冥界樹精霊ベリアル戦②
――もう何度目かも覚えていないほどの回数、今度こそはと期待した。
――そして、それと同じ回数、失望した。
――もう期待しないと自分に言い聞かせた。
――それでも……まるで藁に縋るように、希望を見つけるたびに、期待してしまった。
――そうして幾度も繰り返し……やがて、もう期待はしないと諦めた。
――諦めた、はずだった。
――だけど……よりによって今、また再び希望が目の前に現れた。それも今度は、懐かしい姿を伴って。
――もう、手遅れになってしまった今更に。
◇
――こやつ、手強い!
幾度も斬り結びながらベリアルを追走するクリムが、内心で舌を巻く。
何せ今のベリアルは、クリムとスザク、二人の種族進化済み相手に互角以上に斬り結んでいるのだ。
おそらく冥界樹と融合したことで、以前とは比べ物にならないほど上昇したパラメーター。そして、それを御し切る本人の技量。
「今までの戦績など、もはや何の当てにならんな……ッ!」
クリムはそのベリアルの脅威度を、自身の知る最強の敵だった『バアル=ゼブル=エイリー』と同格、あるいはそれ以上に更新しながら、必死に大鎌を繰り出す。
しかしそれは、まるで舞うような動きで合わせられたベリアルの魔剣に受け流された。
「確か、『
「何を言っておる、ベリアル!」
戦闘の最中に何かをぶつぶつ呟いているベリアルに、クリムが『剣群の王』で操っている、錐揉み回転している槍の雨を降らせる。
しかしベリアルは纏った
「それじゃ……やっぱり使い勝手が良さそうなのは、あなたとあなた、それにあなたかしら?」
そう言って、フレイ、雛菊、リコリスの順番に指差していくベリアル。
そんなベリアルの仕草に警戒する皆だったが……クリムがそれに気づいたのは、偶然だった。
先ほど指差された三人の足元に蠢く、不自然なまでに黒い影に。
「足元じゃ、気をつけよ!」
「なっ!?」
「ひゃ!?」
「きゃあ!?」
クリムの警告とほぼ同時に、三人の足元から突然現れた、真っ黒な影でできたハエトリグサみたいな何か。
それが、咄嗟に回避行動に移った雛菊の脚を、反応が遅れたフレイの腕を、リコリスのお腹のあたりに喰らい付いた。
が、しかし。
「……あ?」
右手を巨大なハエトリグサの影に食われたフレイだったが……恐る恐る負傷の確認をする彼は、しかしその体に何の変化は無い。
それは、右足を飲み込まれた雛菊と、腹部に食らったリコリスも同様だ。全員、HPゲージの方も1ドットたりとも減少していない。
「――っの、『ギロティン』!」
一瞬でベリアルと距離を詰めたクリムの大鎌が閃き、一息に三度振るわれる。しかし、それを難なく弾いたベリアルだったが……
「――掛かったな!」
「っ、小癪な!?」
最後の一撃を囮に、クリムはそのままベリアルの魔剣を引っ掛けてギリギリと押さえ込み、鍔迫り合いへと持ち込んだ。
「――スザク!」
「任せろ!」
その時にはすでに、あらかじめアイコンタクトで回り込んでいたスザクが、上空から勢いをつけて飛び込んでいた。
スザクが両手で構えた魔剣グラムを、渾身の力で空中から振り下ろす。
クリムと鍔迫り合い中のベリアルの背後を取った、会心の一閃。獲った、と確信したのも当然の話だった、が。
「ふふ――ざぁんねん?」
「なっ!?」
「バカな!?」
――しかしその必殺のはずの刃は、それまで鍔迫り合いしていたクリムの大鎌諸共、ベリアルを素通りしてしまった。
「――『アストラル・シフト』!?」
「うそ、なんでベリアルさんが使えるの!?」
驚愕に目を見開き叫んだのは、フレイとフレイヤ。
それもそのはず、ベリアルがクリムたちの攻撃を回避したのは間違いなく、自らを霊体化させることであらゆる物理攻撃を無効化するハイエルフの特殊能力『アストラル・シフト』だったのだから。
「目障りな赤の魔王、まずはお前から始末してあげるわ――!!」
「く――ッ!?」
更にベリアルが構えた漆黒の剣が蒼い炎を纏い、鍔迫り合いの状態を強制的に解除されてたたらを踏んで、ふらついたクリムへと襲いかかる。
「――お師匠!!」
悲鳴じみた警告を発する雛菊だったが、しかしクリムはその時にはもう何かを確認するよりも早く、刷り込まれた恐怖心と生存本能に任せて、全力で逃げに走っていた。
「にょうおぉおあああッ!?」
恥も外聞も捨てて、必死に縮地を繰り返しながら、まるで蛇のように床をのたうち回って追いかけてくる蒼い火閃を回避するクリム。
「――蒼炎とかマジで反則じゃろうがぁあああ!?」
