聖なる都の吸血姫
聖者の道
――始まりの街ヴィンダムから少し北へと向かった場所に聳える、この大陸最高峰、オラトリオ霊峰。
一年中冠雪を抱くその頂上、なぜか暖気を湛えており凍ることのないカルデラ湖の中心、その浮島の上に、古く荘厳な街が築かれている。
――聖都オラトリア。旧帝国の国教であったイァルハ教の総本山であり、現在はシュヴェルトロート聖王国が首都にしている都市だ。
そんな、巡礼者たちの最終目的地と言える聖なる都。
そこへ通じる唯一の道である、カルデラ湖に掛かった橋……イァルハ教の聖典の名場面から描かれた精緻な彫刻が刻まれている、白い石造りのその橋。
歴史的価値も高く評価され、戦乱の大陸内にあっても聖都共々その戦禍を免れて荘厳な威容を保っている、そんな『聖者の道』と呼ばれる大橋を渡るのは、長い巡礼の旅を終えてたどり着いた、聖地へ向かう数多の人々。
そんな中に……他の通行人に一定間隔を保って遠巻きに見られながらふらふらと歩く、一つの小柄な人影があった。
「あー……しんどい……帰りたい……もうやだおうち帰るぅ……」
目深に被ったフードの奥から漏れ聞こえる、地獄の怨嗟のような声。
本来であれば可愛らしい少女の声質を持つその囀りは、しかし今は本当に死に掛けのように掠れ、気怠く鬱々しい愚痴を垂れ流している。
「ていうかおかしいじゃろこの街……我の現在の装備による聖属性耐性って合計で50パーセント増量じゃぞ……基本ステータスのマイナスの半分は相殺してきたのじゃぞ……なんでトラップでも無いのに貫通してスリップダメージ受けとるんじゃ……」
周囲に陰鬱なオーラを撒き散らしているその人物に、そりゃまあ他の者たちも近寄りたいとは思わないだろう。
その姿もまた、怪しかった。
ややくたびれた白いローブ……巡礼者の外套という、聖属性耐性を得ることができるローブだ……を頭から被り、じゃらじゃと、同じく聖属性耐性を得られる装飾品を多数身に纏うその姿は、明らかに周囲の者たちから浮いていた。
やがて……浮島側の橋の基部、街の入り口となる見上げるほど巨大な門が、そんな人影の前に立ち塞がった。
「ここが聖都オラトリア……やっぱり我以外の誰かに頼むべきじゃったかのぅ……」
死んだ魚のようなという形容がよく似合う光の消えた目で門を見上げ、何かをぶつぶつ言っているその怪しげな人物、その目深に被っていたフードが……不意に周囲に渦巻いた突風に吹かれて落ち、その秘されていた素顔が露わになる。
――瞬間、それまでその者を疎ましそうに眺めていたはずの周囲の者たちが、今度は違う意味の視線を少女へと集中させる。
山頂にしては暖かい、ここまで登ってきた者たちにとっては程よく冷えており心地よい風が、フードの下から現れたその人物の髪を揺らす。
それは……さらさらと絹糸のように靡く、純白の髪。
フードの下から現れたのは、未成熟の少女がゆえの危ういバランスで構築され、下手に触れれば崩れ去ってしまいそうな儚げな美貌。
身に纏っている巡礼者の衣装も相俟って、その姿はさながら絵画の聖女のようだったと、その光景を見ていた者は後に語った。
「じゃが、まあ……和睦の会談じゃし、盟主である我が出向かねば礼を失するというものじゃよな……はぁ」
そう、幼気で可憐な見た目にそぐわぬ古風な喋り方で愚痴っているその少女の名は、クリム=ルアシェイア。
この聖都オラトリアにとっては――現在は戦争中の敵国であり、今は決着が有耶無耶となったまま危ういところで休戦している隣国『ルアシェイア連王同盟国』、その盟主であった――……
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