明日へ。



 ――虚影冥界樹イル・クリファード攻略から、一週間後。




 大陸中央部が解禁以降停止していたが、それもひと段落して……あらためて再開された、定例ギルドランク決定戦。


 その最終試合は……過去最大の観客動員数を記録していた。




『それでは本日の最終戦にしてメインイベント! 【北の氷河】対【ルアシェイア】、ギルドランク一位と二位の対戦だぁッ!!』


 司会である青年のコールに、観客席から無数の歓声が沸き起こり、視聴者のコメントが滝のように勢いよく流れる。


『双方とも専守防衛に勤め、しかもこの一年間無敗を通して不動のツートップを維持してきたギルドですからね』

『ええ、ついにここに変動があるのか、あるいは最強が入れ替わる日が来るのか、皆、興味津々で見守っていることでしょう!』


 相方の少女と共に青年が会場を煽るたび、歓声はどんどん強くなっていく。

 そして……そんなバトルフィールドに人影が転送されてきた瞬間、その歓声は最大に盛り上がる。


『おっと、入場が始まりましたね』

『いやぁ、やはりというかルアシェイア、華がありますよねぇ……あ、見てください、雛菊ちゃんがこっちに手を! きゃー可愛いぃいいい!?」

『あー、えっと……司会補佐、忘れないでね……?』


 隣席で、何処からともなく雛菊のデフォルメ顔が描かれた団扇を両手に携え限界ファンと化した少女に、司会の青年がやや引き気味に注意する。

 それでハッと我に返った副司会の少女が、恥ずかしそうに席に戻った。


『……こほん。惜しむらくは、北の氷河のお姫様が参戦しないことでしょうか』

『今回、一年前のギルドランク決定戦の時と同じメンバーなんですね。お互い今もなおトッププレイヤーとして君臨する同士、どれくらい成長したのかが私も楽しみであり、怖くもありますねー』




 そんな、盛り上がりを見せる司会席と観客席に……クリムは、苦笑しながら対面に居るソールレオンに語りかける。


「……好き勝手いっとるのう」

「ふっ……ユリアをこんなところで見せ物にするわけないだろう、この私が」

「お前はお前で何言っとるんじゃこのシスコンが」


 ドヤ顔でおかしなことを言っているソールレオンに、クリムはジト目でツッコミを入れる。


 とはいえ、ユリア嬢が出てこないのはありがたい。

 正直……クリムたちも、あの子に刃を向けるのは躊躇われるのだ。


 では、今回参戦していない者たちはというと。



「がんばれ、みんなー!」

「お館様、今日こそ一位はいただきですよー!」

「お姉ちゃん、頑張ってくださいー!」


 一年前のリベンジということで、今回は控えに回ったカスミとセツナ、そして特例で入れてもらったルージュが、サブ要員の控え室にて戦場に居る皆へ声援を飛ばす。


 そこに居ないサラとジェード、そして締切が近いというリュウノスケらは……生憎と仕事で来れていないが、配信はちゃんと見ていると連絡は来たので下手な勝負はできないだろう。


