第34話 王女様と日本へ③

「まず俺とホタルは後一週間ほどで日本へ帰国しますが、エストとリュシオルはあくまでも別人です。その為の生活基盤の準備をお願いしたいのです」

「なるほど、しかし……エストさん。あなたとリュシオルさんは自由に日本と、そのカージノ王国でしたか、そこを行き来できる手段があるんですよね?」


「はい。先生を信じてお話ししますが異世界転移物の小説とかお読みになられたりしますか?」

「意外に思われるかもしれませんが、私は結構『オタク』でして深夜アニメなどは大ファンなんですよ。ですから大体理解していると思っていただいても大丈夫です。勿論アニメ化される様な人気作品は原作小説も読破していますから」


「そうですか、それなら大丈夫ですね。カージノ王国は、もうお分かりになるかと思いますが、魔法と剣のファンタジー世界です。勿論、モンスターもいます。俺も偶然手に入れた能力を活用して、一気に強くなったりしました。そしてリュシエルは異世界転移物の定番能力である、言語理解の所持者です」

「……それは、何と言いましょうか、羨ましい話ですね。私が『ダービーキングダム』に乗船していなかった事が非常に悔やまれます」


「カージノが地球に転移してきたせいで、色々な問題が起こっている事は勿論俺達もすでに情報としては持っていますが、現在の所、カージノ大陸では食料自給率も百パーセントですし、他国と繋がりを持たないでも何も問題は無いのです。恐らく外交ルートなどを開くと『カージノ大陸のせいで多くの海岸が失われた賠償責任を要求する』とか言い出す国は一つや二つでは済まないでしょ?」

「それは……多分間違いないですね」


「カージノはそういう面倒な交渉を一切行うつもりもありませんから、付き合いを行う可能性があるとすれば、一切の賠償責任を追及しないという条件が大前提です」

「しかし……エストさんから見てどうなのですか? 力づくでいうことを聞かそうとして、争いになった場合、カージノは独立を維持できるのでしょうか?」


「おそらくですが、仮に核攻撃を受けたとして、カージノの被害はゼロでしょうね……そして攻撃されれば必ず報復を行います。何もしなければカージノから仕掛けることもありません」

「ですが……今、お連れ様達の様子を見ると非常に興味深そうにしてらっしゃいますよね? カージノでは文明はあまり発達していないのじゃないですか?」


「そうですね。家電やパソコンを便利な物だと言い切ってしまえば、この世界のように誰でも手に入れることはできません。しかし……先ほども言ったように、電力で出来ることは、大抵魔法でも出来ます。もっと言ってしまえば、魔力で電気を作り出すことも難しくは無いでしょう。ほとんど原価もゼロに近いレベルで」

「なっ……それが本当で在れば現在の地球の価値観や経済的優位はすべて変わってしまう事ではないですか?……」


「そうかもしれませんね。ただ一つ言えることはカージノ王国と友好的に接し、地球の新たなる仲間として受け入れることこそが、この世界の生き残っていく道筋なんではないかと思いますよ?」

「……解りました。私は具体的に何をしたらよいでしょうか?」


「俺の家とか今後あの場所のままだと絶対に大騒ぎになる予感しかしないので、まずは新たな日本での拠点ですね。一戸建ての物件で事務所としても使えるような物件を早急に用意して欲しいです。それと……俺はカージノ王国の伯爵として結構な広さの領地を賜っています。そこを活用することで、色々な可能性を模索できるのではないかと思うんですが、俺には、こっちの世界での伝手が全くありませんから、その辺りを取りまとめて欲しいと思っています。うちの専属で新会社を立ち上げて、社長やりませんか?」

「それは、いきなり凄い提案ですね。はっきり言って、かなり魅力的です。しかし世界の情勢を左右するほどのことを二つ返事で受ける訳にも行きません。少し私なりに考えを纏めさせてもらってもよろしいでしょうか?」


「勿論構いません。他に頼る人もいませんし」

「でも……何故私なんですか? ご自分で社長として表舞台に立たれた方がいいんじゃないでしょうか?」

「俺は、つい先日まで派遣社員で倉庫管理しかして無かった男です。日本や世界の既存社会が俺を認めて受け入れるには、面倒な偏見とかありそうですし、ある程度の社会的地位を持つ先生のような人がワンクッション間に入られる事で、状況は変わるんではないでしょうか?」


「なるほど……解りました。もう一つだけ、エストさん。いえ、小栗さんは活動資金は大丈夫なのですか? 六億の資産はもう半分ほど使われていますし、そのお金も来年支払う税金などを考えれば、手を付けれる金額も企業活動をするには心もとないかもしれませんよ?」

「あー……その問題もありますね。それに関しては恐らく心配しなくても大丈夫です」


「解りました。とりあえずは先ほど言われた物件を早急に用意しましょう。今日はこの後の予定などは決まっているのでしょうか?」

「王女達に日本の文明を見せて歩くだけですね。夕食まで食べた後に戻る予定です。良かったら一緒に同行されませんか? 俺の代理人として、彼女たちと知り合いになって置く意味は大きいと思いますので」


