妖精の少女たち

 ――そうして、しばらく長く険しい登り勾配となっている洞窟を、黙々と半刻ほど進んだ先。


「お館様、早く早くー!」

「ねー、クリムちゃんたちもはやくおいでよー、すっごいよ!!」


 先行偵察していたセツナとカスミが、興奮した様子でクリムたちを呼んでいる。


「そんなすごい景色だったのか?」

「ええ、あなたがVRゲームの旅人なんてやってる理由が少し解った気がするくらいには」

「そうか……そいつぁ楽しみだ」


 こちらは、同じく偵察側だったサラが戻ってくるなり横に並んで歩くリュウノスケが、彼女に語りかけているところだ。

 何やらいい雰囲気で並んで歩くリュウノスケとサラの夫婦に苦笑しつつ、クリムたちもラストスパートとばかりに急勾配となっている洞窟を歩いていくと……やがて、外の光が差し込む出口が見えてきた。


「よし、スザク君、外まで競争しよー!」

「あ、バカあんたこの中じゃ戦闘員中一番弱いだろうが、先頭行くなこら!」

「スザク、早く早く、置いてくよ!」

「てめぇは! 非戦闘員だろうがよ!!」


 ハルとダアトに振り回されながら、スザクが慌てて走っていく。

 そんな光景を苦笑しながら眺めつつ、のんびりと歩いていたクリムたちも、やがて暗い洞窟に慣れた目では痛いほどに眩い陽光が降り注ぐ外へと出た。





 ――洞窟を抜けた先に広がっていたのは、まさにこの世の楽園の如き景色だった。




 険しい山脈地帯の中心、人の脚ではとうてい到達できないようなそんな場所に、ぽっかりと拓けた場所が広がっているこの地は――カラッと涼しい、心地よい風が吹き抜ける高原地帯。


 高低差の激しい岩場の上は、背の低い草に覆われた豊かな草原。

 雪で白く染まった連峰を背景として、ところどころに色とりどりの花々が咲き乱れ、花弁がやや強めな風により散って宙を舞うその雄大な高原の風景は、ただただ美しいの一言だった。


 そんな草原だが、まばらに立っている広葉樹らしき、あまり背の高く無い木々が多数存在する。


 桃色の花を咲かせているものもあれば、紫色の瑞々しい果実を実らせている木、紅葉に染まった木……季節感のバラバラなそれらが同居する光景は、実に不可思議なものだった。




「なんじゃ、この綺麗なんだがめちゃくちゃな植生は……」


 呆然と、風景を眺めていたクリムが呟いた……その時だった。


『あはは……あたしたちってば、皆好き勝手に気に入ったものを育ててるからねー』



 ――不意に、頭上から聞こえてきた声。



 見るとそこには、小さな人影がいつの間にか出現していた。


 そう……今のルージュと同じくらいの大きさの、小さな人影。


 チューブトップとミニスカートという露出の高い格好に、背中には虫のような半透明の羽根。鮮やかな緑色の長髪をポニーテールにまとめた、長い耳を持つ、がそこにいた。


 つまり……


「「妖精さんだー!?」」


 リコリス、雛菊の年少組が、顔を輝かせて小さな少女に詰め寄った。セツナも加わりたそうにしているが、彼女はそれをグッと我慢しているのがまた可愛らしい。


 そして……少女たちの羨望の眼差しを受けた妖精少女は、満更でも無さそうに『ふふん』と胸を張っている。かわいい。


「えっと、君は?」

『あたしフィーア、いちおうこのあたりの妖精のボスみたいなものよ。よろしく、夜の精霊さん!』


 そう言って、クリムに差し出された妖精の女の子……フィーアの小さな手。


 さてサイズが違いすぎてどうしたものかと、ひとまず人差し指を差し出してみると……フィーアは、そんなクリムの指を握って嬉しそうにブンブンと上下に振る。どうやらこれで合っていたらしい。


