間話: 隔離世界特別対策室


今回、後半部分は前作『Worldgate Online』成分がちょっと強めです。

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 ――ペンション街からほど近い、この辺りで最も大きなスキー場。




 朝食を済ませ早速繰り出したゲレンデの、一番高いところまで、リフトで登った先。


「や、やだぁああ止まらないぃいい!?」


 パニックを起こしている、スキー初心者である聖の悲鳴が響き渡っていた。


「落ち着いて聖、ここ新雪で柔らかいから、落ち着いてお尻から転ぼう!」

「う、うんやってみる!」


 紅のアドバイスに、最初リフトに乗る前に紅からみっちり教わった『安全な転び方』を実践しお尻から斜め後ろに向かい転ぶ聖。


 無事止まったのを確認し、ほっと安堵の息を吐きながら紅は聖の側へと停止する。


「ふぅ……聖は、後ろに体重をかけ過ぎだよ。それだと余計にスピードも出るし、うまく板も動かせないよ」

「うぅ……分かってるんだけど、スピードが上がるとつい……」

「まあ、慣れないうちはねぇ。それじゃ、この後は休みながら、そのあたり練習しながら降りて行こうか」

「はい、先生!」


 そう調子のいい返事を返す聖に、紅は苦笑する……そんな時だった。


「二人とも、ここに居たか」


 そう言って紅のすぐ側にボードを止めたのは、昴。


「昴、お前深雪ちゃんと一緒じゃなかったっけ?」

「いや……あれについていくのは僕じゃ無理」


 昴は、スキーはともかくスノーボードに関しては紅よりも上手い。そんな彼が無理とは……と首を傾げた紅に、昴が指し示した先には。


「……うん、無理だね、あれ」

「だろう? 聞けば龍之介さんがガチな山男で、小学生になる前からミッチリ仕込まれてたんだってさ。自称上級者の僕じゃお呼びもつかないよ」

「へー……」


 スキーを巧みに操り、まるで宙を駆けるようにコブの密室した上級者向けの急斜面を降りていく龍之介と深雪の親子に、引き攣った顔をする紅。


 あれは……間違いなく紅より遥かに上手い。特に龍之介など、たぶん競技とかにも足を踏み込んでいそうな動きだった。


「というわけで」

「それじゃ二人で」

「「初心者指導といきますか」」


 二人、にっこり笑って振り返った先で……


「二人とも……お手柔らかに、ね?」


 聖が、ヒクッと笑顔を引き攣らせたのだった。






「ふへぇ、やっと降りてこれたよー……」

「あはは、姉さん、お疲れ様」

「後半はだいぶ、ボーゲンとターンはちゃんと出来てたよ。自信持って」


 ――あれから、三十分くらい掛けてゆっくり麓まで降って来た三人。



 慣れない筋肉をたくさん使ったためにすっかり疲労困憊といった様子の聖に、紅と昴は彼女を励ましながら苦笑する。


 一方で紅自身はというと、聖に合わせてかなりゆっくり降りて来たためまだまだ体力は満タンに近い。


「私はちょっとロープで上に行って一滑りしてくるけど、どうする?」

「私、休憩ー」

「僕も、流石に疲れたから聖についてるよ」


 そう言って、二人は板を外し始める。昴も、流石に最初ガチ上級者についていくのが相当の負担だったらしい。


「それじゃあ二人は一休みしてて。戻ったらまたリフトで上に行こうか」

「はーい……」

「ゆっくりでいいからなー」


 二人に見送られ、紅はおそらく玲史とユリアが遊んでいるであろう初級者向けコースへと登るロープリフトに掴まるのだった。




 ――そうして少し滑り降りた場所で、目的の二人はすぐに見つかった。



 二人は……玲史がユリアを前に抱くようにして、おっかなびっくり滑るユリアにボーゲン(いわゆる八の字滑り)での滑り方を指導しているところだった。


 真剣な表情で足元を睨む少女に、周囲皆が遠巻きに見守っているのも見つけやすかった理由ではあるが……


「玲史さん、それにユリアちゃんも」

「お、紅か。さすがに君は滑り慣れてるな」

「はは、これでも雪国育ちですからね」


 何よりも帽子を外しているためよく目立つ二人に苦笑しながら、紅も被っていたニット帽とマスクを外す。今日はいい感じに曇天なため、日光も問題無さそうだった。


 露わになった紅の白髪が風に靡き、周囲から騒めきが起きるが、すっかり慣れてしまったもので今更気にする事もない。


 が、眼前の少女の目線だけはそうはいかない。


「これでもっていうか、めちゃくちゃ似合ってるけどな。なーユリィ?」

「はい、紅お姉さん、白くキラキラしていて雪の妖精さんみたいです」


