第43話 フワ三毛ちゃんねる

 世間が殺伐としているために、動画サイトでは動物系のチャンネルが百花繚乱……いや群雄割拠の時代に突入していた。

 人々は感染症におののき在宅ワークが進み、外出もままならぬ事態が続いた事でストレスをため込んでいたのだ。

 そんな彼らがフワフワした犬猫小鳥の動画に癒しを求めたのは、まぁ自然の流れだったのかもしれない。犬や猫は無邪気で可愛い。彼らは人間どもの持つ邪念や悪意とは縁遠く、我々のささくれた心を癒してくれる……真なる動物好きならば憤慨しそうな考えであるが、そういう考えのにわか動物好きたちは特に糾弾される事は無い。彼らが実際には動画の向こうの動物を愛でるだけであり、実害は無かったのだから。

 ともあれ動物チャンネルはこの一、二年で急増した。その中でも最も種類が多かったのは猫のチャンネルであろう。犬と共にペットの代名詞であり、尚且つ犬と異なり散歩も不要で犬以上に自然な動画が作れる。そう思った猫飼いたちが多かった結果なのだろう。


 件の猫チャンネルの中で一番の人気を誇っていたのがフワ三毛ちゃんねるだった。タイトルの通り、主役はみけひめという名の一匹の三毛猫だった。清潔で開放感のある部屋の中で繰り広げられる彼女の日常を淡々と配信するという内容だったのだが、バリエーションに富んだ内容とみけひめの動きの面白さや可愛さから一躍猫チャンネルのスターダムに駆け上がったのだ。

仔猫だったみけひめがやって来たという最初の動画が配信されてから二年足らずで「世界で最も視聴された猫動画」という称号を得る事となったのだ。動画投稿サイトの動画たちの大多数が、小説投稿サイトの作品群以上に埋もれる事を考慮すれば、フワ三毛ちゃんねるの人気ぶりの凄まじさがよく解るであろう。



 愛らしくも親しみやすい風貌のみけひめ目当てにフワ三毛ちゃんねるには多くの視聴者が集まっていたが、ある頃から懐疑的な意見がぽつぽつと上がり始めていた。

 曰く、自然体をテーマにしているというが、実際はみけひめに負担のかかるやらせではないか。

 曰く、みけひめが懐いていないために、猫用のお菓子を多用しているのではないか。

 曰く、曰く、曰く……多くの憶測はさほどお行儀の良くないとされる掲示板上で飛び交い、またフワ三毛ちゃんねるを考察するためだけの動画も作られた。

 フワ三毛ちゃんねる自身はコメントを受け付けていたが、少しでも懐疑的な素振りを見せたコメントは、すぐに削除されたりブロックされていたのだ。

 懐疑派の疑念が決定的になったのは、秋に投稿された一つの動画だった。投稿主の従弟が飼っているヒヨコを預かったという旨の内容だったのだが、事もあろうにヒヨコと猫であるみけひめを無理やり対面させるようなシーンが写り込んだのである。

 この動画はすぐに削除され亡き者とされたのだが、懐疑派の沸き立ちようは筆舌に尽くしがたいものであった。何しろ自分たちが疑問に思っていた事が事実であると解ったのだから当然の事であろう。今まで楽しくフワ三毛ちゃんねるを見ていたファンの一部も、懐疑派の方に傾いた事も付記しておこう。

 しかしながら、フワ三毛ちゃんねる自体は粛々と動画の投稿が続けられた。画面の向こうのみけひめは無様に肥り、それでいて貧相な面を視聴者に見せていたのだ。



 そんなフワ三毛ちゃんねるが唐突な終わりを迎えたのは、ヒヨコ騒動からおよそ半年後の事だった。フワ三毛ちゃんねるの顔であるみけひめ、渦中のヒロインだったみけひめが急逝したためだ。まだ三歳にも満たぬ若猫だった彼女の死因は、フワ三毛ちゃんねるではついぞ明らかにされる事は無かった。しかし動画投稿主の手によって過剰におやつを与えられた事で内臓を傷めていたのだろう、というのが懐疑派たちの見解である。

 ちなみにフワ三毛ちゃんねるの最終回は「みけひめ、虹の橋を渡る」というタイトルの物だった。ペットが他界する事を「虹の橋を渡る」と称する事は愛犬家愛猫家の間ではよくある事であるが、博識な懐疑派の中には、皮肉な事だと思う者もいたという。


 みけひめが亡くなってから四十八日目。関東の某所で一人の男性が亡くなっているというニュースがお茶の間を騒がせた。不可解なニュースとして取り上げられたのは、若くて働き盛りの男性が急死したから、ではない。

 その男性の部屋には動物を飼育していた形跡はなかったにもかかわらず、幾つもの動物の噛み痕や引っ掻き傷や突かれた跡があったためだ。室内に何者かが侵入した形跡もなく、事件性も無いために一層不可解さが際立った。

 件の男性の身元を調査すると、かつてフワ三毛ちゃんねるを投稿していた事が判明したのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る