 その一方で……


「頑張って、お兄様!」

「お嬢様、お茶をどうぞ」

「むー……貴女も、それよりお兄さんの応援をすればいいのに」

「いえ……まあ、せいぜい愚兄がソールレオン様に迷惑をかけなければいいのですけども」


 小さな体で精一杯の声援を送るユリアと、そんな彼女の隣で甲斐甲斐しく世話を焼くメイドのレティ。

 その周囲では、何やらほっこりとその光景を眺める北の氷河サブメンバーたち。

 すっかりお姫様とその親衛隊といった風情のそんな光景も、今や見慣れたものである。



 そんな観客たちに見守られている、バトルフィールド内に――ついに、試合開始のゴングが鳴った。




「先手必――」

「させんッ!」


 真っ先に飛び出した雛菊。しかしその神速の踏み込みから放たれた一閃が、前に割り込んだドラゴニュートの黒騎士――リューガーに阻まれる。


「……来い、小鬼の少女。君の刃は、俺の仲間には届かせない」

「ふぅん……そういえば、一年前はまだ歯が立たなかったですよね。今回こそは斬らせていただきますです!」


 姿が霞んで見えるほどの雛菊の猛攻を、どっしりと大地に根を伸ばしたような体勢で冷静に迎え撃つリューガー。


 常人ならば、はたして何度戦闘不能になっているか分からないほどに、静かに、だが激しく、二人の間を剣が閃くのだった。





「あら……私の相手はお嬢さんがしてくださるのかしら、クリムちゃんのお妃さん?」

「おっ……!?」


 お妃と言われて、驚きの表情を見せるフレイヤ。そんな隙をついて斬りかかったエルネスタだが、しかし即座に立ち直ったフレイヤの盾が、首を狙ったその刃を弾く。


「……意外に冷静ですのね!」

「私だって、いくつもの修羅場をくぐり抜けたんだから……貴女にだってもう負けません!」

「いいでしょう、勝負です!!」


 そう声を上げて、麗しい二騎の女騎士が、激しく打ち合うのだった。




「……ちい、高機動まで手に入れられたら、手ぇつけらんねぇな!?」

「空中に居る私をこんな正確に狙ってくるなんて……!」


 マナの光を撒き散らす『フローター』にて宙を駆けるリコリスを、しかし正確に狙うシュヴァルの矢。

 それを周囲に展開した防御壁で巧みに逸らして回避するリコリスが、続くシュヴァルの三連射を三点バースト射撃で正確に撃ち落とす。


「また、あなたが私のことを徹底マークなの!?」

「嫌でも分かってるからな、お嬢ちゃんをフリーにしたらやべぇって!」

「こちらのセリフです、今回は一年前のあの時みたいに、あなたを取り逃がすような真似は絶対にしないの……ッ!!」


 そう言い放ち、リコリスはさらに『フローター』の出力を上げて高速で飛び回りながら、シュヴァルと共にお互いを釘付けにするほどの駆け引きの応酬となる、射撃戦を繰り広げ始めたのだった。




『おーっと、これは……小細工無し、両ギルドとも正面からのガチ勝負の態勢だー!!』

『双方、一歩も譲らないという不退転の覚悟を、ここまでひしひしと感じます……つ!』


 興奮気味な解説の声が、しかしそれ以上に興奮した観客たちの声に押し流される。


 その、一際大歓声が向けられている一角では――もやは目で追うことすら困難な激戦が繰り広げられていた。



 ただ赤い軌跡だけを残して奔る閃光……常軌を逸した速度で駆けるクリム。

 それは、つい先日にルシファー戦で完成を見せた、クリムの『技能アーツ』を惜しみ無くフル回転させているもの。


 普通ならば、相手に反応すらさせないような速度で駆けるクリムに……しかしソールレオンは冷静だった。


「なるほど、これが噂に聞く君の『ゼロ・ドライブ』……だが!」


 もはや赤い光弾と化したクリムを前に、半眼で自然体にだらりと剣を掴んだ両手を垂らすソールレオン。

 一見すれば勝利を諦めたかのように見える態勢に、周囲から悲鳴や落胆のどよめきが上がるが……しかしクリムは油断はせず、最短で決めると全力で突っ込んだ。


 あと、一瞬後にはクリムの刃がソールレオンに届く位置へ入る――そのギリギリの次の瞬間、跳ね上がるソールレオンの右手。


 そんな予感はあったクリムは、こちらも慌てることなくその一閃を太刀で受け、辛うじて逸らす。


 そのまま続けて振られるソールレオンの左手を、これもギリギリ掠るくらい最小に身をかがめて躱し、大地に幾重もの円を描くような足跡を残し距離を空けると共に向き直り、構える。


 そんな、刹那の攻防。観客からはおそらく、突っ込んだクリムが突然進路を変えて停止したようにしか見えなかっただろう。それくらい、ソールレオンの迎撃は、速く鋭い。


「射程内に入ったもの全てを反射で迎撃する、以前君に見せた『殺界刃』の完成形、攻防一体の『虚空殺界圏』……成長したのはクリム、君だけではないよ?」

「にゃろう……ッ!」


 勝ち誇って笑いながら、悠然と歩いて接近してくるソールレオン。その攻撃射程に入ったが最後、ほとんど不可視に近い剣閃はクリムの首を狙って来るだろう。


 ぐぬぬ、と呻きながら睨みつけるクリム。だがその言葉とは違い、実に楽しそうな表情をしていた。


「……言っただろう……今度は君に負けないと!」

「ぬかせ、我らとて今回こそはお主らには負けぬからな!」


 そう、ふたたび激しく斬り合う二人に……






「あの二人、どちらもお互いに一年前は『自分たちが負けた』と思ってるんですよね……」

「まあ、勝負に勝って試合に負けた奴と、勝負に負けて試合に勝った奴だからな……」


 モヤモヤしていたのも仕方ないか、とラインハルトとフレイ、双方の参謀が揃ってため息を吐く。


「……と、いうわけで」

「……まあ、そんなわけでだ」

「「今回は、僕らが完全勝利させてもらうからな!!」」


 そう、同時に放たれた二人の少年の大魔法が、戦場の中心にて炸裂した。



 ……最強二大ギルド、一年越しのリターンマッチ。


 後にアーカイブにて累計視聴回数記録に残るその激戦は、まだまだ始まったばかりだった――……






 ◇


 クリムたちが対戦で盛り上がっているのと、ほぼ同時刻――旧帝都跡地。


 虚影冥界樹発生の際にすっかり街並みが更地となったこの場所は、現在は新たな街の建造……すなわちプレイヤーたちやNPCたちによる新たな街の建造、『ハウジング』の地となっていた。


