敵国
――逃げていく男の背を見送った後。
クリムはこれまで腰掛けていた屋根から飛び降りて、はぁああ……と深い溜息を吐く。
「あの、クリムお姉ちゃん……?」
「っと、すまんなジュナ。何も問題は無かったか?」
どこか不安そうに声を掛けてくるジュナに、クリムは慌てて怒気を散らし、笑いかける。
不安にさせてしまうのでは本末転倒だと気を取り直し、すぐ後ろに追従してきている、肩に二体のドッペルゲンガーを載せたメイド服姿の幼い少女にも声を掛ける。
「ルージュも、よく報告してくれた、えらいぞ」
「あ……うん、お姉ちゃんの役に立ててよかったです」
頭を撫でてやると嬉しそうに笑う少女に、ついついクリムの頬が緩む。
……実のところ、彼の動きはネーブルに入って来た段階で追跡させていたし、他の斥候らしき人物にもマークはついている。
というのも、現在のこの街には新たにルージュを(彼女はシステムに保護されており戦闘に参加できないため名目上だが)隊長に、ヒナとリコを副隊長に据えたドッペルゲンガー部隊が新規に追加されている。
彼女らは登録にない人物が街に入った際に、町民に擬態してその動向を監視している。
何か問題があった際には足留めして、クリムたちの誰か、もしくは実働部隊が動くまで住民を守ってくれるようになっている。
「ただ、足止め部隊とはいえお主らの大切な仲間じゃ、決して無理して人員が欠けるような事をするでないぞ?」
「うん、皆にもう一回周知させるね!」
そう言って、パタパタと他のドッペルゲンガーたちへの伝令に駆け出すルージュたち。
その姿にホッと表情を緩めながら、クリムは東……ヴィンダムのある方角の空を眺める。
――リュウノスケたちの報告にあった通り、あの後すぐに、完全中立である『始まりの街:ヴィンダム』と『始まりの丘陵:エヴァーグリーン』を除く、ヴィンダム周辺エリアはユニオンを結成した。
そのユニオンの名は、『シュヴェルトロート聖王国』。
旧帝国の象徴である
その中核になったギルドは、主に自治組織を結成していた者たちと、最近流入してきた第二サーバーからのプレイヤーたち。
お互い相容れないくせに利害の一致した彼らは、二つの感情を煽ることによって、その規模を拡大していた。
一つは、初期サーバーである自分たちへの敵対心。第二サーバーの彼らは群雄割拠で常に領土が変動するほどの戦国時代の渦中にあり、故に自分たちの方が実力は上なはずだという敵対心が随所に第一サーバーのプレイヤーに対して見受けられた。
もう一つが、魔族国家が分割統治している現状への不満だ。こちらは自治組織だった者たちが扇動しているが……しかし調査隊の報告によると、ヴィンダム周辺から出ようとする新規プレイヤーたちを大集団によりPKを仄めかしながら執拗に勧誘していたりと、あまりよろしくない噂まで聞いている。
そのどちらも、かなり不穏な話だ。
また、連王国領地の各所で、自爆テロ的なプレイヤー単独による襲撃事件の報告も相次いでいる。
もちろん、向こうもそれで何か成果があるとは思っては居ないだろう。
だがしかし、『襲撃があった』という一点だけであっても、クリムたち連王国側は警戒を強めなければならず、さまざまな負担は大きくなる。
なんせこのゲームでは、例えば商店主や重要な役職の人物などでも、NPCは殺されたらそれまでだ。
いずれは別の者が役割を引き継ぐだろうが、元の人物は戻らない。だからこそ、クリムもこの街の防備をカリカリしているほどに固めているのだから。
向こうはそうして、こちらの疲弊を狙っているのだろう。そして、それはこの第一サーバーでは、プレイヤー間の暗黙の了解として禁じ手になっている作戦でもあった。
「ま、だからといって我がやる事は変わらんがの」
「……クリムお姉ちゃん?」
空を見上げてぽつりと漏らしたクリムのつぶやきを聞き咎め、ジュナが首を傾げる。
「いや、何でもない。今から学校じゃろ、送っていくぞ」
「……うん!」
そんな少女の頭を撫でてやりながら、クリムは嬉しそうに差し出された少女の小さな手を握り、泉に浮かぶ自分の城へと歩を向けるのだった。
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