第25話 ゴールへの案内

「お嬢さん、ゴールへの道を知りたくないかい?」


 白髪の老婦人にそう持ち掛けられた時、私は確かに疲れていた。

 女子高校生なのに何を言っているんだと、大人は思うかもしれない。けれど子供だって疲れる事があるのは真実なのだ。青春真っ盛りと言っても良い年頃だったけれど、だからと言って、大人たちが考えるようにキラキラしているだけじゃない。

 そりゃあもちろんキラキラしている時だってある。だけど時々真夏の空が雷雲に翳るように、心の中にモヤモヤが溜まる時だってある。この日々がずっと続くのか。薄暗い先の見えないトンネルの中にいるような、そんな気持ちに襲われる事だってあるのだ。

 だからきっと、おばあさんの言ったゴールという言葉は、希望の光であるように思えたんだ。そしておばあさんは、そんな私の気持ちをきちんとくみ取っていた。


「こっちの道を右に曲がんなさい。五十メートル先、突き当りまで行けばそこがゴールだよ。ゴールまで行けば、もうお嬢さんは疲れる事もないだろうね」


 私はすぐにおばあさんに礼を言って、示された方角へ進んでいた。だから――おばあさんがどんな表情で私を見送っているか、知らなかった。



 か細い声がして振り返ると、黒猫のクロが私の影を頼りに追いすがっていた。クロは毛並みは良いけれど所謂地域猫だった。手術した証として、片耳の先が丸く切り取られている。私とクロは友達だった。少なくとも私がそう思っているだけかもしれないけれど。だけどクロは私が近づいても逃げないし、撫でてほしいと近づいてくる事だってあるくらいだ。

 クロは緑色の瞳をこちらに向けている。何故か切羽詰まった表情だった。


「またあとでね、クロ。ゴールに向かったら後でいっぱい遊んであげるから」


 五十メートルという距離感は徒歩では解り辛い。けれどおばあさんの言ったゴールが近い事は何となく解った。突き当りの、厳密にはT字路に来ていたからだ。特に何かある訳ではないけれど、向かってみる価値はあるだろう。

 猫の恐ろしい唸り声を聞いたのは、私がぼんやりとそんな事を思っていた丁度その時だった。後ろのクロの啼き声だと解った時には、私はその場にうずくまっていた。左のふくらはぎが鋭く痛む。振り返って愕然とした。クロが、私の足に噛み付いているのだ。

 痛い。何で。放して……色々な考えが浮かんでは消える。そんな中、私は轟音と共に何かがT字路を駆け抜けていくのを見た。

 ふいにふくらはぎへの違和感が消えた。私はここで、轟音と共に駆け抜けたものを見た。大きな車だった。ずっと先の電柱にぶつかって止まっている。車の鼻先が電柱にかなりめり込み、ボンネットがひしゃげた状態で開きかけていた。相当な速度が出ていたはずだ。

 私の手許に柔らかなものが触れた。クロだった。緑の瞳を得意げに輝かせている。もしかして、クロは私がゴールに到着するのを阻止してくれたのだろうか。左足を庇いながら立ち上がろうとした。

 けれど不思議な事に、あれだけがっちりと咬まれていたはずのふくらはぎには、傷も噛み痕も痛みさえも何もなかった。

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