会談を終えて
――クリムたちと聖王セオドライトとの話し合いの結果、ルアシェイア連王同盟国と、シュヴェルトロート聖王国の二国間の戦争状態は、その日のうちに解除された。
クリムたちは停戦に際しての細部まで詰めた話し合いをしていたため……結局、クリムとセツナ、そして所用により着いてきたスザクがネーブルの街に帰還できたのは、リアルでもゲーム内でもすっかり夜遅い時間となってしまっていた。
そんなセイファート城までの帰路の中、庭園へと上がる階段では……
「あれ……フレイヤ、それにルージュも。ずっとここで待っておったのか?」
「うん、おかえりなさい、クリムちゃん」
クリムたちの帰還を待っていたらしいフレイヤとルージュが、心配そうに様子を伺っているツァオバト兄妹と共に並んで座り込んでいた。
もっとも……いつもであれば既に眠っている時間のため、ルージュはどうやら眠っているらしいヒナとリコを両手に抱えたまま、フレイヤの肩に頭を預けて船を漕いでいたのだが。
「さっきまで頑張って起きてたんだけどねー。ルージュちゃん、クリムお姉ちゃん帰ってきたよー?」
フレイヤに軽く揺すられて、ぽやぽやと目を開けたルージュが、クリムの姿を見つける。
「ただいま、ルージュ」
「あ……お姉さまぁ、おかえりなさぁ…………」
そうクリムに告げたが最後、とうとうルージュは今度こそ完全に力尽きて、すぅすぅと寝息を立てて眠ってしまう。
「では、ルージュお嬢様は私が」
「うん、ありがとうエルヒム。よろしくお願いします」
「勿体ないお言葉です」
そうクリムに告げて、すっかり眠ってしまったルージュとヒナ、リコのドッペルゲンガー組を抱きかかえて城へと戻っていくエルヒムを見送る。
一方で使用人のもう一人、アドニスはクリムたちについてくる。そんな彼女を伴って、クリムたちは夜の庭園をゆっくり散策する。
「雛菊は……」
「明日もまだ、神社のお手伝いが忙しいって」
「まあ、そうじゃよなあ。委員長とリコリスちゃんは?」
「明日、家族でお出かけだってさ。朝早いからってもうログアウトしたよー」
どうやら、皆解散してしまった後らしい。仕方あるまい、もうすぐ日も変わろうとする時間帯なのだから。残るは……
「フレイのやつは?」
「あー、曉斗君と電話中。なんか戦術論の話で盛り上がってるみたい。まったくもー、お風呂空いたよって言っても、後で、って言って行かないんだから」
ぷりぷりと、言うことを聞かない双子の弟におかんむりな様子のフレイヤ。
そんな様子にクリムも苦笑しながら歩いているうちに……気付けば、いつもお茶会している中庭に到着していた。
「はぁ……やっと帰って来れました!」
「うむ……セツナも、数日に渡り我の我儘に付き合わせて悪かったのぅ」
「いいえ、こういう仕事は慣れてますので! お役に立てたのなら良かったです!」
「うむ、本当に助かったぞ」
「ふへへー」
褒められて、にへら、と嬉しそうに相好を崩すセツナ。
その一方で、クリムは三人掛けのベンチに座って隣をポンポン叩いているフレイヤに誘導されるまま、隣へ腰を下ろす。
……敵地に潜入というのは、流石に疲労が蓄積するものだった。
思えば巫女のアルバイトから立て続けに忙しい日々を送っていたのだ。クリムは協力してくれたセツナを労いつつも、落ち着く我が家に戻った今はすっかりとたれクリムと化していたのだった。
「あはは……お疲れ様、クリムちゃん」
「ん……」
そんなクリムの頭を、そっと自らの方へと引き寄せるフレイヤ。されるがままに、ベンチに横になりフレイヤの膝にぽすんと頭を落とす。
その柔らかい感触に、つい、そのまますぐに眠ってしまいそうになったが……しかし、生憎とまだやる事があった。
誘惑に流されそうになるのをグッと堪えて、呆れたようにこちらを見下ろしていたスザクにも席に座るよう促す。
そんな彼の前に、すかさずアドニスが紅茶のカップを配したのを確認し、クリムは改めてスザクへ話を切り出した。
「それで……スザク、お主はダアトを救出した後、どうするつもりじゃ?」