そう、その炎は紛れもなく雛菊の……銀狐族の特殊技能『蒼炎』。
聖属性、炎属性、魔特効の三重特効により、クリムにとっては直撃すなわち死あるのみの、天敵だった。
だが、ややキレ気味な悲鳴を上げながら必死に逃げるクリムであったが……しかしそれでも、ベリアルの持つ魔剣の能力なのか伸長して追いかけてくる蒼炎の刃の方が、僅かに早い。
徐々に追い込まれ、逃げ場を失って、もはや直撃する……その寸前に、割り込む影があった。
「――『光波盾』!」
フレイヤが構えた十字盾、その表面に展開された光盾が、迫るベリアルの刃を受け止める。
「大丈夫、クリムちゃん!?」
「はぁ、はぁ……すまぬフレイヤ、助かった!」
ベリアルの黒い魔剣から蒼い炎が消えて、心底から安堵したように、深々と息を吐くクリム。
初めて『蒼炎』に本気でターゲットにされ、「マジで死ぬほど恐ろしかった」と震えながらぼやくクリムはもはや涙目である。
そして……
「隙ありです!」
「クリムちゃんに気を取られすぎよ!」
「お館様の仇!!」
「いや我まだ死んでおらんからな!?」
三方向から襲いかかる、雛菊とカスミ、そしてセツナ。
思わずツッコミを入れたクリムはさておき、その三人同時の奇襲は完璧なタイミングに見えた……が、しかし。
「――馬鹿な、その防御フィールドは!?」
「私の、『
三方向からの攻撃を防いだのは、ベリアルを覆うように展開された透明なエネルギー障壁。
その見覚えのある障壁に……今度はリコリスが、遠方からベリアルが何をしたのかを見ていたクリムと同時に、驚愕の声を上げる。
リコリスのそれとは違い、短時間でふっと消えたものの……それは間違いなく、リコリスの固有魔法である機術『
勢いが減衰された攻撃はベリアルに軽くいなされて、その隙にまたも蔦を利用して離脱するベリアルに、雛菊たちも歯噛みする。
「というか、なんでベリアルが、私たちの固有能力が使えるのー!?」
「おそらくさっきのハエトリグサじゃ、あれに食われたら能力をコピーされるみたいじゃな!?」
ベリアルとは別に、あちこちから飛び出して襲いかかってくる蔦と茨もまた厄介だ。
それらから逃げ、泣き言を言いながら走るフレイヤに、ようやく事態を把握したクリムがヤケクソで返事を返す。
だが、リコリスの機術が模倣されているということは、つまり。
「――きゃあっ!?」
少し後ろから聞こえてきた悲鳴に、クリムは咄嗟に振り返る。
そこでは……灰色の結界に取り込まれ、まるで水中でもがいているかのようなフレイヤに、幾本もの蔦が絡み付いて、その動きを封じているところだった。
――機術『
内部に入った者の速度を遅くする結界に取り込まれたフレイヤが、その隙に四肢を蔦に絡め取られて動きを封じられ、吊り上げられていく。
「くっ――ッ!?」
反転し、独楽のように身体を回転させて、フレイヤに絡みつく蔦を大鎌で切り払うクリム。
その一閃でフレイヤは解放され、自由を取り戻したが……しかし、そこでクリムは己が失態を悟った。
「ようやく動きが止まったわね、赤の魔王――ッ!!」
喜悦の色を帯びたベリアルの声と共に、再びクリムへと迫る蒼炎の刃。
一方でクリムは、全力疾走から無理に攻撃に転じたせいで、体勢を転倒寸前にまで崩している。
――やばい、死……ッ!?
その一瞬、死を覚悟した。
蒼い炎が正確にクリムの胸の中央に迫り、心臓を貫かんとする瞬間――
『――っノ、何やってンダこのバカ!』
――そんなクリムの眼前に、突如として現れた漆黒の球体が、蒼炎の刃を飲み込み掻き消してくれた。
『感謝しろヨ、今のデせっかく溜め込ンダ魔力ノ三割は喰ったんダカラな!!』
「すまんクロウ、本気で助かった!」
一瞬前まで濃密だった死の気配にダラダラと冷や汗をを垂らしつつ……肩に降りてきたクロウに礼を言いながら、クリムは再び螺旋を描くように疾走して蔦を回避しつつ、ベリアルへ距離を詰めるべく走り出す。
「ええぃ、よもやベリアルの奴め、ここまでの戦巧者だとは……ッ!」
思うように接近できない。
そして近付いても、あの手この手でのらりくらりと逃げられる。
それどころか、僅かにでも隙があればそれが致命的だ。
――もはや、認めざるを得なかった。
今のベリアルは……これまで戦ったエネミー中最強であるエイリーに匹敵するパラメーターに加え、悪賢さを備えた――最強の敵であると。
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