聖都オラトリア

「ふぅ……さすが、宿屋の客室レストエリアにまでデバフが掛かったりはしないようじゃな」


 聖都オラトリアの端の方にある、小さな宿屋。

 そこで受付を済ませて部屋に入るなり、これまでの疲労を吐き出さんとする吐息が、クリムの口から漏れる。


 クリムは聖都オラトリアに入り次第、歴史的建造物などの観光スポットにはわき目もくれず、予約していた宿屋の一室へと飛び込んでいた。


「さて……セツナ、出てきて良いぞ」

「はーい、いやぁずっと息を潜めているのは骨が折れました!」


 シュバっ、と現れる、今回唯一の同行者である忍者少女。その元気な声に、ふっとクリムも頬を緩める。


「それで、お主には頼みたい事があるのじゃが」

「はい、聖王セオドライトの居場所ですね?」

「うむ……奴を見つけ出し、和睦の直談判をする」


 セツナの確認の問い掛けに、クリムはそう、はっきりと頷いたのだった。





 ◇


 ――昨夜、紅たちが刀祢神社から帰宅した日の夜。


「……和睦?」

「それって、聖王国と?」


 いつものセイファート城中庭にログインしてきたフレイとフレイヤに、クリムはそう、今考えている、次にやるべき事について語っていた。


「うむ、先の戦闘により今はなし崩しに停戦となっておるが、今はまだ戦争状態じゃろ?」

「まあ、そうだな」


 クリムの言葉に、フレイが頷く。

 先日のバルガン砦では確かに勝利を収めたが、しかしそれは初戦で勝利しただけである。


 クリムたち連王国側からはそもそも侵略を仕掛けるつもりはないし、では聖王国側はというと、今は体勢を立て直すのが精一杯、というところだ。


 そもそも、聖王国は先日の領土戦における醜態で評判は地に堕ち、風前の灯だった。

 それを『傀儡だったはずの聖王が実質的に組織を牛耳っていた戦犯を誅した』という実にドラマティックな演出により、新体制に合流する加入者は急増、今や勢力だけならばほか三国に劣るものではない。


 が、その中の多くは相変わらず、現状の三人の魔王による分割統治に疑問を抱くものも多数存在したままであり……それが現在まで宣戦布告状態が解除されないまま続いていた理由だった。


「喧嘩はやめようっていう前回の呼びかけは、どう、進展した?」

「残念ながら、セオドライトからは音信不通で、返事は無いのぅ」


 あるいは……意図して無視しているか。むしろ、こちらの可能性が高いと思える。


「じゃから、直に乗り込んで、この状態を解消しておきたくての。もし万が一旧帝都のイベントに後ろを突かれでもしたら大変じゃろ?」


 しかし……クリムは、聖王セオドライトが、本当に清廉潔白な人物だと楽観的に見てはいない。むしろ、腹の奥で何を考えているか分からない油断ならない人物だと思っている。


 だがそれでも、十分な勝算があるからこそ、こうして実行に移す気になったのだ。


「まあ、クリムちゃんが大丈夫って言うなら止めないよ……でも、大丈夫?」

「あいつを探すってことは、行き先は聖都だろ?」


 二人の心配は、もっともだ。なんせクリムは、教会に足を踏み入れるだけで重篤な危機に陥るのだから。


 ……そう、これまでは。


「うん、だから、城の宝物庫にある必要な耐性装備をかき集めて行こうと思ってる」


 伊達に大陸を四分する大ユニオンの君主を張っている訳ではない。このセイファート城には、これまでボスを倒したりダンジョン攻略をしていた中でドロップした、しかし持ち主が決まっていない装備品が山ほど転がっている。


 が、しかし、それを一人で一つ一つ確認するのもまた、面倒な量になっていた。


「二人とも、探すのを手伝ってくれないかな?」


 そう頼み込み、三人で手分けをして収容してある装備品を漁り……万全の備えをして意気揚々と出発したクリムなのだった。




 ◇


 だが……そこでまた、問題があった。

 というのも、聖都などという大仰な名前は伊達ではなかったのだ。




 ――この聖都オラトリア自体の歴史は、旧帝国成立以前、暗黒時代よりさらに前まで遡る。


 長きに渡る暗黒時代の中で打ち捨てられていたその廃墟の街を、最初に住処にしていたのはこの辺り一帯を根城としていた鬼人オーガたち。


 しかし、元々は友好的な仲を築いていた両者だったが……初代皇帝没後数十年、皇帝も何度か代替わりした頃に、突然その友好関係を破り元いた鬼人たちを迫害し、まんまと奪い取ったという血生臭い歴史がある街でもあった。


 以来、半ば遺跡となっていたこの街は修繕され、今の美しさを取り戻した訳だが……一方で、そんな後ろ暗い歴史から目を逸らすかのように、イァルハ教は亜人たちを弾圧してきた。


 そんな信仰が百数十年と続いて来たのだ。街を取り巻く信仰はもはや呪いとなってこのカルデラ湖を覆っている。

 あるいはこのカルデラ湖の底がまさに、この大陸第二の魔力溜まり……レイラインポイントであることも、理由としては大きいだろう。


 つまり……この街、この信仰全てがクリムへの特効だったのだ。




 ――と、いう訳で。


「そんなわけで、我はこの街にいるだけで結構デバフが掛かる」

「はー……すごい種族補正高くてうらやま! ってずっと思ってましたが、そう聞くとマジ大変ですねぇ」

「うむ……我もやれることはやるが、しかし情報収集する上で頼みの綱はどうしてもお主になる。悪いな」


 そう言って、申し訳ないと頭を下げるクリムに。


「全然気にしません! むしろガンガン頼ってくれると嬉しいわ!」

「うむ、ありがとう」

「ふへへー」


 頼られて嬉しそうに表情を緩ませ、やる気を見せるセツナなのだった。

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