「そうですね。では、そうさせて頂きましょう」


 俺は改めて斎藤先生を王女達にも紹介した。

 俺が斎藤先生と話している間は、ポーラはホタルに質問しまくっていた。

 ザックとアインはハンバーガーとポテトに夢中だ。


 地下鉄の駅から地上に出て、スカイツリーがそびえ立つ姿を見ると、またしても三人は口を広げてポカーンとした表情で固まっていた。


 六百三十四メートルの建造物は、カージノの常識ではあり得ない高層建築だし、このようなタワーの必要性もカージノではうすいからな。


「この塔は神との交信でもする場所なのでしょうか?」

「ポーラ、惜しいな。神ではないが、さっきポーラが騒いでいたテレビの電波を送るための、電波塔なんだ」


「電波? ですか??」

「魔力を使わない通信で、受信する機器さえあればスキルが無い人でも遠距離での放送が可能となるんだよ」


「素晴らしいですわ。そのような魔法をカージノでも導入することは可能なのでしょうか? それに、あの馬を使わない馬車も導入は出来ますか?」

「車は、そうですね。道路の問題もありますから実際に使えるものは限られてきますが、難しくはないと思います。ですが、地球の物をそのまま導入するには、環境的な問題など起こりますから、しっかりと計画を立ててからの導入をおすすめします」


 その後はエレベーターに乗り、展望台から東京の街を見下ろすと、あまりの建築物の多さにびっくりしていた。

 ザックが俺にたずねる。


「エスト様。この世界では危険なモンスターは一切存在しないのでしょうか?」

「あーそうだな。カージノの基準でいうモンスターは居ないな。危険な野生動物などはいない訳じゃないけど」


「人の強さははどうなのでしょうか?」

「この地球には魔法やスキルは存在しないので、素手での戦いであればザックやアインが負けることはあり得ないさ。恐らく格闘が本業の相手と戦っても大丈夫だろ」


 スカイツリーを見学した後は、予定通りに秋葉原へと向かった。


「エスト、この世界にも獣人は居るのですね」


「……あー、あれはコス……普通の人間が飾りをつけてるだけだ。この世界に獣人やエルフなんて居ないぞ」

「そうなのですか。メイドの姿をした者が多いですが、スカートの丈が短すぎると思いませんか?」


「それも……」


「おい、ホタル。アキバの文化は聞かれても説明に困るから、違う場所へと移動するぞ」

「そ、そうですね。この世界の生態系を見てもらうのに、動物園なんかはどうでしょうか?」


「そうだな」


 俺達がアキバから移動しようとした時だった。


『パシャ!』


 シャッター音が聞こえると同時に声を掛けられた。


「すいませーん、ちょっとよろしいでしょうか? モデルのお仕事とか興味ないですかぁ」


 いきなり、声を掛けて来たのは、どうやら芸能事務所のスカウトのようだった……本物かどうかは全然解んないが……

 俺は斎藤先生が一緒に付いて来てくれたことを、良かったと思った。

 小声で先生に頼む。


「俺達は日本語は解からないって事にして、先生が対応して貰えますか? それと今の写真、消去させる事は可能ですか?」

「任せて下さい」


 そう返事をした斎藤先生が、スカウトを名乗った人に対して司法書士の名刺を出し、今撮影した写真の削除と芸能活動には一切の興味がない事を伝えた。

 さすがにちょっと面倒そうだと感じたスカウトマンはその場でメモリーから写真を削除して先生に確認されたりしていたが……

 周りには人がすぐ集まってきていて、当然のように無許可でスマホカメラを向けてる連中もいた。

 とても全部は相手に出来ないし早々にその場から退散する。


「アキバはヤバいな……」

「ですね……」


 実際もし、ポーラ王女やザックとアインの兄妹が芸能活動をしたらすぐにトップスターになれるかも知れないほどの外観スペックは持ってるだけにたちが悪い。


 その後は、上野動物園で地球上の動物を見て回り、人がいない場所を見つけて車を俺のインベントリから取り出して、ドライブをすることにした。

 車の中が一番安全だな。

 王女が少しくらい騒いでも平気だから……


 その後は斎藤先生に頼んでクレジットカードのエグゼグティブ特典でホテルのディナーを予約して貰い、一応Tシャツにジーンズでは少し都合が悪いかな? という話になったので斎藤先生以外は、夏向けなカジュアルエレガンスな装いをお台場のショッピングタウンでコーディネートして貰った。


「ポーラ、分かっているとは思うが喋るなよ?」

「大丈夫よ。子供じゃないんだから」


「その割に今日の行動は随分駄目だったな」

「そ、それは、あまりにも目新しいものが多すぎて、ちょっと驚いてしまっただけよ」


 心配ではあったが、なんとか着替えも済んでディナーも問題無く終了する事ができた。

 

「斎藤先生。今日は一日付き合わせてしまって、すいませんでした。今後の活動拠点の件などよろしくお願いします」

「大丈夫です。お任せください。小栗さんが『ダービーキングダム』内で名刺交換をされた方々の人脈は今後日本で行動をされる上で大変重要になると思いますので、正式に帰国されたら彼らに連絡をする事をおすすめしますよ」


「そうですね。解りました」


 食事を終えるとポーラが陛下にお土産だと言って大量のスイーツを買い込んでいたが、本当に陛下用なのかは、ちょっと気になった。

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