終戦

『――これ……程……とは……がふっ』


 虫の息といった様子で、力なくビフロンスが喀血しながら呟く。


 悪魔ビフロンスは今――クリムが放った『ソーンブラッド』、床から乱立する無数の血のスパイクに貫かれ、百舌の早贄のように宙に縫いとめられていた。


「さて……トドメを刺す前に、ここまでの因縁のよしみとして、遺言くらいは聞いてやるが?」


 すでに状況は詰み、黄昏色に輝くラグナロクウェポンを突きつけるクリムの言葉に、ビフロンスはもはや笑うしか無いといった様子でクックッと含み笑いすると、口を開く。


『そう……ですね……恨み言はありますが……貴女に利するよりはマシなので……黙っている事に……します』

「そうか……では、今度こそさらばじゃ」



 ――ザンッ



 振り下ろされた黄昏色の刃は狙い違わずビフロンスの首を断ち、方々で謀略を巡らせた悪魔の一柱は今、この場で光に還っていったのだった。


「……む?」


 そんな中、床に転がる正八面体の黒い結晶体。中を覗き込むと球体が封じ込められているらしいそれをクリムが拾い上げると、その結晶は音もなくその手に吸い込まれ、消えていった。



 シン……と静まり返るバルガン砦の屋上だったが、だがしかし、その静寂は長くは続かなかった。


「お師匠さま、ご無事で……」

「まおーさま、大丈夫、か……」


 先頭を飛び込んできた雛菊が、次いで飛び込んできた黒狼隊のジェドが、さらにはそのあとに続々と屋上に出てくる皆が、揃ってクリムの姿を見て固まる。


「な、何じゃお主ら、揃って幽霊でも見たような顔で」


 皆が驚愕の表情で見つめてくるのが流石に怖くなって、クリムが皆に尋ねるが……


「あの、クリムちゃん。その背中のものは……何?」

「む、委員長、我の背中がどうしたと……」


 皆を代表し、わなわなと震えながらカスミが指差した方向へ、クリムの視線が誘導され……ここで、初めてクリムは、自分の変化を認識した。


 見慣れない蝙蝠の羽が、背中から生えている。

 あまつさえ、ちょっと力を入れてみるとぴこぴこと動く。


 そんな事実に直面し、クリムは少し固まった後。


「な……なんじゃこりゃあ!?」


 ……と、素っ頓狂な叫び声を上げるのだった。






「……まさか、お前、気付いてなかったのか?」

「い、いや、戦闘に集中していたというか、奴をぶっ飛ばすことしか考えていなかったからの……ああ、あった、これか」


 フレイの呆れたような問いに、過去ログを遡っていたクリムが、目的のログを発見する。



【条件を満たしたため、プレイヤー名『クリム』の種族が進化しました】

【プレイヤー『クリム』が、スキル『クリフォ1i バチカル.Lv1』を取得しました】



「なるほどのぅ、確かに種族名に追記されておるな」


 改めてステータスを確認すると、確かに種族名が変化していた。

 元々が単一種族なため、『ノーブルレッド』には変化は無い。だがそこに、『:魔王種』という追記がされていた。


 まぁ、それはいい。よくは無いが、それより重大な問題があった。


「じゃが、こちらはまた後日じゃなぁ……」


 ログのもう一つの通知を眺めつつ、クリムはこめかみを抑えて渋い顔をする。

 周囲には、『種族進化』システムの発見という特大の爆弾が炸裂したばかりで騒然となっているプレイヤーが溢れている。今、この場で口にするのは、あまりにも憚れる内容だった。




 そんな、騒然となっている周囲の聖王国側のプレイヤーだったが……その中から一人、クリムたちの話が一旦はひと段落したのだと察したらしい聖王セオドライトが、クリムに話しかけてくる。


「どうやら、私たちの側の主流派だった第二出身の者たちは、あらかた戦闘不能者用の待機場に送られたようですね。防衛ポイントも残るはこの屋上だけのようです」

「それで、続けるかの?」


 未だ剣を手にしたままの聖王国の兵士たちに、クリムは問い掛ける、が。


「……やめておきます。今回は迷惑料ということで、この砦はお譲りします」


 そう言って、手にしていた剣を腰の鞘に収めるセオドライト。それに倣い、クーデターに参加していた聖王国のプレイヤーも武器を収め、引き下がる。


「今は、すっかりボロボロになっている国の屋台骨を直すところから始めないとですからね。今度は、きちんと国としての体裁を整えてから、あなた方にリベンジさせてもらいます」

「ふむ。良かろう。いつでも受けて立つ」


 不敵なクリムの返答に、ふっと口元を緩めて踵を返し、金の髪を靡かせて立ち去っていく聖王セオドライト。


「意外と、いい人だったねー」

「……いや、どうじゃろうな」

「えっと……クリムちゃん?」


 その背を見送りながら呑気に言うフレイヤに、クリムがポツリと呟く。そんな呟きを聞き咎め、フレイヤは首を傾げていた。


 だが……確かに穏やかそうな人物だったが、しかしクリムが見た感じでは、ここまでずっと、彼の目は一度たりとも笑ってはいなかったように思える。



 ――案外、曲者かもしれんな。




 今回の騒動で、これまで聖王国の主流派だった者たちは発言力を全て失うだろう。


 一方で彼は、これまで顔出しさえなかった事もあり、『自勢力の専横に耐えかねて真の仲間たちと決起、粛正を実行した傀儡にされていた王』というクリーンなイメージのまま逃げ切った。


 今回の件……明らかに聖王国で彼が一人だけ、得をしているのだ。


 どこか本能的な部分が、クリムは彼、聖王セオドライトについて警鐘をあげているのを感じていた。



 そんな中で、最後の防衛ポイントを制圧していたフレイが戻って来て、周囲を見回しながら、呆れたように口を開く。


「あー、なんかシリアスな空気出してるところ悪いんだけどさ。皆、忘れてない?」

「む、フレイ、何をじゃ?」

「明日、僕らみんな期末テストだろ」


 フレイの言葉に、未だ両国のプレイヤーが残る屋上の空気が、ピシリと軋み音を上げて凍り付いた。



 ――現在時刻、深夜0時の少し前。



 遅すぎるというほどではないが、夜更かしという範疇内ではかなり突っ込んだ時間であり……



「「「……あぁあああっ!?」」」



 クリムたちルアシェイア他、連王国、聖王国問わず、試験の無い雛菊や大人たちを除いたこの場に居るプレイヤー皆、「しまったー!?」という顔で叫んだのだった。

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