帰還

「はぁ……やっと帰って来たよー」

「リアルはもうすっかり夜だな……さすがに、一日中戦争は疲れたな」


 帰ってきた、セイファート城の庭園。


 たった一日にもかかわらず、なんだかすっかり懐かしい気がする景色に、先頭を歩くクリムを挟んでいるフレイヤとフレイが疲労困憊という様子の声を上げていた。


「おかえりなさいませ、皆様」

「うむ、ただいま帰ったぞ……ルージュはもう寝てしもうたかの?」

「申し訳ありません、待っていると先程までゴネていたのですが、つい30分ほど前についに眠ってしまわれたので、寝かしつけておきました」

「そうか、感謝する」


 出迎えに出ていたクラシカルなメイド服の少女……アドニスに、クリムはそう労をねぎらう。


「ただいまです、アドニスお姉さん!」

「疲れました……何かお姉さんの甘いものが食べたいです」

「はい、今すぐ何か用意致しますね、中庭で休んでいてくださいな」

「「やった!」」


 そう、嬉しそうな声を上げる年少組に手を引かれるままに、優しい笑みを浮かべて中庭の方へと向かうアドニス。それは、このセイファート城ではいつもの光景なのだが、しかし。



 ――あれ、初代皇帝様に付き従った騎士様じゃないか?



 赤帝十二剣、アドニス=ツァオバト。


 とうの昔に亡くなったはずの英雄が普通にメイド姿で闊歩しているのを目にして、ざわざわと、同行して来ていたNPCたちから動揺する声が聞こえてくる。


 そういえばそうだったと、すっかりセイファート城メイド長として馴染んでいるためその事を忘れていたクリムが頬を掻くが、後の祭り。


 なんせ……またすぐに、今度は赤帝に付き従った樹精霊が現れたのだから。


「ふふ、どうやら相当に大変だったみたいですね。それにこんな大勢……急いで夕食の支度をしますので、しばしゆるりとお寛ぎください」

「あ、いや、お構いなく……」


 すっかり混乱している旧帝都からの客人に苦笑しつつ、そう皆を労ってくれるダアト=セイファート。


 面識のあるスザクが皆を代表して恐縮していたが……何かに気付いたらしく、不意に、ダアトの目がクリムの背後へと向いた。


 それと同時にクリムが感じたのは、背後に居た何者かが、まるで怯えるように、きゅっとクリムの外套を握りしめた感触。


「あら、あなたは……?」

「――っ」


 ダアト=セイファートが、クリムの背後に隠れるようにして覗き込んでいる少女の姿を目敏く見つける。

 その声に……クリムの背後に隠れていた少女――ベリアルが、泣きそうな表情でバッと目を逸らした。


「……ごめんなさい、やっぱり私に、ここに居る権利は無いわね。お邪魔したわ」

「待って!」


 居た堪れなくなった様子で踵を返すベリアルの手を、しかし逃げられる前にダアト=セイファートの手が掴む。


「お願いよ、待ってちょうだい」

「……でも、私はあの子じゃない、偽物だもの」


 そう言いながらも……だがしかし、ベリアルにその手を振り払う様子はない。

 その事にダアト=セイファートはホッとした様子で、その小さくなってしまった身体を抱き寄せる。


「いいえ、貴女も私の妹に違いないでしょう? ……よく帰ってきたわね、おかえりなさい」

「…………ただいま、姉さん。あと、ごめんなさい」


 そう言って、すっかり小さな少女になったベリアルの体を優しく引き寄せて、胸に抱くダアト=セイファート。

 ベリアルも、それを満更でも無さそうに受け入れて、その腕の中で肩を震わせていた。


 そんな尊い姉妹の姿を、クリムやユーフェニアをはじめとした皆が優しく見守っていたことに……この数分後にようやく我に返ったベリアルが気付き、顔を真っ赤にして逃げ出すのだった。








 ◇


 ベリアルとダアト=セイファートの再会を見届けた後、クリムは二人を邪魔しないようにそっと抜け出して、ユーフェニアを伴いセイファート城地下へ向かう螺旋階段を歩いていた。


「ベリアルさん、喜んでいたみたいで良かった」

「うむ……あとは、早く封印されているあやつの分たれた存在の方も、きちんと解放してやらねばな。そのためには……」

「神剣のチャージだよね……レイラインポイントかぁ、どんな所なのか怖いような」


 そうして会話しながら螺旋階段を降った先、普段は鉄格子で封じられている先に広がっていたのは……広大な地底湖。


 こんこんと湧き出る清水が、地下を通って外へ流れていくこの場所は……このネーブルの街中央、セイファート城を囲む湖の水源。


 その奥底からは、無数の緑色の光が水と共に溢れ出て、まるで妖精がダンスをしているかのように、空中を舞っていた。


「うわー、綺麗……」

「うむ、ここは良い薬の材料となる地衣類が採れるのじゃが、ダアトのやつが認めた者しか入れてくれんのでな。喜ぶがいい、お主が、今世では我とジェードに続く三人目じゃぞ」

「へー……あ、神剣はここに沈めたらいいのかな?」

「うむ――すまんダアト、妹御との団欒中だとは思うが頼む」


 クリムが上に声を掛けてみると、すぐに泉の辺りから一本の蔦が伸びてくる。この周辺の地衣類もダアト=セイファートの目であり耳であるため、こちらの声は届くのだ。


 それに、ユーフェニアがおそるおそる神剣を預けると……蔦は、丁重にその剣を受け取ると、ぐるぐると絡み付いて入水し、水面の奥へと消えていった。



「うむ、これで良かろう。さ、アドニスやエルヒムたちが馳走を用意してくれる間に、ドッペルゲンガーズたちが風呂を沸かしてくれたらしいぞ」


 最近、すっかり隊長であるルージュや上司であるアドニスの真似をして、思い思いの少女の姿を取りメイド服に着替えて使用人の真似事をするのがブームだというルアシェイア自慢の諜報部隊『ドッペルゲンガーズ』を思い出し……苦笑しながら、クリムはそう提案する。


「え、良いのかな、今って世界の危機よね?」

「構わんじゃろ、今日くらいはゆっくり休むと良い」


 クリムのそんな言葉に、ユーフェニアは「あー……」と苦笑する。


「うん……そういえば私たち、今日は朝からずっと戦場に居たんだっけ?」

「そういえば、そうじゃったな……随分と長い一日じゃったな」



 学術都市メルクリウス攻略。

 帝都アルジェント攻略。

 ベリアルとの決戦と和解。

 ルシファーとの邂逅。

 そして……冥界樹クリファードの復活。



 思い返せばあまりに濃すぎる一日に、さしものクリムも、ユーフェニアと同じくただ苦笑するしかなかったのだった。







【後書き】

 新たなセイファート城住人も増えたし。次回はお風呂回かなぁ……


 次章に入る前にやりたい話がたくさんあるため、しばらく短めの間話中心になりそうです。


 繁忙期真っ只中なため、執筆時間があまり取れません。しばらく一話ごとが短くなるか、最悪隔日更新になるかもしれませんがご了承ください。

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