『それで、たぶん初めてここに来たあなたたちに色々と説明してあげるつもりだったんだけど……ねえ、あの子大丈夫?』

「む……ってルージュ!?」

「お姉ちゃん、たすけて……」


 泣きそうな声で助けを求めてくるルージュ。彼女は……



『ね、あなたは外の世界の妖精?』

『でも、なんか違う?』

『違うよね?』

『でもワタシたちと一緒の姿だね?』



 そんな感じに、いつの間にやらフィーアより若干小さな妖精たちに囲まれて、あたふたしていた。


 そんな困り果てている彼女に近寄ると、彼女は慌ててクリムの外套の襟のあたりに隠れてしまう。


 そんなルージュに、取り囲んでいた妖精たちが『大丈夫ー?』『ごめんね、出てきてよー』と心配そうに覗きこんでいるのを、ルージュもおっかなびっくりな様子で伺っていた。どうやらビックリしているだけで、興味はあるらしい。


『ほらほら、あなたたちのいつものノリだと、驚かせちゃうでしょ。一度散った散った!』


 そう仕切るフィーアに周囲の妖精たちは『えー!?』と抗議しながらも、素直に一度距離を取っていく。


 クリムはそんな彼女たちに苦笑しながら、先導するようにゆっくりと飛ぶフィーアにとりあえずついて行く事にした。



 ――なんていうか、姦しいなあ。



 人懐っこい妖精たちはお喋り好きで、周囲を飛びまわりながら色々と質問を投げてくる。


 そうしてあっという間に妖精たちと打ち解けた頃……フィーアは、見上げるほど険しい崖、その下にあったほのかに輝く小さな地脈へと、クリムたちを案内する。


「フィーア、これは?」

『踏んでみれば分かるよ、大丈夫、危険は無いから!』


 そう、フィーアに言われた通り、地面から緑色の奔流が流れている場所をおっかなびっくりながら踏むと……



「うわ、わわ!?」

「きゃあ!?」



 途端に下から吹き上げるエネルギーの奔流に、歓声と、主にスカートな女性陣の悲鳴と共に、クリムたちの体がふわりと宙へ浮き上がる。


 そのまま、奇妙な浮遊感に苛まれながら上昇を続けた体は、やがて崖上に飛び乗れる場所でピタリと止まる。


「ほう……これはすごいな、風のエレベーターか!」

「く、クリムちゃん、楽しんでないで助けてぇ」

「おっと。フレイヤ、ほら手をとって」


 法衣の長いスカートが災いし、脚に絡まってジタバタしていたフレイヤの手を引いて、ぐっと引っ張って体勢を立て直させてやるクリム。


「な、慣れてきたら楽しいな……」

「体一つで飛ぶってこんな感じかぁ」


 まだ恐る恐るといった感じのフレイと、呑気な感想を口にしているカスミ。

 他の皆もふよふよと浮遊感を楽しんでいる様子に、フィーアはドヤァと自慢げに胸を張る。


 ……が、彼女はすぐに申し訳なさそうな顔をする。


『えっと……さっきは皆がゴメンね。皆、悪気はないのよ。久しぶりの外からのお客さんが皆いい人そうで、ちょっとだけはしゃいでいるだけなの』

「うむ、少々ビックリはしたが、悪い気はせんぞ。しかしお主らは、なかなか人懐っこいようじゃが?」

『あははー、みんな、外の人が珍しいからかなー。もう季節が三十回は変わるくらい、人の出入りなんてなかったもんねー』


 そこまで言ったフィーアが、あ、と一つ何かに気付いた声を上げると、露骨に嫌そうな顔になる。


『……あ、いたわ、嫌な奴だけど出入りしてるやつ』

「……それは?」


 ちょっと可愛らしい妖精さんらしからぬ感じに顔を顰めているフィーアへ、クリムが嫌な予感と共に尋ねる。


『なんか嫌な気配を撒き散らしている、樹精霊。あいつ、よりによって世界樹様のところに出入りしてるのよね』


 そのフィーアの言葉に――クリムたち一行の脳裏に浮かんだ顔は、完全に一致したのだった。

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