最終局面②

 ――強大な力を持つ対ベルゼブブ戦は、熾烈な消耗戦の様相を呈し始めていた。



 突っ込んでくるベルゼブブの剣を、複数人で並んで、受け止めたプレイヤー側の前衛が冗談のように吹き飛ばされた。

 うち一人が、当たりどころが悪かったせいでライフを全損して残光へ還っていく。


「くっ……一人で受け止めようとするな、必ず誰かが誰かのフォローに入れるように気を配るのじゃ、奴にはヘイトシステムは機能しておらんから後ろも油断するなよ!」


 着々と戦闘不能者が増えつつあることに歯噛みしながら、必死に指示を飛ばす。


 そんな時、ふとベルゼブブが空中で動きを止めた。

 それは、強力な魔法を放ってくる合図だった。


「来るぞ、総員回避!!」


 咄嗟に指示を飛ばすクリムと、言われるまでもなく散開しているプレイヤーたち。

 そんな眼下の光景を睥睨しながら、ベルゼブブは歌うように詠唱を紡ぎ、放つ。


『うふふふ、さぁ、逃げ惑いなさい、“ダークプロミネンス・ザ・レイン”!!』


 瞬間、天が眩く煌めいた。

 光はまるで花火のように、瞬く間に幾百にも分裂したかと思うと……直後軌道を曲げて、プレイヤーたちに雨のように降り注ぐ。


「きゃあ!?」

「うわっ!?」


 周囲から上がる無数の悲鳴と、あちこちで発生する残光。大半のプレイヤーはなんとか回避、あるいは耐えたものの、少なくない数が戦線離脱していた。


 ――が、そんな焔の雨も、やがて止まる。


「……っ、ですが凌きました! 後衛の皆は、どうせまともに標的になんて当たりませんから狙いを精密につける必要はありません、撃ちまくりなさい!」


 そんなシャオの指示に、ろくに狙いをつけられていない、しかし数だけは逃げ場のないほどに多い魔法や矢、弾丸の弾幕が展開される。


 当然そんな運用をすれば、MPあたりのダメージ効率は極めて悪い。普通ならば問題外レベルだ。

 だが狙って当たらない、下手をしたら深追いした結果フレンドリーファイアする可能性があることを考えたら、巻き込みに期待して弾幕を形成した方が遥かにマシ、そんな判断だった。


 そして……それは功を奏し、今ベルゼブブのHPは徐々に、徐々に削られて、今はもう四分の一を割っていた。

 そもそも彼女は『アブソリュートディフェンス』前提の設計らしく、素のHPはそこまでではないらしい。



 ――このまま押し切れる。



 そんな希望が、見えた時だった。





『楽しいわ、楽しいわ楽しいわ! だから……どうか耐え切ってちょうだいな、妾の全力全開を!!』


 翼を広げたまま、魔力の奔流を纏いながら地面に舞い降りたベルゼブブの掲げた手に、見るからに危険な感じのする黒い球体が現れた。


 そして、先程とは一転し無表情を取り戻した少女が、厳かささえ湛えて、つぶやく。


『――ガンマレイ・バースト』


 瞬間、フィールドに少女を中心とした放射状に、時間差を付けたAoE (Area of Effect)が無数に発生した。その直後、眩い火閃が大地を融解させながら次々と疾る。


 初弾に運悪く巻き込まれたプレイヤーが、悲鳴をあげる暇もなく残光へと還った。その威力に、全員の顔に緊張が走る。


 ランダムターゲットで次々と放たれる、その閃光。

 だがそれは、おそらくチャージ中に漏れ出た余波でしかない。今も刻一刻と、ベルゼブブの手元の黒い球体は膨れあがっている。


 それだけではない。少女の周囲に巨大な蒼く輝く障壁が発生し、皆の視界中心に一つ、どくどくしいほどに真っ赤なカウントダウン表示が浮かび上がる。



【Final Absolute Defense】

【100000/100000[2:47]】



 ゲーマーの直感が、激しく警鐘を掻き鳴らしていた。

 これはDPSチェック……しかも失敗すなわち全滅のタイプであると。


 そして――これが、長かったこの戦い最後の試練であると。


「盾持ち、防御スキル持ちは後衛火力職を全力で護れ、最悪身を盾にしてでもアタッカーを守り抜く! 火力職は、死んでもここで全て削り切るのじゃ……お主らの命、勝利のために今ここで、我らにくれ!!」


 クリムの号令に、テンションの振り切れたプレイヤーたちから一斉に熱狂の声が上がる。

 待ってましたとばかりに火力職が隊列を組み、一斉射を始める。さすが以前のルルイエで最終決戦を乗り越えた経験者も多く、その時の経験からか連携も澱みない。


 ――大丈夫、我らは絶対に勝てる。


 自分たちの役目は、このDPSチェックを乗り切った後に必ず回ってくる。


 その時に備えてこの場は彼らに託し、クリムもまた、この戦闘に決着をつけるための詠唱を開始したのだった――……

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