探索一日目終了


 無限に湧き続けるかに思えたロボットたちもついに品切れとなり……その後に待つ倒した数に相応の『アダマンタイト』や『超硬サーメット』などの希少な鍛治素材、高品質な機械部品という優良なドロップ品の山という予想外に、皆ホクホク顔で戦後処理を行うクリムたちプレイヤー連合。


 戦利品の確認も終えて、これまで残光のまま蘇生待機していたプレイヤーたちを、近場に居るものから順に、蘇生魔法持ちであるフレイヤとシタが蘇生して回っていた。


 それもだいたい済んで……今はまだMPに余裕があるフレイヤと、外で退路確保していたために戦闘に参加しておらず今回はあまり疲労していないスザクたちが、周囲の蘇生漏れしたプレイヤーを探しに行ってくれている。


 一方で『黄昏の猟兵』の者たちは、PKとして有名な自分たちが蘇生したばかりで衰弱中のプレイヤーと一緒に居るのは彼らが気が気ではないだろうと気を遣って、周囲の探索に行ってしまった。


 結果……衰弱中のプレイヤーのため護衛に残ったクリム他数名が、暇をもてあましているのだった。



 ◇


「悪かったわね、あなた一人だけ残して」

「い、いえ、私こそ皆さんを死なせてしまってごめんなさい……」

「大丈夫、気にしてないわ。それよりシタが無事で良かった」

「……っ、それより、また無理しましたね!?」

「それは、まあ、ごめん」


 何やら危険な距離感で語り合うシタと、彼女のパーティーメンバーであるリムセと名乗った黒髪の女剣士。


 背格好はシタと大差ない小柄ながら、クールな雰囲気を持つその黒髪の少女は……しかし無自覚にぐいぐいと距離を詰めており、シタの方は顔を赤く染めながらもそんな彼女を叱っている。


 しかし、怒られているにもかかわらず嬉しそうな黒髪の少女の様子を見ると、どうやら相当に仲が良さそうで……なんだか背後に百合の花が幻視できる光景に、クリムは思わずと言った様子で呟く。


「……のぅ、あの二人は、いつもあんな感じなのか?」

「はは、まあ、仲がいいことはいい事だよね」

「流石にもう慣れた、好きにさせておけば良いよ」


 ついついジト目になりながらのクリムの質問に、人の良さげな笑顔で朗らかに返す長身の魔法戦士と、肩をすくめ諦めた様子で溜息を吐くひょろりと背の高い色白の魔法使いの青年。この二人も先程のリムセ同様に、シタのパーティーメンバーだ。

 彼らは大空洞へ来ていた複数のパーティーの中で、最も内部まで踏み込んで来ていた残光……つまり、この場に踏み込み最後まで抵抗していた者たちであり、身に纏う装備品からも、おそらく手練れのプレイヤーだろうことは容易く予想できた。


「さて……俺はユーって言います。君の名前は常々聞いているよ、助けてくれてありがとう」

「ジェレミーだ。今回は情け無いところを見せてしまったが、今度は一緒に肩を並べて戦いたいものだな」

「うむ、クリム=ルアシェイアだ。機会があったらまたよろしく頼む」


 和気藹々と握手を交わすクリムと、彼らシタのパーティーメンバーたち。

 だが……ふと、何かに気付いた様子のジェレミーがクリムの後方を指差す。


「おい。それより『アレ』は良いのか?」

「……む、あれはスピネルか?」


 彼が指差した先では、小さな融機人の少女が、フレイとリコリスの袖を掴んで引っ張りどこかへと連れて行こうとしている姿があった。


 何だ何だと、皆が少女に誘導されるままにぞろぞろ連れ立ってついて行った先は……床の一部に、何らかのエンブレムが輝いている大空洞の中心部。

 位置的にはちょうどクリムたちがシタを見つけた場所だが、先ほどはこのように光ってはいなかった筈だ。


「りこりー、こっち」

「えっと。この光ってる場所に立てばいいの?」


 手招きされるままに、リコリスが、光り輝くエンブレムの上に乗った瞬間。


「きゃあ、え、な、何!?」


 周囲にあった幾何学模様の入ったキューブが、突然一斉に浮かび上がり、周囲を飛び回り始める。

 突如動き出した周囲のブロックに慌てふためくリコリスをよそに、瞬く間に並び変わったブロックが……まるでSFアニメの戦艦ブリッジにあるオペレーター席のような、椅子と机がセットとなった形状に変化する。


 同時に、座席周囲の空中へと浮かび上がる、三面の半透明なウインドウ。


「文字は……翻訳データがあるな」

「古代文明語……あまり見ない形式なの」


 フレイとリコリスが、表示された文字列を眺めながら言語形式を検索する。

 表示された文字は古代文明語――その来歴は不明であり、文章の翻訳はある程度進んでいるが発音は未だ不明という、ルーン文字に似た言語だ。専門的な知識が無ければとても解読はできなさそうな文章だったが、しかしそこはゲーム内。

