冬休みの終わりに
――セイファート城中庭での夜の逢瀬から、一夜明けて。
「ん……あれ、いつのまに寝たんだっけ……なんだ、柔らかくて暖かい……」
ぼーっと寝ぼけ眼を擦りながら目覚めた紅は、優しく全身を包み込んでくれているような柔らかい物はなんだろうと疑問に思いながら、そちらに目を向けて。
「……ッ!?!?」
目と鼻の先の至近距離にあった、幼なじみの少女の穏やかな寝顔に、眠気など一瞬で吹き飛んだ。
――あれ、昨日の夜って何したっけ!?
確か『Destiny Unchain Online』からログアウトしてお風呂に入っている間に聖が紅の家に来ていて、同じベッドに入って、その後は……
慌てて布団を捲り……ほぼ抱き締め合うような格好でベッドに眠っていた二人とも、きちんとパジャマを着込んでいることに、「はぁあああ……」と深々と安堵の息を吐く。
大丈夫、血を貰った以上の事はしていない……そう、ようやく記憶を再生し終えた紅は、焦った分ドッと疲労感を感じながら、再度ベッドの上で力を抜いて、マットに体を預ける。
――そうだ、血を吸ったんだ。
紅はふと気になって、一番上のボタンが外れた聖のパジャマの襟に手を伸ばして起こさぬようそっと触れ、露わになった彼女その首と肩の中間あたりを、じっと確認せる。
「……良かった、傷は残ってない」
心の底から絞り出したかのような安堵の声が、紅の口から漏れ出た。
以前は指からだった吸血もいつしか手首からになり、ついに昨日はベッドの上で首元から行ってしまった。
今になって、もしかしたら跡が残ったらと不安と後悔を感じ始めていたのだが……しかし聖の白い首筋には、昔の古傷はあるものの、昨夜の噛み跡は見当たらない。
……天理に「お前の唾液には軽い麻酔と治癒効果があるからな、噛んだ後は念入りに舐めときゃ大丈夫だ」とアドバイスされた通りだった。
なんでも人里で食料を確保しやすいようにという昔の名残らしいのだが、釈然としないながらもファンタジー種族の都合の良い体質万歳と考えるのをやめた。
そのまましばらく、静かに寝息を立てる聖の寝顔をすぐ近くで見つめていると。
「……紅ちゃん?」
ふと目が覚めた彼女と、バッチリ至近距離で目が合った。
「あ……えっと、これは……その」
「ふふ……おはよう、紅ちゃん」
真っ赤になって慌てる紅に、ふにゃりと表情を緩め笑い掛ける聖。そんな彼女を見て……紅は、寝顔を眺めながら考えていた提案を、口にする。
「ねぇ、聖。今日はさ、二人でどこか遊びに行かない?」
それは……デートの提案だった。
◇
「見て見て紅ちゃん、レッサーパンダ!」
聖の歓声と共に、晴れているため差している日傘を持つ手とは反対側の手を急に引かれ、紅は慌てて彼女を追いかける。
そんなはしゃぐ聖に手を引かれて行った先では……白く積もった雪の上で、数匹のレッサーパンダが、元気に追いかけっこをしていた。
「へー、皆元気に戯れあってて可愛いね」
「うんうん。レッサーパンダって、寒い場所大丈夫なんだねー」
ちょこまかと雪の上を駆け回り、すばしっこく飛びかかっては絡み合う愛らしいレッサーパンダたちの姿に、自然と紅も聖も頬が緩む。
――ここは、市内にある昔からある動物園。
聖の「可愛い動物を見たい」というリクエストにより、紅と聖の二人はそれぞれはおめかしして、冬の街へと繰り出していた。
側から見れば紅も聖もお互いタイプの違いはあるが美少女同士であり、それが仲睦まじく手を組んで歩いているものだから周囲からの好奇の視線は多く、紅はしきりに周囲をキョロキョロしているのだった。
そんな中、紅がなんとなく、すぐそばの猿山の方を見ると……そこでは山に座ったニホンザルが、紫色の何かに夢中になっているのが見えた。
「あ、ねえ聖、向こうではお猿が焼き芋を食べてるね」
見れば、係員の人が猿のために芋を焚き火で焼いてやってるのが見える。
「本当だ、焼き芋いいなぁ……」
「あはは、外に屋台あったから、あとで一緒に食べようか」
「うん、食べよー!」
冬の寒風の中を歩いていたのだから、二人とも相応に体が冷えている。きっと、熱々な焼き芋は美味しいだろう。
そうして、何が食べたいとかどこに行きたいとか話しながら……湯気の上がる温水に浸かって気持ち良さそうにしているカバに笑ったり、寒くなったら爬虫類館で暖を取り、その度に蛇を見てはきゃあきゃあ悲鳴を上げている聖に苦笑したりしながら、のんびりと散策しているうちに瞬く間に時間は過ぎていく。
「もうすぐ、冬休みも終わりだねえ」
だいぶ日も傾いてきた空を見て、ポツリと呟かれた聖の言葉。
さまざまな出会いがあり、貴重な体験もできた今年の冬休みも……あとは今週の土日が過ぎ去ればもう終わりを迎え、三学期が始まる。
学校が再開しクラスの皆とまた会えるのが待ち遠しい一方で、休みが終わりに近づいていることを嫌だなぁと思ったりもしていた。
「休み明け、たしかすぐに実力テストだよね」
「あはは……考えたくないー」
紅の少し意地悪な言葉に、イヤイヤと首を振る聖。そんな姿に苦笑しながら、しかし紅はそれよりずっと後のことばかり頭に浮かんでいた。
……高校一年最後の試験期間が終われば、決して負けられない戦いが待ち受けている。
あるいは紅が急にデートをしたいと言い出したのは、その重圧から一時でも逃避したかったからなのかもしれない。
そんなネガティブな考えが脳裏をぐるぐると回り始めた紅だったが……その手が、聖に優しく握られる。
「大丈夫だよ」
「……ん?」
「紅ちゃんは、色々と頑張って来たんだもの。きっと大丈夫、また今回もなんとかなるよ」
そんなお気楽な聖の言葉に、しかし強張っていた紅の肩からふっと余計な力が抜ける。
「そうだね。なんとかならなくても、なんとかしてやろう、皆で一緒に」
「うんうん、それでこそ赤の魔王様だよー」
全幅の信頼を載せた聖の言葉に、紅も力強く頷く。
「だから……今日くらいは、全力で楽しんでも罰は当たらないよね!」
「はいはい、分かったよ。それじゃ、次はどこに行こうか、王妃様?」
「あ、ふれあい館がそろそろイベントみたい。ちょっと歩くけどいいかな?」
「では、仰せのままに」
そう冗談めかして一礼し、顔を見合わせてぷっと笑いながら……紅は、聖に手を引かれるままに、また歩き始めたのだった。
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