 そのため今は多数の資材が集められ、復興作業に当たる人々の寝所をはじめとした仮設住宅がならんでいる。


 街のあちこちで、復興作業に携わる人々が忙しそうに走り回り、家を建築するためのの土地を巡った競りの声が響いている……そんな復興真っ只中を、スザクはハルと並んで歩いていた。


「それにしても、不思議な依頼だよねー?」


 そう、剣に絡みつく蛇の意匠という、新たな皇女ユーフェニアの、そして彼女が所属する組織の象徴である印。

 それが捺された依頼書を、頭上に掲げて眺めながら、首を傾げるハル。そこに書かれているのは……


「大陸北東部で観測された、空から落下した謎の光の調査……か」


 中身を先に見たスザクが、少し思案げに呟く。


「なんか、ちょっと不穏な感じ?」

「さぁな……現状では、何も言えねーなぁ」

「『剣の守護者』なんていっても、今は人手が全然だもんねぇ……ユーフェニアちゃんたちも頑張っているんだけど」



 ――結局、皇女ユーフェニアは帝位を主張することは無かった。


 代わりに――彼女は、『巫女』たちと話し合い、一つの組織を立ち上げることになった。


 巫女たちと、今も旧帝国に忠誠を残す騎士や兵士。あるいは元文官たち。

 さらには解散した帝都解放委員会、その元になった『お姫さま』を中心とした一部基幹ギルドメンバーたちも協力し発足したのが――『剣の守護者』という旧帝都跡地を拠点とする集団だ。


 今回、これだけの事態を引き起こした『エデンの園』……それを邪な者に悪用されないように守護するという、これまでは帝国が担っていた役目を引き継ぐ形となっていた。


 そして……現在、スザクたちも協力者として、その中に籍を置いているのだった。



 ……と、現状を再確認していると。



「あ、おかえりスザク!」


 まるで飼い主を見つけた仔犬のように、スザクの姿を見つけ次第駆け寄ってくる少女――ダアト=クリファード。


「ねえスザク、呼び出されてた話は終わったの?」

「ああ、仕事を回された。ちょっと遠出になるが……」

「大丈夫、いつでも出発できるよ。新しい場所に行くんでしょ、楽しみ!」


 また一緒に旅ができるのが嬉しくて仕方ない……そんな感じのダアト=クリファードに、スザクもフッと表情を緩める。


「それじゃあ……行くぞダアト、ハンカチとか忘れてないな?」

「ちょっとスザク、私子供じゃないよ!?」

「似たようなもんだろ、さっさと行くぞ」

「むー、その認識には断固抗議するからね!」


 騒がしく言い合いながらも、並んで歩く二人。

 そんな姿を……ハルは「しょうがないなあ」と、まるで姉のように優しい眼差しで見守りながら、二人を追いかけるのだった――……









 ◇


 ――今は誰も居ない、暗闇に包まれた、その空間。


 ここは――スザクたちが、ユーフェニアから依頼を受けたその数日前の、旧帝城跡地地下。安置された『エデンの園』。


 そんな光の一切差さぬ闇の中……ほんの一瞬だけ、沈黙する『エデンの園』に、ほんの一条、起動したことを示す微かな光が走った。



【冥界樹システムの停止、及び休止状態を確認しました。試験地の環境改変が終了したものと予測されます。従って、規定に従い――】


 誰も居ない空間に響く、誰も聞いていない音声が、告げる。





【――『エデンの園』No.13『Judas』、先行調査団の派遣を申請します】










 ◇


【後書き】

 これにて、第一部は完結となります。


 以後しばらくは、改稿や未返信のコメントへの回答、まだやっていない部分の掲示板回などを消化しつつ、しばし休息を挟んで第二部開始に向けて色々と準備していく予定です。


 なお、完結設定にはしません。毎日更新は維持出来なくなるのではと思いますが、よろしくお願いします。

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