 各々が気になる部分を指を滑らせると、その部分の文章が搭載されている翻訳エンジンと照合されて、ポップアップで日本語訳となって表示される。



【黄金郷グラズヘイム入出管制塔C】



 表示されたその施設名に、皆が当たりだとガッツポーズを取る。


 ……が、開けるページが膨大にあり、さて、目的の情報を探すのは骨が折れるぞと数日掛かりの作業を覚悟した、そんな時だった。


「りこりーたちの目的のページ、探すね」

「え……スピネルちゃん、分かるの!?」

「うん、まかせて!」


 返事もそこそこに次々とページを飛ばしていくスピネルに、皆が呆気に取られているうちに……彼女は早くも目的のページを見つけたようで、ドヤ顔でリコリスの方を振り返る。


 彼女が指し示す、ポップアップした小さなウィンドウに表示されていたごく短い文章を翻訳すると、そこに書かれていたのは……



【グラズヘイムへの転送陣の封印を解除申請しますか? YES/NO】



 ……という表記とボタン。紛れもなく、クリムたちが探していたものだった。


「えぇと……押していいのかな?」

「うむ、やってしまえ」

「それじゃあ……えい!」


 クリムの指示を受け、リコリスがポチッと『YES』のボタンを押す。

 すると、しばらく大空洞全体が微かな駆動音と共に明滅し……やがて、新たなウインドウにメッセージが表示された。



【黄金郷グラズヘイムへの転送陣の封印の、解除申請が送信されました 1/6】



 どうやらあと五つ、同じ施設を探さねばならないらしいと、クリムたちが確認していると。


「……お、どうやら当たりだったみたいだな」


 不意に背後からかけられた声。その主は、フレイヤをはじめとした蘇生チームと共に行動していたはずのスザクだった。


「む、戻って来たかスザク。フレイヤたちは?」

「とりあえず、あらかた蘇生は終わったみたいだからな、先に戻ってきた。女子たちは……あー、世間話に夢中みたいだが、じきにも戻ってくるだろ」


 なるほど、女の子同士の会話を聴いているのがいたたまれなくなって、先に帰ってきたらしい。気持ちは分かる、とクリムがスザクに同情していると。


「それで、この後はどうする?」

「うーん、私はもう少し、スピネルちゃんと一緒にこの端末を調べているつもりだけど」

「それじゃあ、僕も少しの間だけ付き合おうか」


 仲睦まじくスピネルと二人並んで椅子に座って色々と操作しているリコリスが、もう少し起きていると申告する。

 フレイもそれに付き合うらしいが……クリムには、では自分も付き合うと言うわけにはいかない理由があった。


「むう……もう、だいぶ良い時間じゃもんなぁ」


 ふと横を見ると、ルアシェイアいち規則正しい生活を送っていると定評のある雛菊が、うつらうつらと船を漕いでいた。となると……現在時刻は日付が変わる一時間前くらいか。


「ほら雛菊、そろそろホームに帰るから、我の背中に乗るがいいぞ」

「はぁい、おししょー、すみませんれすぅ……」


 もはや完全に呂律が回っていない様子で、しゃがんだクリムの背によじのぼる雛菊。

 クリムがそんな雛菊の姿にふっと表情を緩めながら、落ちないよう背負い直して立ち上がると……その時にはもう、スザクはブラウザを開いて何やら文章を打ち込み始めていた。


「それじゃあ、この攻略情報は俺がSNSや攻略掲示板に拡散しておくか?」

「うむ、任せていいかの?」

「ああ、了解だ」


 スザクの提案に渡りに船とばかりに同意したクリムは、もはや九割がた寝落ちしてずり落ちかけた雛菊を再び背負い直すと、ギルドホームへの帰還ボタンを呼び出しながら仲間たちに先に帰還する旨を連絡する。


 こうして――長丁場となるであろう『浮遊黄金郷グラズヘイム』探索の初日は、静かな終わりを告げたのだった。





 ◇


 ――すでに日も跨いだ時間帯、満月家の浴室にて。



「……ふぁあ」


 ルージュが気を利かせて沸かしてくれていたお風呂に肩まで浸かった紅の口から、心地良さげな吐息が漏れ出て浴室内に反響する。


 雛菊を安全な場所に送り届けて寝落ちによる回線切断でログアウトしたのを見送った後……紅は事後処理もあらかた済ませてからログアウトしたのだが、不意に、まだ今日はお風呂に入っていなかったことに気がついた。


 一瞬だけ、もう時間も遅い時間だし面倒だからやめにして寝ようかと思いはしたが……翌日になって聖に怒られそうだと、重い腰を上げて浸かったこのお風呂。

 しかしどうやら、久々のガチバトルだったのもあって思っていたより疲れていたようだ。じんわりと冷えた体を温めるお湯の熱が、予想以上に心地よかった。



 ――すっかり夜更かししてしまった。


 ――明日の朝は大丈夫だろうか。



 そんな取り留めないことをぐるぐると考えながら、おそらく十分間くらいだろうか、そのまましばらく湯の浮力に身を預けて揺蕩っていると……不意に、ポーン、とメッセージの着信音が響いた。


「……あれ、玲央からだ」


 それは、昼間に病院で別れた玲央からのメッセージ。


 何だろう、もしや悪い知らせでは……そんな心配に駆られるままに開いたメッセージに書かれていたのは。



『こんな時間にと思ったけど、心配してるだろうから連絡する。無事生まれたよ。母子共に健康だって』



 おそらく取り急ぎ必要なことだけを書いて寄越したといったふうな、簡単な内容のメッセージだった。


「そっか……良かった」


 それをざっと見て……心配ごとが杞憂に終わったことで幾分か心が軽くなった紅は、今度こそ完全に脱力して、お湯の中に体を沈めたのだった。

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