セイファート城の客人たち⑨


「ジェード、邪魔するぞ……む?」


 訪れたジェードの錬金工房には、しかし目的の人物は見当たらず、代わりにそこにいたのは……


「あ、まおーさま。ジェードさんなら今お出かけ中だよ、なんか必要な薬草をダアトさんに分けてもらってくるってさ」

「む、入れ違いじゃったか。ところでお主らは何をしておるのじゃ。メイと、あとお主は……」


 何やら入院ベッド脇、お見舞いの人用の椅子に腰掛けているメイと共に、そこに居たのは……


「えぇと……シャオと戦った悪魔で、良かったよな?」


 そう、クリムが自信無さげに呼んだのは――残存する五人の中で最も凶暴な悪魔、ルキフグスだった。




「しー、今はこの子の集中を妨げたらダメだよ」

「う、うむ、すまぬ。何をやっておるのじゃ?」

「うん、フィーユちゃんの状態を魔力的に測定してるんだって。私には詳しい話は分からなかったけど」


 そうメイが教えてくれた通り、今のルキフグスはベッドで眠るフィーユの傍に腰掛けて、解析用の魔術らしきもので彼女の容態を精査している。

 そんな、薄目を開けてその経過を見守るルキフグスからは……むしろ賢者じみた、理知的で静謐な空気が漂っていた。



 ――と、そんな光景をしばらく固唾を飲んで見守っていると、どうやら解析を終えたらしく、ルキフグスがその顔を上げる。


「……なんだ、えぇと。赤の魔王だっけ。居たの」

「うむ、お疲れ様じゃ。何故お主がこちらに?」

「……別方向からのアプローチできないかって、お前らのとこの錬金術師に無理矢理引っ張ってこられたんだよ」

「それは……なんか、すまんな」

「いや、まあ別に……面白い症例だし、アタシも興味あるから構わないけど」


 眠るフィーユの手足に魔力を流したりして診察しながら、ジト目でクリムを睨み苦情を言うルキフグスに、クリムも困ったような表情で謝罪する。



 ――正直、クリムには、なぜ彼女がここでフィーユを診察しているかよりも、もっと突っ込みたいことがあるのだが。



 しかし、あまりに彼女が真剣な表情でフィーユの診察をしているために、それについては言い出せずにいた。


「とりあえず、ざっと検分させて貰ったけど……この封印用の魔導器はまぁまぁいい出来だけど、封じ続けるのは本人の負担になるし、何よりこのままでは虚弱体質を改善しようにも、体を鍛えるのもままならない」

「では、どうしたらいい?」

「む……これは一例なんだけど、恒常的に発動して魔力を消費し続ける魔術を付与するという手がある。制御しやすさを考えると、使役できるタイプの魔法生物が望ましいね」


 そう、サラサラっとメモ帳に鉛筆を走らせて、簡単に理屈を説明するルキフグス。


 要は魔力が有り余って負担になるのだから、常に余剰分を消費し続ければいいという、単純かつ力技な解決策だ。


「……あと、問題はこの魔眼か。制御できないなら封じておくしかないが、それだと生活に支障を及ぼすからな……せっかくだから魔法生物に術者と視界を共有する機能を組み込んで、目の代わりにするか。あとは……普段使いなら、炎や風みたいな攻撃的な属性は良くないな。防御を優先させて土属性に、となるとサイズ変更の術式も組み込んだゴーレム系のものが望ましいだろうか……」


 ブツブツと早口で思索に集中するルキフグス。

 その姿からは、アスタロトが彼女のことを『元・天才宮廷魔術師』と言っていたが、その片鱗が垣間見れる。


 そうして凄まじいスピードでメモを走り書きしていたルキフグスが、やがて満足したように顔を上げる。


 それを見計らい……クリムはようやく、ずっと気になっていたことを尋ねた。


「その……真剣に思索しているところを申し訳ないのじゃが。お主の格好、なんでそんなことになっておるのじゃ?」

「……っ!?」


 ずっと機を窺っていたクリムが、ようやく発したその疑問。


 それを聞いたルキフグスはというと、みるみる真っ赤になってメイの背後に隠れてしまった。


「なんだよぉ、ジロジロと見るなよぉ!?」


 真っ赤になり、涙目でメイの背中に隠れたままそうギザ歯を剥いて威嚇してくるルキフグス。


 そんな彼女は今……和風ゴシックドレスに花の髪飾りという、何やらずいぶんと可愛らしい格好になっていた。


「ふふん、どう、まおーさま。うちのギルドにあったもので着飾らせてみたんだけど、似合うでしょう?」

「うむ、まあな……確かに可愛い。よく似合っておるぞ」


 自慢げに胸をはる下手人メイに、クリムも苦笑しながら頷く。

 元々が小柄で日にも焼けておらず、黒いおかっぱ頭の日本人形じみた姿をしていたルキフグスには、和のテイストが入ったその可愛らしい装束は実際よく似合っていた。


「……む、そうか……可愛いのかコレ……」


 どうやら可愛いと言われ慣れていないらしい彼女は、クリムの賞賛に戸惑いながら、しきりに髪やドレスの裾を気にしていたが……そんな姿もまた、周囲の者たちを和ませていた。



 ――と、まあすっかりと話が逸れてしまったが。今回の目的は彼女を辱めることではないため、それはさておき。



「それで……可能そうなのか、その魔法生物を作る術式とやらは?」


 クリムの質問に、ルキフグスはメイの背後に隠れたまま、腕組みして自慢げに語る。


「ふん、アタシを誰だと思ってる、もちろんできるとも。ただしこれだけ複雑かつ大掛かりな術式となると、一ヶ月は掛かるがな」

「ひと月か……では、決戦には間に合わないな」

「そういうコト。だからお前たちは、まず自分たちの世界を救うことをせいぜい頑張れよ、人間。それで無事に世界が続くようなら、餞別代わりにバッチリ仕上げてやるよ」


 そう、ルキフグスはクックッと愉快げに嗤いながらも、クリムたちに約束してくれたのだった。

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