再会


 ――客人の慰労のための、立食形式の食事も済み……皆、今日の疲労を癒すために早々に充てがわれた客室へと戻った後。


 クリムは――もう一人、ベリアルを伴って、謁見の間へと訪れていた。





「何よ、玉座の間に来いだなんて。ねぇ赤の魔王、私みたいなのをこんなところに入れていいわけ?」


 不満げに頬を膨らませ、腕を組んで憎まれ口を叩くベリアル。


 ぶつぶつと、文句を言いながら入室してきた彼女だったが……しかし、すぐにそのクリムが玉座ではなく、部屋の端に居ることに眉を顰める。


「……って、なんであんた、そんな端っこに居るのよ」

「うむ……まあ、今日は我が主人ではない故な」

「何、どういう事?」


 返答を口籠るクリムに対し、ベリアルが訝しげな顔で睨みつけた――その時だった。


『――久しいな、この馬鹿娘が』

「え――」


 聞こえてきた少女の声に、ベリアルが硬直する。

 信じられないといった表情で、玉座の方を凝視する、その先には……


『まったく……お前は、本当に馬鹿だよ。人など百年どころかその半分も保たんというのに、こんな長く余に執心しておったとはなあ』

「……ユーレリア様?」

『うむ、久しぶりだな。それとも今は若い姿ゆえ、この顔は忘れられたか? 眠りに就いたときは老婆だったしな』


 そう、愉快そうに笑いながら語りかけているユーレリアだったが――その時にはもう、ベリアルは階段を駆け上がり、そして……バンッ、と玉座の背もたれを殴りつけるようにして、ユーレリアに詰めよっていた。


「……なんで勝手に死んだのよ、馬鹿マスターっ!!」

『いや、そうは言われても余は寿命で死んだのだから、その文句は流石に理不尽が過ぎると思うのだが……まあ、すまなかったな』


 困ったように苦笑するユーレリアに、しかし、ベリアルはお構いなしにその胸に縋り付く。


「うるさい黙って文句言われてろ、このバカバカ馬鹿、ばかますたぁ!」

『……ふぅ。ダアト=セイファートは相変わらずの寂しがり屋だったが、やはりお前も相変わらず泣き虫のままなのだな。良い、今宵は一晩中付き合ってやるゆえ、ゆるりと話せ、な?』


 そう、子供のように泣き喚くベリアルの頭を優しく抱きしめて、ポンポンと宥めているユーレリア。


 その初代皇帝の優しい表情を見たクリムは、これ以上は自分たちが見ていてもいい物ではないと判断し……こっそり入り口で見守っていたユーフェニアに目配せして、謁見の間から退室したのだった。





 ◇


 謁見の間を退出した後は、皆も疲れているだろうということで解散となった。


 そうして紅がログアウトした直後、聖からの着信が届く。


『お疲れ様、紅ちゃん!』

「うん、聖もお疲れ様。昴は?」

『あの子はログアウトするなり、腹減ったって何か食べ物探しに行ったよー』


 まるで冬眠明けのクマさんだよと苦笑しながら語る聖に、紅も釣られて笑う。


 昴もインドア派とはいえ、何だかんだで体もかなり鍛えているし、運動も得意な健康優良児の男子高校だ。夕飯の量は、胃袋の容積があまり大きくない紅や聖にくらべ、死活問題だろう。


 そうしてひとしきり笑った後……聖が、ポツリとつぶやく。


『ベリアルさん、嬉しそうだったね』

「うん。これでユーレリア陛下に頼まれたこともあらかた片付いたし、明日からは気兼ねせずに、来週始まる決戦のほうに専念できそうだ」


 紅はそう語りながら、ゲーミングチェアの背もたれに寄りかかり、天井に向けた手で何かを掴むように握り締める。


「……失わせたくないな」

『……うん、頑張ろうね』


 そうして、しばらく談笑していた時だった。紅の視界に、メッセージの着信があったというアイコンが明滅する。


「……あれ、母さんからだ、珍しいな。聖、ちょっとメール見てきていい?」

『うん、いってらっしゃい』


 そう断りを入れて、つい今しがた送られてきたメッセージにざっと目を通す。


 ……なんとも珍しいことに、天理からの食事の誘いだった。近所に一軒だけある、深夜営業しているラーメン屋への誘いだ。


 思えば夕飯は、時間がある時を見計らってリアルに戻り、その際に齧った栄養バーだけで済ませていたままだ。

 色々と大変なこと続きですっかり忘れていたが、しかし思い出したら、空腹感を自覚してしまう。


『天理さん、何の用事だって?』

「あー……今、仕事終わって駅まで帰ってきたそうだけど、愚痴に付き合えって。ラーメンご馳走してくれるらしいけど、どうする?」

『わあ、深夜ラーメンだぁ。悪い事だねぇ』


 現在時刻は……もう、日付けも変わる頃。さぞ、甘美な罪の味がする事だろう。


 ……となると、女の子としては色々気になる所らしい。


『…………紅ちゃん、明日、ランニング付き合ってくれる?』


 長い葛藤の後に、おそるおそるといった様子の聖の声。


「うん、もちろん付き合うよ」

『それじゃ、昴にも声を掛けてくるね!』


 紅が快諾した途端に、一転して嬉しそうにそう言って通話を切った聖に苦笑しつつ、外出するために支度を始める。


 どうせ近所だしと最低限の防寒だけ考えた楽な服に着替えて外に出ると――その頭上に広がっていたのは、満天の星空。


 この辺りだと民家しかなく、それですら、もうほとんど電気の消えた時間である。冷えて空気が澄んだ夜空を見上げれば、よく星が見える。



 ――それがあまりにも綺麗で、ほんの数時間前まで仮想とはいえ世界の命運を賭けた激戦を繰り広げていたなど、まるで嘘のようだった。



 そのまま、聖たちが出て来るまでの間、はー、と感嘆の息を吐いて星空を眺めていた紅だったが。


「――っくち! うわ、やっぱり夜だと寒いな」


 小さくくしゃみをして、鼻を啜る。


 もう暦の上は春とはいえ、この辺りはいまだに雪の降る地方であり、今はまだ夜になるとめっきり冷え込んでいた。


 ちょうどそんな時に、暖かい格好で連れ立って家から出てきた聖と昴の姿が見えたため……紅も外出するために腕に抱えていたコートを羽織りながら、聖たちを迎えに古谷邸へと歩き出すのだった――……

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