。
いざと言う時に飛び降りられる二階を逃げるべきかと迷ったけど、とにかく敵から遠ざかる方が優先だ。
そして私たちは広い砦の奥へと走っていく。
怒号のなか、防衛隊の人たちが走り回っている。
ここは民間人の立ち入りが禁止されたエリアだけど、私たちを見咎める人は居ない。
皆、武器を手に必死の形相で一階へ下りていく。
周りを見ると、ほかの民間人も、同じように上階へ逃れて来ていた。
誰もが顔に、強い焦燥の念を貼りつけている。
当然だが、皆、魔族だ。
人間の民間人たちはどうなっただろうか。
私がそれを考えていると、外から言い争う声が聞こえた。
窓に近づき、外を見下ろす。
門の近辺で、人間の民間人が王国騎士に詰め寄っていた。
「ここには人間も大勢いるんだぞ!」
「だから誘導に従って離れろと言っている! そもそも魔族の軍門に降ったストレーム領の者どもが、偉そうにするな!」
「ふざけるな! 第一、今のここは事実上、民間の商用施設だ! こんなところで戦うな!」
「戯言を! 寡兵とは言え敵軍が駐留しているだろうが! そもそも民間であっても魔族は殲滅するのみ! 我欲にまみれた商売人どもは、そんなことも忘れたらしい!」
「もう一度言ってみろ!」
………………。
あれは、さっき輸送について魔族と話し合っていた人間だ。
別に魔族を守ろうとしているわけじゃない。それは分かる。
でも、少しでも時間を作ってくれるのはありがたい。
剣を持つ相手へ食ってかかる彼らの気概に、感謝しておこう。
そう思いながら、私はミアの手を引いて、砦の更に奥へと逃げ込んでいった。
「どこかの部屋に隠れられれば良いんだけど……」
そう言って廊下を見まわす私の手を引いて、ミアが一点を指さす。
「おねえちゃん、あれ……」
ミアが指さしたのは、火のついた燭台だった。
燭台がどうしたと言うのだろうか。
「……火をつけるの。この砦に」
「え?」
私は絶句した。
そんなことをすれば、私たちも危険に晒される。
「どうせ逃げられない」
「……ミア! 諦めないで! 私は絶対にあなたを……!」
詰め寄る私に、ミアはゆるゆると首を振る。
それから、私の目をしっかりと見返して言った。
よく見れば、彼女は少し震えている。
それでも、目は何かの決意を
「……諦めない。でも逃げ場はぜんぜん無いから……。だったら、こんらんしちゃった方が良い」
「え?」
「それに……砦が焼けていちばん困るのは、王国騎士のひとたちだから」
◆
「リンデルさん! 砦から火が!」
「む……」
首尾よく突入し、南北の門を押さえた我々だが、ここで想定外の事態が起きた。
ハンネスの指さす先で、砦が炎をあげ始めたのだ。
泡を食って失火しただけかもしれないが、意図して火を放ったなら、敵も侮れない。
完全に逃げ場が無い以上、混乱を作り出し、包囲に穴が開くことを期待する方がマシだからだ。
しかしそうするにしても、限界まで追い詰められた末でなければ、こんな行動はとれないはずだ。
まだこちらが上階に踏み入ってもいないうちから状況を動かしにいける者が、果たして魔族兵のなかに居るだろうか?
まして砦には、奴らが守るべき民間人も居るのだ。
いや、あるいは、混乱を作るだけではなく、その先も考えたうえでの判断なのか?
