機竜デスゲイルズ②
操られていながらも、何かまずいと感じたのだろう。『ハッキング・フィールド』を展開するスピネルから逃れようと、距離を取ろうとするデスゲイルズだったが。
「逃がさないよ、『チェーンバインド』!」
真っ先に仕掛けたフレイヤの放ったターゲット固定用の戦闘技術『チェーンバインド』が、三本の輝く鎖となってデスゲイルズの首と両腕部に絡みつく。更に……。
「フレイヤさん、サポートします! 『ワイヤーアンカー』!」
「『ミゼラブルチェイン』! こやつは我ら三人で抑える、皆は援護を!」
続いてリコリスのワイヤーとクリムの鎖がふたたびデスゲイルズの両腕に絡みつき、スピネルが展開した『ハッキング・フィールド』から今も逃げようとしているデスゲイルズを、その場へ縫い止める。
「くう、流石にこれは……!」
「ちょっときついの……!」
「三人で抑え込むのがなんとかとはなぁ……ッ!」
額に汗を浮かべ、各々が担当する拘束を必死に維持する三人。
基本的な身体能力の差、そして何よりも質量差により、クリムたち三人がかりの全力でなお、単純な力比べではデスゲイルズを抑え込むにはまだ足りない。
今は辛うじて抑えてはいるものの、少しずつだがフィールド外縁の方へと引き摺られている。少しでもパワーバランスが崩れたら瞬く間に振り払われるであろう拘束を、必死に三人で支える。
当然、こんな状況下でクリムたち三人がまともに戦闘参加できるわけがない。無防備を晒す三人……その中でも最も敵対心を稼いでいるフレイヤに、邪魔だとばかりにデスゲイルズの爪が振りかぶられる。
「動きを止めるです、『氷刃縛封』!」
暴れるデスゲイルズの腕を掻い潜り、その攻撃範囲内側へと飛び込んだ雛菊。彼女が手にした刀身が靄を纏うほどの冷気を宿した刀が、デスゲイルズの脚に浅く突き刺さる。
するとその箇所からみるみる氷の蔦を這わせ、デスゲイルズの蒼い装甲を白く染めていく。
――刀の特化スキル『氷雪の型』が一つ、『氷刃縛封』。付与された凍結効果により攻撃対象の自由を阻害する、妨害能力に秀でた戦技だ。
だが……デスゲイルズが忌々しげに翼を一振りした途端に、その戒めは細かな砕片となって、溶けて宙に消えてしまう。
「うわーん、私の『氷雪の型』レベルじゃ、全然足止めになりませんですよー!?」
「大丈夫だよ雛菊ちゃん、注意は分散できてるからそのまま撹乱して!」
倒してはならない相手、不慣れな手加減のために、使い慣れない『氷雪の型』を使用することを強いられている雛菊が、珍しく可愛らしい泣き言を言う。
フレイはそんな雛菊をフォローしながら、こちらも足止め効果を優先に氷と雷属性をメインで魔法を紡ぎ攻撃を仕掛けているが……相手が元々有している耐魔力が高いらしく、デスゲイルズにはあまり効果を上げられていないようだ。
それでも二人の献身の甲斐あって、デスゲイルズのターゲットはフレイヤから外れた。今は雛菊とフレイの間をふらふらと彷徨っている。
そんな中で、これまでの戦闘で傷付いたフェニックスを送還したシズクが、新たな召喚魔法の詠唱を始める。
それを感知したデスゲイルズのターゲットが、今度はシズクへと跳ねた。
シズクに向けられたデスゲイルズの頭部、開け放たれた口腔内に灯るのは、高いエネルギーを秘めた青い光――ブレスの兆候だ。
「――させないよ、『サンライズブレイカー』!!」
今度はカスミが凄まじい突進力でデスゲイルズの懐へと飛び込み、地を這う姿勢から垂直に跳ね上がるようにして放たれた閃光纏う刺突が、ちょうどブレスを放つ直前のデスゲイルズの頭をかち上げる。
強制的に狙いが外されたブレスは明後日の方向に飛んでいき……やがて消えた。
「あ、ありがとうございます!」
「気にしないで、クリムちゃんたちの援護は任せたわよ、シズクちゃん!」
「……はい!!」
感謝の言葉を述べるシズクにサムズアップしてみせ、カスミがデスゲイルズのターゲットを保持しながら駆ける。
そうして稼いだ時間でシズクの召喚魔法が完成し、新たな召喚獣が顕現した。
「――来て、ボクの召喚獣……『タイタン』!!」
腕を組み、仁王立ちの姿勢で宙に現れたのは、筋骨隆々とした体格の、禿頭の巨人――大地を統べる召喚獣『タイタン』が、ズン、と地響きを上げて大地へと降り立つ。
「足止めなら、ボクとタイタンに任せてください!」