 そんなふうに憧憬の眼差しで見つめてくるユリアの言葉に紅も悪い気はせず、しかし照れて頬を掻きながら……ふと、気になったことを口にする。


「そういえば、イリスさんはどうしてます?」

「ああ、あいつはペンションに残ってお留守番。人と会う約束があってな」

「約束?」


 まあ、妊婦さんだし転んだら大変だとは思うから留守番だとは思ったが……しかし客とは誰だろうと紅は聞き返す。


「ま、なまじ立場があると、産休にも一苦労ってこったな」

「はぁ……」


 そう、なんだかよくわからないことを言う玲史に、紅はただ首を傾げるのだった。






 ◇


 ――同時刻、ペンション内。



「お久しぶりね、イリスちゃん。お腹、だいぶ目立って来たわね」


 暖炉の前の安楽椅子で本を読み耽っていたイリスに、そんな優しげな女性の声が掛かる。


 イリスが本から顔を上げて隣に振り返ると……そこには、金髪の母親と娘、二人の人物が佇んでいた。


「はい、アイニさんもお久しぶりです。それに雪那ゆきなちゃんも」

「はい、雪那は元気です! イリスお姉さんもお久しぶりです!」


 そう言って抱きついてくる少女……雪那と呼ばれた金髪の少女を、イリスも軽く抱き返す。


「ええ、雪那ちゃんお久しぶり。アイニさんも、相変わらずお綺麗ですね」

「ふふ、私も、このあまり老いない体質に関しては、ごく薄いとはいえイリスちゃんと同じ種族で良かったとしみじみ思っているところです」

「あはは……たしかに」


 そう言って、二人で苦笑し合っていると。


「全く、こっちとしてはたまったもんじゃ無いんだから、笑い事じゃねーんだよなぁ。すっかりアイニねーちゃんと並んでると俺が犯罪者呼ばわりだしよ」


 女性たちで談笑していたところに新たに加わった、男性の声。その声に、イリスは嬉しそうにそちらを振り返る。


 そこにいたのは、まだ小さな少年……などでは勿論無く、三十代前半くらいの年齢の、短く刈り込んだ髪、鍛え上げられ絞り込まれた体格の、屈強そうな青年だった。


「あら……あなた、また逞しくなった?」

「はは……署内で師範役やらされる事になったんで、鍛え直した」

「はー……凄いですよねぇ。今は剣道と柔道と空手の有段者なんでしたっけ?」


 感心するイリスに、雪那がふふんと自慢げに胸を張る。


 彼女は結構なファザコンなのだが……しかしそれもやむなしな程に、眼前の青年はイリスのかつての記憶よりも、遥かに立派に成長していた。


「改めて……隔離世界『ケージ』におけるアクロシティ最高執政官殿と、そのご息女殿の滞在先での身辺警護の準備が整いました事を報告致します、イリス・アトラタ・ウィム・アイレイン殿!」

「はい、毎度苦労をお掛けします。そちらの厚意に感謝致します。警察庁警備局、隔離世界特別対策室室長、飛田とびた隼人はやと殿」


 ビシッと敬礼して報告する青年……隼人に、イリスも柔らかく微笑みながら返答を返す。


 ……が、それもあまり長続きはせず、すぐに二人揃ってプッと吹き出してしまう。


「はー、なんかこそばゆいな。この部署だってアウレオの爺さんが働きかけて設置させたやつを押し付けられただけなんだけどなぁ」


 そう頭を掻きながら愚痴る隼人。



 ……この隔離世界特別対策室というのは、極々内密に閉鎖世界『ケージ』に関わる折衝を受け持つ部署であり――呆れた事に、かの『Worldgate Online』が世に出た時点ですでに存在していたらしい。


 そのおかげで当時の事件についてほとんど追及が為されなかったという事情があるのだが、何故政府がそんな手間を掛けるかというと……それを行うだけの利益が見込めるからに他ならなかった。


 多岐に渡りすでに世間に浸透している『ケージ』から流入した技術――その最たるものが、現在では広く普及した『NLD』、その装着者の脳と機器間の情報の遣り取りをしている量子通信技術だ。


 これは本来は『ケージ』世界における真竜たちの相互ネットワークや、有人機動兵器のマン・マシン・インターフェースに使用されているものであり、こちらの技術だけでは実現不可能として断念せざるを得なかった筈のものである。


 そうした先進技術をそうと分からぬよう世に浸透させるのも……またはそうした流入した技術がのも、隔離世界特別対策室の役割の一つであった。



 ――閑話休題それはさておき



「あーもう、これ毎回やるの面倒だよなぁ本当に」

「ふふ、まあ他への示しもありますから、形式というのは大事ですからね。お疲れ様、隼人君」

「おう、おかえり、イリスねーちゃん」


 そう、二人で昔のように屈託の無い笑みを交わし合うのだった。

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