旧帝都奪還:レドロック解放戦③

 ――クリムたちが西門に籠城を始めて、半刻が経過した。




 怒涛のように押し寄せる魔物の波に……前線を抑えている雛菊とカスミ、そして急遽前に出たスザクらも取りこぼしが増え、今では十数匹の魔物が西門へと取り付いている。


「ちょっと、詠唱してる暇もないんだけどー!?」

「ほんと、忙しいね! ほらハル、キリキリ歌う!」

「クロノちゃんの鬼ー!」


 どうやら魔力に反応する習性があるようで、魔法詠唱を邪魔しようとランに優先的に群がる魔物たち。

 それらを剣を振るい追い払っているクロノに急かされながら、ハルは歌唱スキルによる呪歌『魔物たちへのララバイ』により、近寄る敵を片っ端から寝かせている。


 だが、効果を発揮するよりも、迫ってくる敵の方が多い。


「――しまっ……」


 至近で絶命した魔物、その背中から生える結晶や鉱石が、不気味な蠢動をする。


 ――自爆!


 敵を蹴り飛ばすのは間に合わないと、覚悟を決めてランとハルの二人を庇って前に立つクロノだったが……


「ぉおおおらァッ! っし、間に合った!」

「スザク君!」


 間一髪、その間に割り込んだスザクが、構えた盾で自爆の前に立ち塞がる。


 ――直後に発生した爆発音、そして硬い飛礫が盾にぶつかるけたたましい音。


 そんな中にあってさえ、スザクは冷静に飛礫を防ぎつつも、手にした黒い魔剣で周囲に群がっていた魔物たちを薙ぎ払う。


「ふぅ……ハルさん達、あんま慣れてないでしょうから無理はせんといてくださいよ」

「うん、ごめんなさい」


 そんな苦言を呈しつつ、スザクと、あとは壁の上から降り注ぐリコリスの放った光弾が、瞬く間に取り憑いていた魔物たちを駆逐していく。


「しかしまぁ……分かってはいたが、なかなかハードだね」

「うん……『ルアシェイア』の子達、すごいよねー」


 それでも、この程度で済んでいるのは、壁上からの援護射撃と、最前線を支えている雛菊とカスミの二人あってのこそ。


 改めて、その戦闘力に感心しているクロノとランなのだった。





 ◇


 ――その頃、壁の上では。




「……ふぅ、これで門に取り憑いていた魔物は……ひゃ!?」


 胸壁にぶつかった結晶体が砕ける甲高い音に、リコリスが慌てて頭を壁の中に引っ込める。


「リコリス、あまり深入りして狙われんよう気をつけよ!」

「ご、ごめんなさいー!」


 謝りながらも、敵側の結晶を飛ばしてくる遠隔攻撃の合間を縫って、顔を出し迎撃するリコリス。


 今、この壁上は……数を頼りに迫り来る魔物たちに接近されたことにより、魔物が背負っている結晶を用いた遠隔攻撃の集中砲火に晒されていた。


 立て続けに鳴り響く、結晶が砕ける音。


 そんな無数の攻撃に晒されていることを否応無く思い知らされる環境で、同行していた志願者たちも、どんどん精神的に追い詰められ……



「おらおら新兵、敵に狙いつけんのが遅えんだよ!」

「ちょ、いまさら鬼教官のシゴキうけなきゃいけないんですかい!?」

「そういや、お前たちがあの夜奇襲なんてして来たから俺は八年もカミさんの作る故郷の郷土料理食いっぱぐれてんだぞ!」

「え、今そんなこと言うッスか!?」

「楽しそうじゃなお主らー!? ジェード、弾お願い!」

「はいどうぞ、クリムちゃん、新しい弾倉よ!」



 ……ているような様子は、微塵も見られなかった。


 さすが従軍経験があるだけあって、流れるように入れ替わり立ち替わり位置を変えて、交代で弾込めしながら敵に牽制射撃しつつ……だが、先程から随分と騒がしくなった志願者たち。


 そんな彼らに対し、クリムは『ガングニール』の弾倉の中身を撃ち尽くして塀の陰に戻り、給弾手であるジェードから新しい弾倉を受け取りながら、たまらずツッコミを入れる、が、しかし。