「ハンネス。敵が我々の意図を察知したうえで砦を燃やそうとしている可能性はあると思うか?」
「どうでしょう。今や要衝と言えないこの砦に、そこまで頭の回る者が居るとも思えませんが」
この砦を確保することで、タリアン領へ侵攻している魔族軍を本拠から引き離し孤立させる。それが我々の狙いだ。
だが砦が焼け落ちてしまえば、そのプランも破綻する。
ハンネスの言うとおり、そこまで考えられる者がこの地に居る可能性は低い。
第一、砦の守護という任を帯びた防衛隊が、こうも易々と砦に火を放てるとは思えない。
だが、偶然に期待するのは愚かだ。
たまたま失火したという可能性は無視して事にあたるべきだろう。
何か不確定要素があるのだ。
「ハンネス。敵は意図して砦を焼こうとしている。消火を急ぐよう、第三騎士団の幹部に進言しろ」
「分かりました!」
駆けていくハンネス。
周囲を石造りの防壁に守られてはいるが、砦自体は木造なのだ。
いかな難攻不落も、内部から焼ければその限りではない。
砦を制圧し、消火を急がせなければ。
「リンデル殿! 砦内部への突入に手こずっている! 助力できるか?」
突入を指揮していた者から声がかかる。
第三騎士団も精鋭ぞろいだが、やはり私の居る第一に比べると落ちる。
元々ユーホルトが居てこそ発揮できる、集団としての安定感が強みだからな。
「私が出る。前を開けてくれ!」
そう言って私は走り出す。
そして自陣の人波を抜け、敵へ突っ込んでいった。
「
ごうと音がして、剣が炎を帯びる。
その燃え盛る剣を、敵の先頭に居た男へ叩きつけた。
「ぐぁっ!」
防ぎ切れず倒れる男の後ろから、次の敵が三人、槍を突き込んでくる。
長物三本に対して退がるのは危険だ。私は前転して敵の隊列に飛び込む。
そして膝立ちの姿勢から、再度剣を振るった。
敵たちの悲鳴と共に、豪炎が音をあげる。
次の瞬間、隊列に穴が開いた。
「今だ! 斬り込めぇ!!」
私が叫ぶと、後ろから第三騎士団が突っ込んでくる。
そして怒号を響かせながら、敵の隊列に開いた穴を広げていった。
これで良い。
自らがリスクを負ってこそ、人は動くというもの。
制圧を急がねばならない以上、私も前に出なければ。
それに、ここに居る第三騎士団の者たちは、今後私の部下となる者たちだ。
信頼を獲得しておく必要がある。
「お見事だ! さすが第一で梟鶴部隊を率いるだけのことはある!」
「恐れ入る。第三騎士団諸兄に負けず、私も勝利のために力を尽くす所存だ」
「勝利は近づいたとも! 貴公が見せた迫真の剣閃に、皆、勇気を得ている!」
迫真の剣閃だと?
あんなものが、あの程度のものが迫真の剣閃だと言うのか。
苛立たせてくれる。
迫真と呼べる剣があるとすれば、それは。
それは……。
「………………」
脳裏に、かつて見た光景が蘇る。
エルベルデ河。
一瞬で肉薄してくる魔族に反応した男が、戦傷著しい身でありながら、完璧な刃筋で振った剣。
加護なしが繰り出した、届くことの無い、意味を持たぬはずの剣。
…………認めぬ。
許せぬ。
絶対に。絶対にだ。
女神に棄てられた者は、世界に不要なのだ。
愚昧な加護なしなど、異物でしか無いのだ。
背信の徒に対する怒りが、私の鼓動を早める。
噴き出す感情が肚に渦巻く。
「…………ふぅー……」
良くない癖だ。
私は、
息を吐いて心を鎮める。
感情の池に広がった波紋を落ち着かせ、なだらかな
自らの精神を御し切れぬ者が、戦場を、そして戦局をコントロールできるはずが無い。
それを思い、表情に平静を保ち、私は砦を見上げた。
火が回るスピードが早い。
やはり失火ではないな。
第三騎士団の者たちも、ざわつき始めている。
だが、この程度で
不測の事態は起きるもの。
常に何かは立ちはだかるもの。
最後に果実を手にできれば、それで良いのだ。
そう考えつつ、私は戦場に歩を進めた。
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「煤まみれの騎士 I」2022年3月17日(木) 発売です。
近況ノートに、帯つきの書影を公開しています。
https://kakuyomu.jp/users/mihama/news/16816927861514699200
まさかの大物作家さんから推薦コメントあり!
ぜひチェックを!
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