勝利の宴




「…………勝っ、た?」


 信じられない、といった感じで、プレイヤーの一人が呟く。


 だが……もう天を衝く『虚影冥界樹イル・クリファード』も、『最終防御システム:テトラ=グラマトン』も、影も形も見当たらなかった。



「……勝った」

「……勝ったのか?」

「……そうだ、勝ったんだ」



 ざわざわと波紋のように拡がっていく、「勝利」の二文字。


 その中心で……中心に立つクリムは、隣にて神剣を握っているユーフェニアの手首を掴み天へと掲げさせて――高らかに宣言する。



「我らの――勝利じゃ!!」

『『『ぅおおおおオオオオオオッッ!!』』』



 大地すら揺るがす大歓声。


 ――現在地、完全に瓦礫の山と化した帝城『銀葉宮』跡地にて、朝日が照らす中、皆の歓声がいつまでも響き渡るのだった――…………





 ◇


 ――決戦は、終わった。


 

 疲労のあまり座り込む者。

 あるいはその場で大の字に倒れる者。

 喜びのあまり、手当たり次第に周囲に抱きつく者まで。



 さまざまな者たちが居たが……その顔は一様に、やり遂げた達成感と勝利の喜びで、笑顔であった。



「これでまた何が出てくるとか言われても、我はもー知らんからな!」

「全くだ、もう立てねぇぞ!」


 最上層の続きとばかりに、地面に身を投げ出して大の字に寝転がるクリムとスザク。


 頭を動かして視界を巡らせてみれば、ソールレオンやシャオたちをはじめ、主力として前線にいた皆は似たり寄ったりな惨状だった。



 ――だが、勝った。



「あらあら、皆さんグロッキーですね。おつかれさま、クリムちゃん」

「あ、ハルせんぱ……んっ、サクラもご苦労じゃったな、援護本当に助かったぞ」


 つい気が抜けていつものように呼びそうになり、咄嗟に修正するクリム。

 そんなクリムへと、サクラの肩にいたルージュが、妖精の小さな翼を羽ばたかせてクリムの方へと飛び移ってくる。


「お疲れ様でした、お姉様!」

「うむ。それにルージュも……じつはこっそり、サクラと一緒に歌っとったじゃろ?」

「あ、あれは……」

「くく、照れるな照れるな、聞こえてきた時は本当に元気が出たのじゃぞ?」

「ふふ、こんど一緒にステージに立ちませんか?」

「〜っ! もう、もう……っ!」


 真っ赤になって両拳を握り、ぽかぽかとクリムの胸を叩いて食ってかかるルージュに謝りながら……クリムは自然と頬が緩むのを感じていた。



 ――本当に、晴れやかな気分だった。



 負けたらどうなるか、という常に頭の片隅から消えなかったプレッシャーから解放され、ようやく真の意味で心から安心できている気がする。


 そして、それは当然ながら、他のプレイヤーたちも同様なようで。


「お前ら……二日に渡る決戦に勝利した俺たちがするべき事とは何だー!?」

『『『宴会だー!!!』』』

「よし、じゃあ戦勝パーティーの準備な時間だオラァ!!」



 そう、なんだかヤバげなテンションで動き回るプレイヤーたち。

 若者は元気だなぁと年寄りくさいことを考えながら、クリムはそんな忙しく歩き回っている彼らのうちの一人に尋ねる。


「戦勝パーティーって……そんな準備がどこにあると言う……のじゃ……」


 そう首を傾げるクリムの前で……瓦礫の少ない一角にテーブルを取り出して並べ始め、次々とドリンクやらご馳走やらをどこからともなく持ち寄りこれも並べ始めているプレイヤーたち。


