現実世界でのひととき④
「そういえばイリスさんも、例の第二サーバーの『四皇』関係者なんですよね?」
「そっ……そんな、呼び方も、されていましたね……」
不意の聖の質問に、イリスが指先を弄びながら恥ずかしそうに返事を返す。
「お母様は凄いんですよ! ヒーラーとしての腕もそうですが、作戦指揮を摂ったら負け無しなんですから!」
「あの、ユリア、お願いそのくらいにしてくれない……?」
興奮気味に語るユリアに、まるで熟れた林檎のように顔を赤く染めるイリス。
「まあ、その……昔取った杵柄というやつです」
「お主、『Worldgate Online』のトップ廃人の『姫様』じゃもんなー?」
「あ、あの、その頃の話は堪忍してください……」
どうやら、よほど黒歴史なのだろう。
そんな、すっかり小さくなってシュラフで顔の半分を隠し、恨みがましい目で睨んでくるイリスの姿に、カラカラと笑っている天理。どうやら先程のリベンジの機会を伺っていたらしく、満足そうな様子だった。
「もう、天理さんったら大人気ないなぁ……こほん。それで、レオン君もユリアも、今週末は『Destiny Unchain Online』のグランドクエストなのよね?」
「はい、叔母上。ですので、そのあたりはお見舞いには来られませんが……」
「気にしないで。頑張ってね、せっかくの一大イベントなんでしょう?」
そう、理解のある言葉を掛けるイリスだったが……しかし、その表情がすぐに翳る。
「はぁ、ユリアもレオン君も楽しそうで羨ましい、私も参加してみたかったです」
「ダメじゃからな?」
心底から残念そうに曰うイリスだったが、しかし即座に天理が一刀両断する。
「お主らと交わした約束が云々以前にな? お主はもう、いつお腹の子が産まれてもおかしくないのじゃぞ? 興奮してうっかり産気付きでもしたら目も当てられん」
「うぅ、分かってます……私だってもう二人目なんですからね」
天理の今回ばかりは呆れたように畳み掛けるツッコミに、イリスは少しだけむくれた表情でそっぽを向く。
そんな子供っぽい拗ね方をする彼女に、本当に年齢相応に見えない人だなと苦笑しながら……紅が、すっかり長居してしまった席を立つ。それに追従し、聖と昴もテーブル周りをさっと片付けてそれぞれの鞄を手にした。
一方で、ここまで一緒に来た玲央とユリア、そして雪那らはこのまま残るらしく、座ったままだ。
「あ、紅くんたちは、もう行くのかしら?」
「はい、私たちはそろそろ行きますね。イリスさん、お大事に」
そう言って、紅たちが一礼して病室から退室しようとした、そんな時だった。
「ああ、紅、しばし待て。お前たちはこの後の予定は?」
そんな投げかけられた天理の質問に、紅は何度か目を瞬かせた後、考え込む。
「うーん……せっかく街に出てきたんだし、しばらく街中を回って、色々と見て回るつもりだけど」
そう、紅が聖と昴の反応を見ながら答えると、二人もそのつもりだと頷く。
「なら、昼は一緒に食事に行くか。予定は開けておいてくれ。友人が増えるならば一緒に連れてきて構わぬぞ」
「あ、うん、了解」
思わぬ天理の提案だったが、経験上、母の連れて行ってくれる店に外れがあった記憶は無い。
そのため内心では喜びつつ、しかし表面上は素っ気なく返事を返して退室する紅なのだった。
◇
「……お前さあ」
「素直になれば良いのにねー」
「ぐっ……仕方ないじゃん、まだどうしても気恥ずかしいっていうか……」
病院を出て……紅たちがいるこちら側は、オフィスと病院ばかりなため、遊びに行くのであればそれが何にせよ、駅の反対側に行かなければならない。
そのため、とりあえずは駅へと向かう道を、紅が先程の天理に対しての態度について幼馴染二人に突かれながら歩いていると。
「……あ、ごめん、リコリスちゃんからメールだ」
ぽん、と軽い着信音を上げて紅の仮想視界に点滅するメール着信アイコン。
紅が、その『深雪ちゃん』と差出人の名前が記されたメールを何気なく開くと、そこには……一枚の、二人の少女が手を繋いでポーズを取っている状態で撮影されたスクリーンショットが添付されていた。
しかも……そのうち一人が、意外な人物だった。
「……あれ、雛菊ちゃんがなんで? しかも、この場所ってここからすぐ近くじゃないかな?」
駅をいくつか越えれば到着する深雪とは違い、雛菊の家は、このS市からはかなり遠いのだ。
紅の驚きの言葉と共に、可視化モードに操作されたその画面を、聖と昴も覗き込む。
「……あ、これ駅前の家電量販店だな」
昴の言葉に、紅と聖も頷く。
確かにこれは、病院があるこちら側とは駅を挟んで反対側にある、大型家電量販店に見える。
『深雪です。今、雛菊ちゃんとS市に遊びに来ています』
そう記されたメールに添付されている、スクリーンショットの背景は……間違いなく、紅たちが先程通ってきた、ここからの最寄り駅のものだった。
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