クリムのそんな質問に、スザクがカップを口へ運ぶ手を止める。その質問の意図は明白で……つまり、彼がどの勢力に与するつもりかと説いていた。
そんなクリムの視線を真っ向から受け止めて……少し悩んだ後、彼は口を開いた。
「……やっぱり、俺はどこか決まった勢力に所属するつもりはねーよ。気ままにあちこち歩き回るつもりだ」
つまり、現状維持。
そもそもクリムたちに協力する機会が多かったのも状況の推移からの成り行きであり、最初から彼のスタンスというのは変化していない。
……が、心境の変化はあったようだ。
「ただ……今のあいつになら、困っている時は協力してやるのも吝かではないかなと思ってる。魔王様には散々世話になったのに、申し訳ないとは思うけどな」
「ふ、それがお主が決めた事ならば、我は文句など言わぬ」
クリムは、そんな気まずそうなスザクの言葉をからからと笑い飛ばしてみせた後……ふと思い出したように、いつのまにか背後に控えていた樹精霊の少女へと声を掛ける。
「さて、ダアトよ。『アレ』はどうなっておる?」
「はい、問題なく仕上げましたが……よろしいのですか?」
後ろに控えていたダアト=セイファートが、そうクリムに尋ねる。そんな彼女に、クリムはしかと頷いた。
「構わぬ、元々それはスザクの物じゃからな、返してやってくれ」
「わかりました。それでは……スザク様、どうぞこちらを」
そう言って、ダアトが厳重に布に包まれた、長さ一メートル半くらいの棒状のものをスザクに手渡した。
「……重ね重ね、ありがとう。助かった」
「うむ、どういたしましてじゃ」
「スザク様、妹の事、どうかよろしくお願いします」
スザクの礼の言葉にクリムは笑って頷き、ダアトがそんなスザクへ深々と頭を下げて、ダアト=クリファードのことを頼み込むのだった。
◇
――そうして、現実世界では夜もすっかり更けた時間となったために次々とログアウトしていき、自然と深夜のお茶会も解散となった。
ちょうど『Destiny Unchain Online』内も深夜であり、アドニスやダアトたちも眠りについた、すっかり静まり返った夜の庭園で……二人きりで取り残されたクリムとフレイヤは。
「……これで、あとは本当に再来月の旧帝都解放に向けて備えるだけになったのぅ」
「ふふ、クリムちゃん、お疲れ様」
しばらくフレイヤのほっそりとした指がその白い髪を優しく漉く心地よさに任せ、彼女の膝の上でぼんやりとしていたクリムだったが。
「……それで、クリムちゃん。この後はどうする?」
「そうじゃなあ……今は、とりあえずフレイヤの血が欲しい」
珍しく、はっきりそんな主張をするクリムに……フレイヤは驚きに軽く目を見開き、すぐにふわっとした笑みを向け、尋ねる。
「それは、ゲームで? それとも……向こうで?」
「むぅ……どちらでも、じゃな」
「あら……今日のクリムちゃんは甘えん坊さんだねー。うん、いいよ、おいで?」
そう優しく許可をくれたフレイヤの声に、クリムの中で溜まっていた衝動が、思い出したように熱を発し始める。
そして……誰も居なくなったセイファート城の庭園の中、クリムは身を起こすと体勢を入れ替え、フレイヤの身体をそっとベンチに押し倒した。
わずかな抵抗もなく仰向けになったフレイヤから、まるで迎え入れるように両手を差し伸べられる。
そんな彼女に導かれるままに、クリムはもどかしそうにその法衣のボタンをいくつか外して襟をはだけさせる。
頭上に浮かぶ満月により明るく照らし出された、肌蹴られた法衣から覗くフレイヤの細く白い首筋。
その白さに荒ぶりはじめる衝動を、クリムは必死に宥めすかしながら顔を埋め……その未成熟な小さい牙が、柔らかな少女の肌を、優しく、小さく噛み破った。
そのまましばらくの間……何か液体を啜り、舐め、嚥下する小さな音と、少女二人分の熱に浮かされたような小さな呻き声が、夜風に揺られそよぐ庭園の花々の音の中に、静かに掻き消されていくのだった――……
【後書き】
血吸ってるだけです(震え
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