 彼らの「もちろん準備万端ですが何か?」とでも言いたげな視線を受けて――さしものクリムも、呆れ果ててプッと噴き出す。


「本当の、本当に……お主ら、底抜けのアホじゃなあ」


 もやは言葉もないとはこの事だ。

 やはり、プレイヤーとはこんなバカをやって騒いでいるのが一番だとも思いつつ、ただ呆れたように苦笑する。


 ……と、周囲からひときわ大きな歓声が沸き起こり、クリムが驚いてビクッと跳ね起きる。


「はい、小さなまおーさまから『アホじゃな』いただきましたー!」

「笑顔、今の笑顔スクショした奴いるー!?」

「自分も、自分もぜひ罵ってくだされ!」

「お主らマジモンのアホじゃな!?」


 戦勝のテンションで、皆がクリムの予想を遥かに越えてタガが外れていた。

 騒然となる皆に吐き捨てて、慌てて逃げ出すクリムなのだった。





 ◇


 何故か顔を真っ赤に染めて渋るフレイヤに、クリムがひたすら平身低頭で頼み込み――あとで一日、小さな状態でお茶会すると約束することに同意して、物陰にて本日二度目の血液補給をさせてもらった後。


 とりあえず、一部まだ冷静なプレイヤーたちと協力し、問題が起きる前にとユーフェニアをはじめとしたNPCたちを離脱させるのに奔走し……それもひと段落。


 ついに始まったらしい、酒盛り……はプレイヤーたちは酔えないので、ノンアルコールドリンクを交わしての馬鹿騒ぎ。


 皆に誘われるのを断りながら、人混みから脱出してきた頃には……クリムはすっかりと、限界ギリギリだった気力をごっそり擦り減らして、ボロボロになっていた。




「はぁ……酷い目にあったわ」

「あはは……まあ、今日くらいはねー」

「ああ、皆、お祭り騒ぎがしたくてたまらないんだろうさ」


 ――ゲーム内は朝だが、現実では今は深夜、日付けが変わる頃である。


 雛菊やセツナ、リコリスたち、すっかりお眠だった幼少組や、夜はちゃんと寝る派であるカスミたちは、とうにログアウトしていった。


 残ったフレイヤやフレイと共に三人で人混みから離れて、フレイがちゃっかり確保していたドリンクを貰ってグラスを傾けていたクリムたちは……しみじみとプレイヤーたちの輪を眺めながら、ぽつりと呟く。


「……ま、悪い気はせんがな」

「うん、そうだね……」

「ああ、まぁな……」


 プレイヤー、NPC問わず、騒いでいる者たち皆の、その顔に浮かぶのは喜びの表情だ。これをやめろと言うほど、クリムたちも不粋ではない。


 そうして、気だるい時間をのんびり談笑しながら過ごしていると……新たに二人、接近してきている者が居た。



「スザクか……それにハル先輩も。これから、あの子を迎えに行くのか?」

「あ、ああ……少しでも早く、目覚めさせてやらないとな」

「というわけで、こっそり抜け出してきちゃったのだ」


 そっぽを向き、照れながら答えるスザクと、その横で悪戯っぽく笑う、お忍びの吟遊詩人に戻ったハル。


 どうやらこれから妖精郷、世界樹セイファートへと向かうらしい二人に……ならばとクリムたちも挙手して参加を表明する。


「そういう事なら、我らも一緒に行かせて貰おうかの」

「大丈夫か? 特にクリムとか疲れてるだろ、休んでいた方がいいんじゃ……」

「と、いきたいところじゃがな。素直じゃないやつが一人、一緒に行きたそうにしとるのじゃから、仕方あるまい」


 そう、フッと悪戯っぽい笑みを浮かべ、傍らに視線を飛ばすクリム。


「ああ……まあ、確かにな。自分から行くとは言わずに、留守番しながら泣き暮れてるタイプだよな、アレ」

「じゃろ?」


 そう語り合うクリムたちの視線の先では……コソコソと木陰から様子を伺っていた赤い髪の樹精霊が、慌てて姿を隠したところだった。




【後書き】


 燃え尽き症候群なう。

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