皇族の遺児

 ラシェル保養地は、低い場所は診療所や湯治場のある保養地であるが……階段を登った先、硫黄の匂いが届かない高台の上は、地熱により暖かく花々も生育しやすい風光明媚な高原と、それぞれ趣の違う町になっている。


 その、高台にある貴族たちの別荘地だった場所の、一番奥にある立派な建物。


 七年前に瘴気に飲まれた際に行方不明になり、今はもう生存していないであろう貴族が建てた別荘だというこの建物は……今では、賓客の宿舎となっているのだという。


 その最奥、最も厳重に警備された一室にて……クリムたちは、少女二人と対面していた。


「えっと……まずは自己紹介よね、私、ユーフェニア=アイゼンルッツ」

「あの、ユーちゃん、今は『アーゲント』を名乗るようにって……」

「あー、はいはい。面倒だなあ、もう」


 そうして、ぷいっとむくれて明後日の方を向いてしまうユーフェニア。

 どうやら、何か複雑な事情があるらしい……そう察したクリムは、今はそっとしておこうと思い、隣で慌てている気弱そうな少女に目線で話の続きを促す。


「あ……私はユーフェニア様の乳母の娘で、側仕えのシュティーアと申します」

「私の幼馴染で、誰よりも信頼している親友よ」

「あぅ、勿体ないお言葉です……」


 横からのユーフェニアの補足に、恥ずかしそうに俯くメイドの少女……シュティーアだったが、満更でもないらしく、嬉しそうにもじもじしている。


 続いて促され、クリムたちも一通り自己紹介が終わったところで。



「ところで……ライブラと言ったな、彼女が旧帝国の皇族というのは、間違いないのか?」

「はい……少々、込み入った話となるのですが」


 そう前置きして、少女二人の横に控えていた彼女は眼鏡の位置を指で直してから、語り始める。





 ――アーゲント皇家、最後の一人と思われていた、処刑された当時六歳だった皇太子。


 しかし……彼は、実は双子だったのだそうだ。


 その双子の妹が、生まれた時から内密に、巫女の一人……シュティーアの母に当たる少女に連れられて、市井に紛れて育てられていたのだという。



「……少し待って欲しい。たしか、帝国には双子を忌避する風習は無いよな?」


 クリムが、そんな疑問を挟む。


 双子は不吉な象徴だと片方を始末する文明は確かに存在するが、帝国はそういったことは無い。


 また、男児二人ならば跡目争いを防ぐためという名目はあるだろうが、皇子と皇女ならばそれも無い。わざわざ双子の片割れを市井に託すなど意味は無いはずなのだ、が。


「はい……ゆえにおそらくこの一件は、今では当時の皇帝陛下による、内密にアーゲント皇家の血を残すための一手だったのではないかと予想されているのですが、もはやそれを確かめる術もありません」

「ふむ……」


 何か、薄々その後の帝国がどうなるかを予想していたのだろうか。


 だがそうなると今度は、その最後の皇帝は、相当に先見の明のある聡い人物のはずだ。果たしてそのような人物が、国が崩壊するほどの規模となる反乱を民衆に起こされるような真似をするだろうか。


 そう疑問を抱きつつ、クリムはライブラに話を中断させた事を謝罪し、続きを促す。




 ――そうして、三十年前の反乱が起きた。


 帝国は崩壊し、何かに浮かされるように熱狂する民衆たちが皇族の処刑を望み、反乱の旗頭である者たちの手で実施されていく中で……市井に紛れていたその双子の片割れである皇女は生き残り、帝国とは関係ない一市民として育ち、恋をして、家庭を持ち、やがて帝都の片隅で子を宿した。


 それが――目の前で不貞腐れた様子で頬杖をつき、話を聞いている少女、ユーフェニア。


 彼女の母親、そして彼女の母である皇女に少しだけ先んじて子を授かり乳母となった、皇女を連れ出した巫女の女性は……彼女が成長していくにつれて一つの危惧を募らせていったのだという。



 ――ユーフェニアは、あまりにも絵画に残っている初代皇帝、ユーレリア帝の幼少の姿に似ている。



 その姿を見られれば、皇族の生き残りとして露見し、処刑されるか……あるいは内乱の中で利用され、担ぎ上げられるかもしれない。


 それを危惧した彼女の母親と乳母をはじめとした親たちが、人目を避けるように、激しい内乱に荒れる大陸中央部を点々としながらこのラシェル保養地を目指していた最中……七年前の、大陸中央部が瘴気に覆われるという事件が起きた。


 結果――ここに来るまでの道程にて、親たちは全員魔物や瘴気の餌食となり、道半ばで力尽きた。


 辛うじて生き残った少女の母親である皇女もまた、当時はまだレジスタンスの体裁をなしていなかった避難民たちをどうにかまとめ上げようとしていたライブラとレオナに、ユーフェニアとシュティーアの二人を託して逝去したのだという。




「……母様は、いつもコソコソと隠れながら生きていた。私を皆に見られたら、私が皇族であるとバレて処されるかもしれないと思っていたからよ」


 ライブラが語り終えた後を継いで、ユーフェニアがポツポツと語る。その目には、清冽なあおい瞳に似つかわしくない昏い色が浮かんでいた。


「それが、こんな状況になったら今度は途端に帝国の遺児として崇め奉られる存在よ? ふざけんなって思うじゃない」

「ユーちゃん……」


 そう忌々しげに吐き捨てるユーフェニアを、心配そうに見つめるシュティーア、そして気まずげに目を逸らすライブラ。


 だが……彼女が言うことも尤もであり、クリムたちもまた、その重い空気のなか黙り込んでしまうのだった。







【後書き】

 シュティーア=ドイツ語で『牡牛座』

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