続いて、シズクは両翼をまるで合掌するかのように合わせると、追加で詠唱を始める。
詠唱が進むにつれて、タイタンがスキル発動の兆候を示す発光を始める。これは、召喚者のMPを消費して召喚獣にアクティブスキルを使わせるためのものだ。
「いっけぇタイタン! 『加重圧殺』だッ!!」
『グォオオオオオオオオオッ!!』
シズクの指令を受けて、重々しい咆哮と共に、ズン、と大地を力強く踏み締めるタイタン。
次の瞬間、デスゲイルズがまるで上から見えざる巨大な手で抑え込まれたように、大地にその膝を付く。
それでもすぐに立ち上がりこそしたものの、動きは先ほどまでより明らかに鈍っている。
「これは……」
「対象に掛かる重量を数倍に増加する、タイタンの魔法です! ボクのMPが続く限り、自由には動かしません!」
さすがにネームドモンスターの動きを封じるのは、消費が大きいのだろう。額に汗をうかべながら、しかしシズクは歯を食いしばって術の行使を続ける。
「よし……これならば、なんとか耐え凌げるな。皆、10分という長い時間じゃが、皆でどうにか凌ぎ切るぞ!」
「「「おぉーッ!!」」」
どうにか、目的の時間を凌げる算段が見えてきた。クリムの号令を受けた皆は意気揚々と、暴れ回るデスゲイルズにも負けぬ咆哮を上げるのだった。
◇
シズクとタイタンの加勢によって、クリムたち拘束組は三人とも振り払われることもなく――瞬く間に、10分という長い時間をついに乗り越えた。
「――みんなお待たせ、制御装置の掌握完了したよ!」
待ち焦がれた、スピネルの宣言。
次の瞬間、彼女の周囲に展開していた『ハッキング・フィールド』が役目を終えて、割れて砕け散るようにして消失する。
同時に、これまでずっとデスゲイルズを抑え込んでいたクリム、フレイヤ、リコリスがそれぞれ持つ鎖やワイヤーから手答えが消失し、拘束されていたデスゲイルズはまさに操り糸が切れた人形のように大地へ倒れ込んだ。
その体表から漏れ出していた禍々しいエネルギーの奔流は、もう見当たらない。今はただ冴え冴えとした蒼い装甲が、陽光を反射して静かに輝いているのみだ。
「ふぁあ、つっ……かれたー!」
「まだ油断するでないぞフレイヤ」
「ここからどうなるかは分からないの」
「っとと、そうだった。ごめんね二人とも!」
これまでの十分間、メインの拘束役として最も消耗していたのがフレイヤだ。
その重責から解放されたせいかへたり込みそうになるフレイヤだったが、しかしクリムとリコリスは油断なくデスゲイルズの方を警戒しながら、彼女を叱咤する。
――デスゲイルズこれまで『グラズヘイムの防衛』という目的で制御されていた。
ところが、その制御を他ならぬクリムたちが破壊したのだ。自由になったデスゲイルズがどのような行動に出るか、全く予想もつかない。
あるいは……次の瞬間、好き放題身体を改造され、操られて、蓄積してきた全ての怨みを目の前のクリムたちへとぶつけてくる可能性もあるのだから。
制御装置の無力化は、作戦の第一段階。クリムたちにはこの後が本番となる、解放され自由となったデスゲイルズのテイムという大仕事が残っている。
「さて、シズクよ。この先はお主次第じゃ」
「う、うん、がんばる。覚悟はできてるつもり」
クリムの言葉に、ゴクリと唾を飲み込みながら、緊張でガチガチに固まった様子のシズクが皆の一歩前に出る。
シズクがデスゲイルズをテイムできたならば全て良し、不可能ならば、あるいは命を奪う遣り取りになる事を覚悟しながら……ふたたび身じろぎを始め立ち上がろうとするデスゲイルズを、全員が各々の武器を構え、固唾を飲んで見守る。
そうして皆の視線が向かう先で、ついに立ち上がり周囲を睥睨していたデスゲイルズが……皆の先頭で対峙していたシズクの方を睨み、口を開く。
『――あ、姉御たちが制御装置ぶっ壊してくれたんすねアザッス! ところで姉御たちメッチャ可愛いじゃん、助けてくれたお礼にオレと空中散歩にでもどうっスか?』
瞬間、張り詰めていた空気は一瞬で瓦解した。
予想外の出来事を受けて、クリムは周囲の時間が一瞬停滞したような錯覚を覚えた。
――うわ、チャッラぁ。
予想外極まる
そんな何とも言えない空気の中で、クリムは半ば諦観と共に、こう思うのだった――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます