セイファート城の客人たち⑦



 茶をご馳走になったことに対して礼を述べてからユリアたちと別れ、クリムたちが、子供たちがいるという訓練所へと向かう途中。


 その隣にある、子供たちの学校として開放されている集会所から、クリムの肩の上を目掛けて飛来する、小さな影があった。



『よ、ご主人サマ』

「む、クロウではないか、何をしておったのだ?」


 クリムの居城であるこのセイファート城では、クリムが設定すれば、その守護獣であるクロウは自由に顕現し、過ごすことができる。


 そんなクロウが、集会所の方から飛んできて肩に止まったことにクリムが驚いていると……いましがたクロウが飛んできた方向から、クリムもよく知る小さな人影が歩いてくる。


「あ、まおーさま、こんにちわ」

「お、エクリアスではないか。ではクロウはずっとエクリアスと一緒じゃったのか?」

「うん。学校で習ったことに関係すること、色々教えてくれたよ」


 口元を緩めて嬉しそうに語る彼女に、うむうむ、良きかなと頷きつつ、ちらっと横を見る。


 そこでは……クリムの肩に留まったクロウが、バツが悪そうにそっぽを向いていた。


 そんな相方のツンデレじみた様子に苦笑するクリム。その一方で、エクリアスの方には同年齢の友人であるピスケスとコルンが殺到していた。


「あら、エクリアスじゃない」

「こんにちは、エクリアスちゃん。何してたの?」


 興味津々といった様子の二人に、エクリアスは腕に抱えていた書物の束を軽く掲げて答える。


「お勉強。今日は歴史の授業だったの」

「へー。このお城、学校なんてやってるんだ?」

「うん、街の子供みんなに無償で解放されてるよ。私も、せっかくだからとここに滞在してる間は勉強させて貰ってる」


 元々生まれてからずっと地下暮らしで、まともな教育を受ける機会の無かったエクリアスだ。

 最低限の読み書きはレドロックの住人が教えてくれたそうだが、しかし本当に最低限の事しか学べなかった彼女にとって、学校で教わることは皆、初めて学ぶ楽しい事なのだという。


 そのため、真新しい教科書を腕に抱え、嬉しそうに語るエクリアス。そんな表情を見て、あらためて学校を開設して良かったとクリムはしみじみ実感していたのだが……


「……ねぇ、赤の魔王」

「なんじゃ、ピスケス」

「魔王ってなんだっけ、一度辞書引いてみた方いいんじゃない?」


 そんな、横から呆れたようなジト目で見上げてくるピスケスから、クリムはサッと目を逸らす。


 すでに掲示板では「非営利団体NPO」とか「慈善事業法人代表取締役」とか色々言われている身ゆえ、クリムには、少女の呆れ混じりの言葉に反論する術を持っていなかった。


『ははハ、お前サン、最初っカラ悪役なんザ向いてネーんだヨ』

「ふん、我だって分かっとるわ、そんなこと……」


 どうせ見るなら、可愛い子達の笑顔を見る方がいい。子供たちに辛い表情をされると、気になって夜も眠れないからだ。


 と、そんな事をクロウに弁明するクリムは、到底、悪役にはなることが出来なさそうなのだった。




 ◇


 ――と、和気藹々とした空気が流れている中で。




「あら、マスター。ご視察ですか?」


 どうやらもう、今日の午前の授業は終わりらしい。


 我先にと集会所から飛び出していく子供たちの中から、クリムの存在に気づいた樹精霊の少女がこちらへと向かってきていた。


「む、ダアトか。いや、我の不徳によりルージュを怒らせてしもうてな、今、探しているところなのじゃが」

「まあ、あの子が。それは珍しいですね」

「うむ……じゃがしかし不思議なことに、まるでどこにも目撃証言が無い。これは、我がのかと思いはじめてな」


 ここまで目撃者がない以上、考えられるのは、誰にも遭遇しないルートを使っているか……あるいは、誰にも遭遇しない場所に居るか。



「――というわけで、一つ、お主の助言を受けたいのだが」


 そう頭を下げるクリムに、ダアト=セイファートは困ったような顔で苦笑しつつ、答えてくれる。


「そうですね……もうしばらくの間、あちこちを探してあげるといいんじゃないでしょうか?」

「ふむ……それは、じゃな?」

「はい、きっと、あの子にも考えをまとめる時間が必要ですわ」


 ニコニコと、そんな会話を二人で交わすクリムとダアト=セイファートに――クロウが『人間ってメンどくせーナア』と、クリムの肩上で呆れた声を上げるのだった。

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