「「「楽しいわけねぇだろこんな地獄!!」」」

「お、おぅ!?」


 目を血走らせた男たちから一斉に反論され、クリムは驚いて目を白黒させる。


「だが、まぁ、何をすれば終わるか分かってるって良いもんだな!」

「今まで、先の見えない地獄ばっかりだったッスからねぇ!」

「ははは、違いねぇ!」

「先の見えねぇ血みどろの内乱、先の見えねぇ穴倉暮らし、どっちもクソ喰らえだったもんなぁ!」


 恐れ縮こまっていないのは何よりだが、しかし今度は逆に何やらすっかりハイになっている男たち。


「あの、皆なんか怖い」

『はは、キマってんナあアイツら!』


 男たちの豹変に、微かに怯えを見せるエクリアスの肩で、クロウが楽しそうに爆笑していた。


 クリムとリコリス、そしてエクリアスが引いている中、際限なくテンション上がる男たちだが……しかし、兵役時代の勘を取り戻し始めた彼らの狙撃精度はみるみる上がってきており、その弾幕は徐々に敵を押し返しつつあった。


「でも、こっちのクソ地獄はよぅ……」

「ああ、ここを踏ん張れば終わるんだよな……」

「生きて美味い飯と酒にありつこうぜ!」

「俺、久々に甘いもん食いたいッス! ね、巫女様?」

「えっ!? あ、うん!」


 騒がしいが……しかし、彼らの痩せこけた顔は今、希望で輝いている。


「ふふ、頑張らないとねー、魔王様?」

「ああ、そうじゃな」


 物陰で空になった弾倉に弾込めしながらのジェードの言葉に、クリムは再度外に身を乗り出して一体の魔物を撃ち抜きながら頷くのだった。




 そんなふうに喧騒を上げながら、迫る魔物たちを迎撃していると。


「馬鹿やってないで、クリム、お前もそろそろ行けるだろ!」

「おっと、すまんフレイ!」


 フレイの指摘に、周囲のテンションに知らず知らずのうちに感化されて夢中で狙撃に興じていたクリムが、ハッと我に返る。


 気づけばクリムのMPも満タンだ。これなら問題なく最前線へと行けるだろう。


「む、丁度いいタイミングみたいだな」

「おお、リュウノスケ、戻ったか」


 不意にクリムの横にスッと現れ声を掛けてきたのは、今回の作戦に先駆けて一足先に街に入っての探し物を頼んでいた、リュウノスケだった。


「ああ、『傷』の場所もちゃんと見つけたぜ。街の南東、鉄道のターミナル前の広場だ」

「ふむ……ぼちぼち、この場で粘るのも頃合いかのう……リュウノスケ、どう見る?」

「そうだな……向こうはだいぶ魔物の姿もまばらになってたぜ。手薄と見せかけて誘い込むような知能があるとは思えないし、そろそろじゃないか?」


 そんなリュウノスケの言葉に、クリムも頷く。見れば、街の東からまたも続々と現れる魔物たちだが……その数はだいぶ減って来ている。


 無限に思えた魔物の群れは、しかし無限ではない。そろそろ向こうも息切れを始める頃だろう。


「それじゃ……もう一発撃ったら今度はこっちがMP切れだ。クリム、後は任せるぞ」


 そう言って、フレイが最後の儀式魔法版『フォトンブラスター』を放つ。


 迸る閃光が、門付近の乱戦している場所を避けて後続の魔物たちを薙ぎ払い消し炭に変えたところで、クリムはその乱戦地帯の向こう側へと飛び降りる。


「では……そろそろ反撃と行こうかのぅ!!」


 敵後続を抑えるために再度、先程の巨大な二振りの剣を背後に生成したクリムは、高らかに宣言すると……その、両手の動きに追従するように飛翔する大剣を大きく振り回しながら、限界まで後ろに振りかぶる。



 ――細かな制御の効かぬ巨大な質量の武器、どのように使用すれば最大限有効活用できるか。



 その答えのうち一つが、先の戦闘で使用したように、質量弾として狙った場所に落とすこと。


 そして、もう一つは……それ自体が凶器となる質量任せに、細かいことは考えず



「ふっ……飛べぇええええッ!!」



 咆哮と共に、振りかぶったクリムの腕が、もう間近まで迫っていた敵集団へ向けて、振り回された。


 そんなクリムの手から三十メートルは離れた場所を、クリムの腕の動きに追従するよう振り回された巨大な二振りの大剣。


 それは遠心力も載せて、まるで巨大な鋏のように、凄まじい速度で左右から魔物たちへと襲いかかり――その質量と速度の乗算による暴力でもって、迫る敵を悉く粉砕していったのだった。

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