鉱山街の巫女②


「これは……町?」

「生存者が居たのね……」


 先頭を歩いていたリュウノスケとセツナの、驚きの声。


 坑道を進んでいくうちに地質が変化し、今クリムたちがいるのは、鍾乳洞と思しき広大な地下空間。


 そこに……あちこちに並ぶ天幕と、あちこちに座り込んでいる人々の姿が、この場所が瘴気から避難してきた住人の居住地である事を物語っていた。


 そして……さらさらと流れる音に誘われて周囲を見渡すと、かなり豊富な水量を湛えた澄んだ河川が、ゆっくり穏やかに流れていた。


「これは、地下水脈か」

「肯定。この辺りはレイラインポイントに近いせいで、瘴気も浄化されて入ってこない。水も、飲めるくらい綺麗」

「なるほどな……人々が生きていける環境が残っていたのか」

「じゃが、食事は? この環境では作物も育たぬし、外に生物も居らんよな?」


 フレイとクリムの質問攻めに対し、エクリアスは「ついてきて」と言って案内してくれる。



 ――その道中、彼女に対し手を合わせて祈りを捧げている住人たちの姿が見えた。


「ああ、ありがたや、巫女さま……」

「今日もおかげで生き延びれます、エクリアス様……」


 どうやら瘴気と瘴気内を住処にする魔物に対し抵抗できる『セフィラの巫女』である彼女は、この街では特別な敬うべき存在らしい。


「そういえば……この場所に暮らし始めたのは、いつから?」

「街の人が言うには、七年前からだそうです」

「七年前というと……緋剣門が封鎖された時からほぼずっとの期間か。それじゃあ、エクリアスちゃんは……」

「肯定。物心ついた時から、ずっとここで暮らしている。外には時々、魔物が入ってこないよう結界の点検に行く時くらい」


 フレイの質問に対して、気にした様子も見せずにさらりと少女が口にしたその言葉に、クリムたちが絶句する。


 生まれた時から、ほぼずっと。それだけの期間、彼女はこの場所しか知らずに生きてきたと。


「……私が巫女だからでしょう、街の人たちは、貴重な上から持ち出した栄養価の高い食料を、私に優先的にくれた。だから今、私はこうして生きている」


 胸に手を当ててそう語るエクリアスは、年端もいかぬ少女らしからぬ覚悟が滲んだ目で、居住地を見渡しながら、まるで自分に言い聞かせるかのように言葉を紡ぐ。


「だから、私が皆を守らないと。私がもっと小さい頃に死んでしまったお母様の代わりに」

「そっか……偉いね、エクリアスちゃんは。本当に偉いよ」

「否定。私は、私がやるべきことをやっていただけ」


 複雑な表情を浮かべながら、少女を労いの言葉をかけるフレイヤに、エクリアスは戸惑いを見せながらも、そんな返事を返す。


「ですが……あなた達は、助けに来てくれた壁の外の人たちなんですよね?」

「ああ。ここだけではない、他の地域にも、我らの仲間たちが向かって戦っておる」

「そう……良かった」


 ただそれだけ呟くと、彼女は、あとは黙々と歩く。


 また、居住地の住人たちはというと……一様に、エクリアスの後ろを歩くクリムたちに驚きと、安堵したような表情を浮かべているのが、なんだか引っかかるのだが……しかし、質問するよりも前に目的地に着いたらしい。


