なぜなにまおーさま①

 ダアト=クリファードの封印の様子を見てきた、その翌朝。


 この日はセイファート城敷地内の学校も休校であり、普段はあちこちを走り回っている子供らがいないため、静かで平穏な空気が流れていた。


 そんな中――学校に併設された、東屋に黒板を設置しベンチを並べただけの、簡素な青空教室にて。


 突然巻き起こった爆発が、この日、セイファート城の平穏を千々に吹き飛ばしたのだった。




 ◇


 ――ドカーン!


 けたたましい炸裂音を上げて、青空教室に被害を与えないよう計算されて仕込まれた火薬(ジェードが仕込んだ)により閃光が瞬き、次いで紙吹雪が舞い踊る。


 そんな中、爆発を背景に立って背中合わせにポーズを決めている、二人の人物。


 それは……顔の片側だけを覆う仮面を被ったクリム。

 そして、可愛らしいウサギのフードを被った雛菊だった。




「――お主らアディーヤこんにちは! 『なぜなにまおーさま』の開幕じゃ! 司会は我、クリム=ルアシェイアが……」

「そして本日のアシスタントは私、雛菊が務めますですよ!」


 背後から流れる軽快なBGMと共に、子供番組の司会みたいな調子で視聴者に挨拶するクリムと雛菊。その様子に、配信ツール上を流れていくコメントの反応はというと。



 コメント:なぜお狐様にウサギを被せた! 言え!

 コメント:なんだこの、なんだ、漂う令和臭は

 コメント:いやもっと以前のノリだし令和なめんな

 コメント:年号が! 年号が変わっている!!

 コメント:突然トンチキ空間が展開していてついていけねーよ!!



 途端にコメント欄に沸き起こっている、ツッコミと戸惑いの阿鼻叫喚。


 しかし……そんな中で軽快に会話していた二人は不意にピタリと動きを止めると、しみじみといった様子で呟く。


「……なんで我、こんなことやっとるんじゃろな」

「お師匠、あまり急にテンション落とさないでくださいですよ……」


 そう、我に返ったようにいそいそと仮面を外すクリムと、フードを取り去る雛菊。



 コメント:急に冷静にならないでwww

 コメント:まあヤケクソだなぁとは思ったw

 コメント:傷は深いぞ、しっかりしろw



 同情のコメントが流れていく中。

 そんなクリムの言葉を受けて、画面端の方に『パパがごめんなさいなの』と、可愛らしいデフォルメされたリコリスの似顔絵が添えられた吹き出しが、ピロンと音を立ててポップアップする。


 ちなみにこれは、別室で試聴中のリコリスからの反応だ。



 コメント:パパって誰だ!?

 コメント:もしやリコリスちゃんのお父さんがPか!



 その中の『パパ』という言葉に視聴者がざわつく中、ようやくテンションを持ち直したクリムが顔を上げる。


「はぁ……気を取り直して、今回の配信の趣旨について説明していくぞ、よいな皆の者」



 コメント: はーい

 コメント:了解です先生

 コメント:なんかこの形式の配信久しぶりな気がする



 そうして……阿鼻叫喚は過ぎ去り、普段の穏やかな空気が戻ってきた。


「とはいえ、皆の疑問はほぼについてではないかと、我は思う」



 コメント:せやな

 コメント:最大の懸案事項だもんね

 コメント:というか今は皆この話題ばかりだしな



 そんな、満場一致な空気の中で、クリムは指を鳴らし、黒板にあらかじめ用意してあったスライドを投影する。


「来週に迫るグランドクエスト『虚影冥界樹イル・クリファード』について、じゃな。正直、何が起きているのか分からぬと言うプレイヤーの声も多く聞こえておる」

「そこで私とお師匠様が、この機会に今回の顛末とグランドクエストの内容について解説して行こうというのが、今回の配信目的なのです!」



 コメント:助かります!

 コメント:あの日インしてなかったからたすかる

 コメント:なんか流れてきたけどよく分からなかった

 コメント:突然始まったラスボス戦だもんね……



 クリムと雛菊の言葉に、沸き立つ視聴者たち。

 何やら最終決戦が始まったらしいぞと沸き立つこの第一サーバーであったが、やはりその大半は、雰囲気で盛り上がっている者がほとんどなのだ。


 ――と、いうわけで。


 今回、『解放者アンチェインド』を中心とした主要人物を代表して、クリムたちがその解説役に白羽の矢が立った押し付けられたのだった。




「それと……今回の案件に際して、スペシャルゲストとして専門家を解説に呼んでおるぞ」

「それでは早速お呼びしますです、ベリアルさん、こちらにどうぞです!」


 雛菊に呼ばれ――実に嫌そうに、端に控えていたベリアルが歩いてくる。


「……ねぇ赤の。何これ?」

「うぐっ……や、やはり気は進まぬか?」

「ええ、とっても。まあ、どうしてもというから協力するけど……ねぇ赤の。これはなんの茶番?」

「うぅ、正直に言うと我もお主と同じ思いなのじゃが……」


 心底呆れた様子でマギウスオーブの撮影範囲に入ってくるベリアルに、クリムが自分たちの行っている配信について説明する。


「へぇ。この丸っこいのが撮影したこの場所の様子を、たくさんの人が観てるのね」

「うむ、ついでに我らから視聴者の反応も観られるぞ。ほれ、このウインドウに……」


 興味深そうに、撮影用のマギウスオーブを覗きこんだり突いたりしているベリアルにそう言って、何気なく可視化モードにしたチャット欄を呼び出して、ベリアルの前に展開するクリム。


 そこには……



 コメント:あ、ヒロインさんオッスオッス

 コメント:美ロリ化して一躍ヒロインレース首位に躍り出た悪魔っ子さんちょりーす

 コメント:ファッション◯ッチさんチーッス

 コメント:何この可愛い子

 コメント:タチに見せかけて実はネコなベッさんだー

 コメント:履いてる下着の色教えてください!

 コメント:罵りながら蔦でぶってください!



「――ぶっ殺すわよ!?」

「どうどう、すまんベリアルいや本当に!」


 流石に慣れてきたクリムでさえドン引きなコメント欄を、不意打ちで見てしまったベリアルが速攻でブチ切れた。


 ――やれやれ、これは前途多難な配信になるぞ。


 そう、慌ててベリアルを両側から抑えるクリムと雛菊はお互いチラッと視線を交わし合い、深々とため息を吐くのだった。

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