禁忌の匣

 

 巫女ヴァーゴに案内されて、イースター砦から少し西に行った先にある、寂れた荒野地帯の片隅。そこに隔離されるようにして、目的である十三番目の巫女が居るという施設はあった。


「ここは、『禁忌のはこ』……帝国にもごく少数しか存在を知る者がいない、暗黒時代に作られた封印施設です」

「封印施設……このような場所に、巫女が?」


 殺風景な荒野の中にポツンと聳える、無骨な城砦。

 しかし本来ならば警備の者が居たであろうその唯一の入り口である詰所は、長らく放置されたことですっかりと朽ち果てていた。


「……すまぬ、こういう事を言うのは少し憚られるのじゃが、その妹君は生きておるのか?」


 数年このような施設に、世話をする者もなく、一人放置されて……はたして、幼い子供が一人で生存するなど絶望的では無かろうか。


 そんなクリムの言葉に、近くに居たフレイも同感だと頷く、が。


「大丈夫ですわ……この封印装置は、対象を時間と空間ごと凍結し、封印するのだそうですから」

「時を……?」

「はい。そのせいで、時折面会が許されるたびに一歳違いだったあの子と年齢が離れていく事を、当時は寂しく思いましたが……ですが今はそれが、あの子を生き延びさせてくれている筈ですわ」


 そう、悲喜入り混じった複雑な表情で笑うヴァーゴ。


「では、外で七年が経過している今も……」

「ええ、あの子は当時まだ七歳のまま一人だけ、未だにあの瘴気が大陸中央部を覆い尽くした大災厄以前の時を生きています」

「……残酷じゃな」

「仕方が無かったのですわ。危険な能力を持っていたのもありますが……それ以前にあの子は内包する力が強すぎて、幼い体が負担に耐えきれず、通常の生活が送れないほどに身体が弱かったのですから」


 そうして封印されている間に、その強すぎる力を抑えるための封印の術式や呪具を完成することができた。

 しかしタイミングが悪いことに、開放の目処が立つ直前であの大災厄が起こり、目覚めさせるのが遅れてしまったのだという。


 ある意味では、封印はあの子を生かすための措置だったのだ……そう寂しげに言って、ヴァーゴはボロボロに朽ちた無人の外壁から内部へ通り抜けるためのゲートを潜る。


 クリムとセオドライト、そしてルアシェイアのメンバーが慌てて彼女の前に陣取り、その後ろから、聖王国の実働部隊三十人ほどが後に続く。残りは周辺の警戒だ。


 そうして壁の内部に入ると、目的である『禁忌の匣』のゲートらしき、地下に続く道はすぐに見つかった。

 というか、壁の内部はほぼ更地であり、ゲートまで遮る物は何も見当たらない。


「しかし、危険な物品を封じる場所なのじゃろう? こんな設備で大丈夫なのか?」


 もっと厳重なプロテクトとかが存在しない事に、疑問を覚えるクリム。

 もっとも、この世界の技術レベルでは現代レベルの高度なセキュリティを備えろというのは無理とは分かってはいるのだが、それにしたってこれはあんまりに思えた。


「あ、それならたぶん問題ありませんわ」


 おっとりと、何かを言おうとしているヴァーゴ。

 猛烈に嫌な予感がして立ち止まろうと硬直した先頭のクリムとセオドライトだったが、しかし一足遅く――敷地内に一歩踏み込んだ瞬間、けたたましく鳴り始めるサイレン。


「……我、嫌な予感しかせんぞ」

「……奇遇ですね、心底嫌ですが、僕も同じです」


 諦めたように、この後の展開を察したクリムとセオドライトの二人が、揃って頭を抱えて空を見上げる。


 直後、何か巨大なものが多数、地面の下から迫り上がってくる振動が場を支配した。


 やがて、周辺を取り囲むように姿を現したのは――巨大な砲身とミサイルランチャーを備えたいくつもの砲台トーチカ


 そしてその中央、地下へ続く入り口直上に一機だけ聳えるは、怪しい光を湛える、一つ目の怪物の頭部の如き異様な砲塔を備えた、無数の機銃やミサイルランチャー等の武装を纏う、ビーム砲台のような何か。



 小さいのが、名を『インペリアルガーダーI式』。

 大きいのが、名を『エントリヒ最後の・ガーダー』。


 クリムが『調べる』を使用したところ……共にそのエネミー名が、『とてもとても強い相手』を示す毒々しいほどに真っ赤なカラーに染まっていた。



 明らかに防衛システム然としたそれらが、一斉にその砲身をクリムたちの方へと照準し、不穏な音が周辺に響き渡る。


「侵入者は排除する、無数の防衛ゴーレムがいますから」

「早く言えぇえええ!?」

「断じてこれはゴーレムなんて生易しいモンじゃねぇわあぁあッ!!」


 二人のツッコミと同時に砲台から放たれる、眩い荷電粒子砲の奔流。


 その致死の閃光を前に、のほほんと解説するヴァーゴをセオドライトが抱え上げ、皆が泡を食って一斉に散開したのだった。

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