第47話 おでむかえ

 朝の九時に島長官が事務所に迎えに来る事になっていたので、それまでに必要な行動を済ませておく。


 まずは、ザックとアインの兄妹をギャンブリーの街へと転移で連れて行き、アンドレ隊長に頼んでホタルとフローラとフラワーの三人を含めた五人を沖合の米空母に向けて送ってもらう。

 ホタルは当然リュシオルとして参加なので、金髪碧眼の姿になっている。


「ちゃんと眉毛まで染めたから、目にしみて大変でした」

「確かにしみそうだな、下の…………」


「チョア! 先輩セクハラ発言はダメです!」

「いてえな。いきなりチョップとか酷くねぇか?」


「私のチョップくらいで痛いとか絶対ないでしょ?」

「気分的な問題だよ。じゃぁホタル、みんなを頼むな。俺は日本に戻って島長官と飛行機で『ラン・フォア・ローゼス』に向かうから」


「解りました」


「アンドレ隊長、みんなをよろしくお願いします」

「ああ、任せろ。少しずつでも交流が進んでくれるのは、俺も会社から頼まれている優先事項だからな。だがアズマ、うちの会社の利益に繋がるような事にも協力は頼むぞ?」


「アンドレ隊長の頼みにはできるだけ前向きに取り組めるようにします」

「フン、まぁそれでいい」


 アンドレ隊長に『ラン・フォア・ローゼス』までの送りを頼んで、俺は転移で日本へと戻った。


 事務所のそばにあるコンビニに寄ると、東雲さんがコンビニのおにぎりコーナーを眺めていた。


「おはようございます。東雲さん。昨日は遅くにありがとうございました」

「あ、おはようございます、小栗さん。あれから徹夜で研究所で採取データを調べて貰っていました。少しわかった事があるので事務所に着いたら話しますね」


「それは……お疲れ様です。きつくないですか?」

「職務上三日くらい寝ないのは平気ですので」


「凄いですね……朝食は驕ります!」


 そう言って東雲さんの持っていた商品をカゴごと受け取り、俺もおにぎりを三個とお茶を追加してレジに並んだ。


 事務所に到着すると応接テーブルの上に、お握りとお茶をならべて朝食を取り始めた。


「昨日私が採取した遺留品なのですが、あの部屋に入ったのは日本人の方と、カージノ王国の方だけですよね?」

「そうですね……正確に言うと、俺とホタルと斎藤社長。それにカージノ王国のポーラ王女とザックとアインの六名以外は、この五年間の間に入室した人はいないはずです」


「そうですか。斎藤社長は純粋な日本の方ですよね?」

「そのはずですが、詳しく伺った事はありません」


「結果から言うと、大陸の人物、恐らく中国系の人物のDNAが検出されています」

「まぁ一番濃厚な線ですね」


「公的機関の人物なのかどうかも解りませんから、確証はないのですが身辺は十分に、お気をつけて下さいね」

「心にとめておきます」


「私も小栗さんと島長官にご一緒して『ラン・フォア・ローゼス』に行きますので、よろしくお願いしますね」

「そうなんですね、日本に戻ってくる前に一週間滞在しましたけど、揺れも全然感じないですし、船の上だと思えないほど快適な所ですよ」


「私も流石に空母には乗った事がありませんから、結構楽しみにしています」

「そうなんですね。そう言えば東雲さんって得意な武術とか護身術ってあるんですか?」


「そうですね。高校時代に剣道ではインターハイで優勝した経験があります。後は防衛省に入省してから、合気道もそれなりに学んでいますので、普通の男性が相手であれば身を護ることくらいはできると思います」

「凄いですね……」


 そんな話をしているうちに約束の時間を迎え、島長官がSP三人と共に現れた。


「おはようございます小栗さん。このまま羽田に行き那覇空港で自衛隊機に乗り換えて出発になります。あれ? あららぎさんはご一緒じゃないのですか?」

「あーホタルは、今日は通訳の仕事が入っているそうです」


 俺の返答に島長官は苦笑いをしていた。

 六人で島長官の乗ってきたアルファードで羽田に向かう。


「小栗さん。ご自宅の話は伺いましたよ。あそこはあのままにされるのでしょうか?」

「そうですね。今は住所を移さない方がいいかと思ってそのままにしてたんですが、今回のような事があると近隣の住民に被害が出たりしたら悪いので、引き払おうかと思います」


「ご住所は事務所の二階の部屋に移されるのですか?」

「いえ……法的にはそうした方がいいんでしょうけど、マスコミやなんかが騒いでも困りますから、私の所有しているマンションに一部屋空きがありますから、そこに住民票だけ移してしまおうと思っています」


「ふむ……そうですね、それが無難な対処かもしれませんね。マンションを所有されているとか小栗さんはお金持ちなのですね?」

「あー……長官はさすがにその辺りの事情はご存じなかったんですね。俺、WIN5で六億円当てたんですよ。それが、すべての始まりだった気がします」


「そういえば二ヶ月半ほど前にニュースになった事がありますね。史上最高額の配当とか、あれが小栗さんだったんですか?」

「はい。ホタルも職場の後輩ではありましたが、あの日、偶然、競馬場で出会っていなかったら、こんな展開にはなっていなかったはずです」


「正に『事実は小説よりも奇なり』ですね。その豪運を私も身につけたいものです」

「島長官は、能力を身につけられるとしたら、モンスターとでも戦おうと思える方ですか?」


「そうですね、欲しい能力を狙って身につけられるというのであれば、是非チャレンジしてみたいですね」

「なるほど……一つだけ助言できるとすれば、初めての魔物討伐の際には飛び道具は使用しない方がよいと思います」


「それは? やはり、カージノで魔物を倒せばこの地球でも能力を身につける事が出来るということですか?」

「はい……可能でした」


「一体どうやって調べたのでしょうか?」

「法律的に問題があるかも知れませんので、オフレコでお願いしますね。斎藤社長に実験をお願いしました。銃でモンスターを倒して貰ったのですが、以前に俺と一緒にカージノに渡った傭兵会社のメンバーと同じ能力が現れたので、おそらく銃だとみんな画一的に【狙撃】というスキルが身につくのではないかと思います」


