第21話 ひとり作業員

 工場勤務はやはりブラックなのだと彼は思っていた。

 彼は高校を出てすぐに就職した、フレッシュマン中のフレッシュマンである。

 最近は自分が就職して何日目、何か月目かはっきりしない。しかしまだ研修中の身分である事だけは覚えている。

 工場での仕組みもうっすらとだが覚えていた。大きくて重たくて物凄い力でプレスされる金型で、同じ製品を一度に何十個も作っているのだ。フレッシュマンなのにうろ覚えなのは、別に彼の記憶力が悪い訳ではない。若年性何とかでもないはずだ。


 どうしたわけか、新入社員で研修生である彼に対して、先輩も上司たちも教育を行わなくなったからだ。

 もちろん最初からそうだったわけじゃあない。むしろ最初は期待の新人だとか真面目な子だとか言われて社員たちに可愛がられていた。それこそ仕事内容も手取り足取り教えてくれていた気がする。

 そんな社員たちの態度が一変したのは、彼がミスを犯したからだった。どんなミスだったかはもう覚えていない。しかし周囲の社員たちが、怒ったり泣いたりしていた事だけは覚えている。いつもと違う、怖い感じだった。

 それ以来、彼は仕事を干されてしまっている。もちろん真面目な性質だから、上司や先輩に声をかけ、仕事の内容について問い合わせようとはした。しかし社員たちは彼の存在をことごとく無視している。時々目が合っても、いやなものを見たような顔をして通り過ぎてしまうのだ。

 仕方がないから、彼は先程まで仕事をしていた機械の傍らで待機している。ずっと忙しく動いていたはずの機械はしんと静まり、動く気配はないけれど。



 その会社で五年ぶりに入社してくれた新人の教育は、実に悲惨な結果と共に幕引きとなった。くだんの新人は非常にまじめで熱心だったのだが、熱心過ぎたのが仇になったのだ。

 機械のメンテナンスや安全装置を外しての作業は教えていなかったのに、彼の目の前でベテラン社員がそんな事をやっていたのを覚えてしまったのだろう。

 もちろん、報連相を無視して勝手に動いた新人にも非はある。しかしその代償がおのれの生命だったというのはあまりにも釣り合いが取れないだろう。

 いずれにせよ、異変に気付いて社員たちが見にきたときには手遅れだったのだ。

 

 五年ぶりの新人を喪い、ついでに新人が最期まで使っていた機械も稼働停止になった。人の血を吸った機械が製品を作るというのも外聞が悪いし、何より金型を掃除し業者に依頼してどれだけ清掃を行っても、血染めの肉片や作業着のかけらが何処からともなく出てくるのだから。

 その傍らに、途方に暮れたような新人社員が佇んでいる姿は、見える人には見えていた。

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