お仕置き

 ――戦闘音が、完全に止んだ。



 息を呑むような沈黙の中で、戦闘終了のシステムメッセージとともに、各人のインベントリに大量の戦利品が流れ込む。


 それ即ち、この長く苦しかった戦いがついに終結したことを示していた。


「か……」


 誰かが、最初の声を上げる。

 次の瞬間……それは実感と共にプレイヤーたちに伝播して、皆衝動的に腹の底から声を上げていた。


「「「勝ったぁぁああああッッ!!!」」」


 割れんばかりの大喝采が、プレイヤーたちの声から一斉に上がった。


「つっ……かれたあ!」

「流石にもうヘトヘトです……」

「今日はもう早く休みたいの……」


 精魂尽き果てた様子で座り込むカスミ、雛菊、リコリスの三人。


「もー無理だわ、もー立たねえぞ」

「はは、さすがに私も限界だ、こんな疲れたのは久々だな」


 こちらは二人とも焼け野原に仰向けに倒れ、もはや立ち上がるのすら億劫といった様子のスザクとソールレオン。


 フレイやシャオに至っては、もはや言葉を発する余裕もないとばかりに物言わぬ屍となっており……ほかも大概似たり寄ったり、皆が皆、すっかり燃え尽きた様相を呈していた。


 そんな中でも皆が勝利に狂喜乱舞する中で……クリムにはまだ、やるべき事があった。




 これまでの経験上、血の不足により小さくなるまでにはまだ少し時間がある。


 それまでに済ませようとクリムが向かったのは……未だ仰向けに倒れたまま、信じられないといった様子で空を見上げている、すっかりボロボロになったゴシックロリータ衣装の少女……バアル=ゼブル=エイリーのところだった。


 そんな彼女は……視界にクリムが入ると、諦めたように目を瞑り、呟く。


「……妾の負けね、夜の精霊さん。どうぞ貴女のお好きにするといいわ、あなたが勝ったのだから」


 晴れやかな表情で敗北を認めるエイリー。そんな彼女に、クリムは……


「うむ、ではそうするとしよう。はようせねば、我は小さくなってしまうからの」

「……ぇ?」


 ひょい、と倒れているエイリーを小脇に抱えて歩き始めるクリム。突然担がれたエイリーは、驚きに目をパチパチ瞬かせていた。


「ねぇクリムちゃん、本当にやるの?」


 そんなクリムを若干非難混じりな目で見ているのはフレイヤだが、クリムは真剣な表情で頷く。


「うむ、誰かがきっちり厳しく言わねば、甘やかしてばかりではいかんからな」

「まあ、止めないけど……あまり可哀想なことしちゃダメだよ?」


 結局は、そう言って送り出すフレイヤ。


 予想とは違うクリムの行動に戸惑いの表情を見せるエイリーだったが……しかしクリムは彼女のそんな様子は知らないとばかりに、そのあたりのちょうど良い高さの瓦礫へ座ると、自分の膝の上にエイリーのお腹を乗せるようにしてうつ伏せに寝かせてしまう。


 ――それはまるで、お尻を突き出させるように。



「あの、夜の精霊さん? この体勢は一体……」


 きちんとスカートに守られているため、可愛いお尻は隠されたままとはいえ……これにはさしもの彼女も恥ずかしそうに若干顔を赤らめるのだが、そんな様子は、首を捻ってクリムの姿を見るまでだった。


「古来より、子が悪さをしたらどんなお仕置きをするかなど、決まっておろう」


 はー、と掌に息を吹きかけているクリムの様子を身を捩って眺めながら、冷や汗を流し始めるエイリー。


 だがしかし、クリムは無情にも告げる。


「――お尻ペンペンじゃな」

「な……ッ!?」


 サッと顔色を青くして、これまでずっとマイペースだった悪魔少女が動揺を露わにした。


「ほ……本気なの? 妾は悪魔なのよ、それもお姫様なのよ? それを……」


 いよいよもって動揺を見せ始め、クリムの膝上でジタバタともがき始めるエイリー。

 しかし何やらすっかりと力が抜けたいまの彼女では、自力ではそっと背中を押さえているだけのクリムの拘束からさえも離脱できなくなっていた。


「うむ。じゃが、悪いことをしたのじゃから関係ないわ。まあせめてもの情けで周囲で聞き耳を立てている有象無象の視界は遮っておくがの」

「「「そんなー!?」」」


 無慈悲なクリムの言葉に非難の声を上げる周囲の一部プレイヤーだったが、クリムは気にした風もなく、なけなしの魔力を振り絞って影魔法『ナイトカーテン』によって視界を遮る。


 外から聞こえてくる野郎どもの怨嗟の声をさっくり無視し、クリムはいっそ晴れやかな表情(ただし目は笑ってない)で、エイリーに笑いかけるのだった。


 それを見た彼女はクリムが本気も本気、本当に怒っているのだと察して、目に涙を浮かべ顔色を真っ青にする。


「さ、では我が小さくなる前に済ませるとしようぞ」

「え、え、うそでしょ、やめ……っ」



 次の瞬間――パァン、と、聞くだけで痛そうな音が、焼け野原の戦場跡に響き渡ったのだった。





 ◇


「ひっく……ぐす……こんな辱めを受けたのは、初めてなのよ……」


 いまだに涙を目に浮かべ、すんすん鼻を啜りながら、今は『ノーブルレッド』の反動により小さくなったクリムへと恨みがましい目を向けるエイリー。


 何やら落ち着かなさげにお尻の位置をもぞもぞ調整しているのを見るに、まだ結構痛むようだ。



 ――初めは普段の澄ました顔を維持しようと我慢していた彼女だったが、しかし三打目あたりからもう、「ごめんなさい」と赦しを乞いながら泣き始めてしまった。


 というのも……いまの彼女は、クリムたちに撃破されたことで体内の『クリフォ2i』が一時的に機能不全を起こしているのだと、先程の折檻の最中に涙ながらに訴えて白状していた。


 そのため全てのバフが一時的に機能していない彼女は、防御能力も再生能力も人並み、ほぼ見た目通りの少女としての能力しか無いようだ。



 と、ガチ泣きで全部ゲロった彼女の周囲は今、すっかりと緩く生暖かい、同情する空気が流れていたのだった――……

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