 そんなエクリアスに案内されたのは…… 街の一角にあった、ぼんやり光る藻がびっしり浮かぶ溜め池。


「これは……藻、か?」

「肯定。マナの力を受けて、陽光がなくても育つ水草。少しだけでもお腹は膨れる」

「なるほどなぁ……じゃが、栄養価的には足りとるのか?」


 そう、何気なく側を歩くエクリアスを見下ろしたクリムだったが、しかし。



 ――これまで、上からの光しか無かったために気付けなかった。


 だがしかし、今は溜め池の苔からの光源がある。そのため、少女の異常がはっきりとクリムには見て取れた。



 つまり……大丈夫なわけが、なかったのだ。


「ちょっと待て……お主、めちゃくちゃに顔色が悪くないか!?」

「…………え?」


 そう、驚愕に目を見開くクリムの言葉に対し、意外そうな様子で見上げてくる少女だったが……その顔面は血の気を失い、目は明らかに焦点が合っていない。


 それどころか、急に頭を振ったせいで、まるで立ちくらみを起こしたようにその頭をふらつかせると……不意に、繰り糸を失った操り人形のように、膝を追って崩れ落ちた。


「エクリアス!?」

「クリムちゃん、その子を見せて!」


 咄嗟に倒れた少女を抱き止めたクリムだったが、その腕に感じた感触に愕然となり、固まる。


 そんな尋常ではない様子を見て駆け寄ってきたフレイヤが飛ばした指示に、クリムは慌てて少女を横抱きにして、そっと地面に横たえた。


「俺らは彼女を休ませる場所を聞いてくる!」

「頼む、スザク!」


 岩に寝かせて痛くならないよう、少女の頭を膝に乗せてやりながら、去っていくスザクやハルたちに返事を返す。


 その一方で、せめて楽な格好にしてやろうと少女の外套のフードを外して襟をめくり、中に着ていた服の首周りのボタンを外したフレイヤが、その服の中を見て息を呑んでいた。



 ――あまりにも、軽い。



 それが、先程クリムが少女を抱き留めたときの感想だった。


 それは、彼女が小柄というだけではない。外套越しに感じる彼女の身体は、細く硬い。本来ついているべき脂肪が無く、直接骨の硬さが触れるが故の硬さだった。


 いや、少女だけではない。同様に、住人たちも皆痩せている。これでは、外の魔物に対抗するなど夢もまた夢であろう。


 故に……彼女たちは、何年も、何年も、助けが来るのをずっと息を潜めて待っていたのだ。



 ――世界五分前仮説。


 クリムたちにとってはゲームが開始したのが一年前、この大陸中央部に踏み込めるようになったのが今日であっても……彼女を始めとしたここの住人には、七年分の艱難辛苦の体験が確かに存在する。


 その残酷さを改めてまざまざと見せられながら……なんとかしてやりたい、そんな決意が、クリムたちの中に火種となって生じていた。



 そんな中……少し楽になったらしい少女が、再びか細く声を発する。


「でも、それも報われた……あなたたちは……沢山の戦士たちと一緒に、西の門の外から、来たのよね?」

「ああ、そうじゃ」

「だったら……お願い」


 無表情に、しかし今はどこか縋るような表情で、クリムたちを見上げて幼い少女がそう、懇願の言葉を口にする。


「……お願い、皆を助けて」


 それは……本来ならば守られているべき幼い子供でありながらも、『セフィラの巫女』として皆を守るために物心ついた時から神経を張り詰めて生きてきた、少女の懇願。


 彼女は無愛想なのではない。きっと、余計な感情を育む余裕がないほどに、ずっと重責に追い詰められていたのだ。


 なるほど、栄養が足りぬままにそんな生き方をしてきたならば……助けらしき者たちが現れた瞬間に気が緩み、今まで溜め込んだ疲労により熱を出して倒れるのも無理はないだろう。


 この症状ならば回復魔法よりは、直接生命力を与える血魔法『生命の精髄』の出番であろう……クリムはそう判断して自分の指を噛み破りながら、頷いてみせる。


「……ああ、任せておくが良い、我らはそのために来たのじゃからな。そのためにはお主の助けも要るのじゃから、今はまずちゃんと休め」


 そう、少女を安心させるように手を握って笑い掛け、はっきり頷いたクリムに……エクリアスは、安堵したように微かに表情を緩め、今度こそ意識を失うのだった。

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