「それは、便利が悪いのですか?」

「いえ、銃や弓を使い続けるのであれば、十分に有用ですが、もっと他に良いスキルが沢山ありますから、そちらを覚えたほうがいいかと思います」


「そうなんですね。空母に着くまでの間時間はありますから、その辺りの話を色々お聞かせください」

「解りました」


 俺は移動中、スキルの習得方法や、神殿で行われる馬娘たちによる使徒競争の話をした。

 島長官はとても興味深そうに話を聞いていた。


「では、お金があれば、そのスキルと言うものは必要な物が手に入るという事ですか?」

「手っ取り早くいうとそうなりますが、日本円や米ドルはカージノでは必要としていませんので……通貨も札は存在せずに金貨や銀貨が流通しているので紙のお金は認めないでしょうね」


「なる程……でも金は取引に利用できるのですね?」

「まぁ……そうです」


「これは、金相場が著しく上昇する可能性が高いですね。貴重な情報をありがとうございます」


 それから、島長官は少し席を外していた。

 きっと総理に金の確保へ向けた助言でもしに行ったのではないだろうか?


 那覇で乗り換えた自衛隊のC2輸送機は日本時間では十四時カージノ時間では十六時に『ラン・フォア・ローゼス』へと着艦した。


 艦長のバーン大佐が島長官とは儀礼的な挨拶だけをすると、俺に話しかけてきた。


「ミスターオグリ、帰って来たんだな。この空母の乗り心地を気に入ってもらえたのかい?」

「バーン大佐、お久しぶりです。まだ一週間しかたってないのが嘘のように懐かしく感じました」


「ミスターオグリ、今日来るカージノの貴族はどの程度の人物なんだ?」

「えーと爵位は騎士爵ですから、世襲ではない自己の才覚で手に入れる爵位ですので、能力は高い方ですよ。王女の訪日に向けての調整会議のために日本を見たいと連絡をいただきました」


「なぜアメリカでなく日本なんだ?」

「えーと、今日も付き添いで来ると思いますが、彼らの通訳を行う言語学者が地球の言葉を学んだのが俺からでしたので、日本語しか話せないからです」


「君もそうだが日本語しか分からないと言いながら、実は他国の言語も理解しているとかないのかい?」

「そ、それは、もしかしたらアンドレ隊長たちから、英語も学んだ可能性も捨てきれないです」


「今日はホタルは一緒じゃないんだね」

「あー、ホタルはお小遣い稼ぎのバイトに行ってます」


 それから、一時間後にアンドレ隊長の操つるボートが、五人の乗客を連れて空母に近づいてきた。


 すでにボートでこの空母に人を送るのは三度目なので慣れた感じである。

 ミッシェルも一緒に乗船している。


 空母に横付けすると貨物の積み込み口から、ザックとアインの兄妹、言語学者のリュシオル、従者のフローラとフラワーが搭乗してきた。

 空母の乗員が始めて見る馬獣人の二人の耳と尻尾に視線が釘付けになっていた。


 さすがに見てはいるが、騒ぎはしないあたりが軍人だな。

 こちら側は、バーン大佐と島長官と俺の三人でザック達を出迎えた。


 艦長としてバーン大佐が、代表して挨拶をしたのをリュシオルが通訳する。


 後は俺がザックに対してカージノの言葉で話しかける。


「早速日本に向かって飛び立つから、みんなでついて来てくれ」


 カージノの一行が俺達の後を着いて、飛行デッキへ向かう途中でバーン大佐が俺に話しかける。


「ミスターオグリ。今回はこのまま日本へ向けて飛び立ってもらうが、アメリカの要請もちゃんと聞いて貰える様に頼んでおいてくれよ?」

「彼らは今回、王女の訪日に向けての調整のための権限しか持たされていないので、次回、王女の訪日が決定すればそういう話も可能になると思いますから、もうしばらくお待ちください」


「解った」


 だが毎回こんな大掛かりな事をして日本への行き来をするのはとても非効率だから、カージノ側からの提案として俺は島長官に対して話し掛けた。


「長官、すでにご存じのようにカージノは魔法文明国家です。カージノの王家が所有するような魔道具の中には、瞬間移動を行えるような魔道具も存在しているので、今後カージノと日本の間ではその魔道具を用いた移動方法を使用する許可をいただけないでしょうか?」

「……そうですね。現代社会の法律上はとても私の一存で返答が出来る範囲を超えていますが、抜け道は無い事もありません」


「どういう手段ですか?」

「大使館を設置してしまえばいいのです。その敷地は日本国ににありながら、日本の法律の適用範囲外となりますので」


「なるほど、例えばですが、俺達の会社の隣の敷地にカージノ大使館を設置するなんていうことは可能でしょうか?」

「確か隣は昨年、統廃合で廃校になった小学校の敷地がありますね。そこは都が所有している土地なので、政府から働きかけましょう。外壁だけをしっかりと作れば、敷地内には校舎が残っていますので、改装をすれば使えなくも無い筈です。ただし……その転移の魔道具でパスポートを持たない人物が勝手に出入りを繰り返す状況は避けて欲しいので、敷地の入口には日本の税関のような施設も設置させて頂く事になりますよ?」


「わかりました」


 そんな話をしながら、公式には初めてカージノ国民が地球の国へと訪れた。

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