アイドル・オーダー
カラン、と瓦礫の破片が空から降ってくる。
……たった一射。
それだけで周囲が焦土と化した中……爆心地に、ドーム型に輝く障壁が残っていた。
「――皆、無事か!?」
「ああ、なんとか。ありがとう姉さん」
「うん、間に合って良かった」
そうフレイヤが安堵した直後、クリムたち、バアル=ゼブル=エイリーの魔法『ダークプロミネンス・ザ・ランス』に飲み込まれた者たちの周囲を覆っていた障壁が、崩れて消える。
――神聖・強化複合魔法『ホーリークレイドル』。
術者周囲に一定ダメージを防ぐ障壁を張る、一部ボスドロップのスクロールで習得できるレアであり、サーバーでもまだ数人しか取得した者はいないはずの希少な魔法だ。
そのレア度に相応しい非常に強力な防御魔法だが……しかし、これはいわゆる切り札魔法であり、リキャストが非常に長く、もうこの戦闘では使えまい。
それに……
「いやはや、参ったねこれは」
「お主はなんで楽しそうなのか後で問い詰めたいところじゃが、正直今回ばかりは、ちぃとばかし予想以上にヤバいのう」
楽しそうなソールレオンにジト目を返し、しかしすぐにゆっくり歩いてくる爆炎の主、バアル=ゼブル=エイリーを睨みつける
――強い。
悔しいが、正直言うと勝てる目が見当たらない。
素早く、硬く、攻撃力が高ければ強い、そんな当たり前の話を高レベルで突き詰めた、そんな強さ。
ただでさえ、これまでで最強の敵。それに……
「リソースが、心許ない、な」
切り札はいくつか温存しているが、基本的にクリムたちは皆、これまでの戦いで消耗している。
何よりも……MPなどより遥かに問題なリソース、すなわち
「……ま、やるしかないか」
それでも、悲壮な覚悟を胸に立ち上がり、武器を構える。
周囲では雛菊たち仲間も、そんなクリムと似たような表情で、しかし最後まで抗う姿勢を見せた――そんな時だった。
『――お願い、負けないで、勇者さま、魔王さま!』
……緊張感をぶち壊す、そんな声が戦場に響き渡ったのは。
◇
「えっと……ハル先輩?」
絶望感漂う戦場の空気をぶち壊し、まるで天女のように着物を翻しながら降りてきたのは、所用で席を外していたはずのハル……否、今は桜色の髪をした、『霧須サクラ』の姿だった。
思わず素で呟いてしまったクリムだったが、そうしている間にも、彼女は地中から生えてきた(公式宣伝キャラクターである彼女だけが使える、地形召喚魔法の一種である)ステージに降り立っていた。
『あなた達が今ここで倒れたら、エルフの里はどうなっちゃうの!?』
「言っとくがそれ大昔からあるダメなフラグだからやめろや!!」
こちらも思わずといった様子でツッコミを入れたスザクだったが、彼女は気にした様子もなくステージ上でポーズを取っている。
いや狙い撃ちされたら……と恐る恐るエイリーの方を見るクリムだったが……
「興味深い、続けて」
「あっはい」
……どうやら彼女は待ってくれるらしい。今は彼女のマイペースぶりに感謝する。
『えー、コホン。みんな、君たちのここまでの戦いを見守ってきた。君たちを応援している声が、いっぱい届いてる』
そう言って彼女が周囲に展開したのは、公式が配信している現在の『白の森防衛戦』の映像と、さまざまな媒体の視聴者のコメント群。
それを眺める彼女が、胸の前で祈るように両手を組み、宣言する。
『だから……私は、ここに“アイドル・オーダー”の使用を宣言します!!』
噂で、聞いた事がある。公式によりイベント用にと用意された『霧須サクラ』のアバター専用のスキルだ。
公式配信中のみ使用可能らしいこのスキル、利用には、多数の視聴者からの『いいね』、そして
そして……
『負けないで!』
『熱くなれよ、諦めんなよ!』
『くっ、なんで俺はあの場に居ないんだ……!』
『最初からずっと見てます、ここまで来たら勝ってください』
『まおーさまがんばえー!!』
『頑張って、もうちょっと!』
次々と流れていくクリムたちへの無数の応援コメントを背負い、ステージからBGMが流れ、サクラがマイク片手に舞い始めた。
――それでも、前へ。
困難に直面したプレイヤーたちの背中を押すようなその勢いある歌と共に、彼女の『アイドル・オーダー』の光が戦場に立つプレイヤー皆を包み込む。
――実のところ、これによって数値的にさほど状況が改善したわけではない。
効果自体は、フィールド全体へのMP自然回復。歌唱スキルにある似たような効果のものの、上位互換に過ぎない。
このMP自然回復バフはこの上なくありがたい効果ではあるが、現状、それはクリムたちが力尽きるまでのタイムリミットが延長しただけに過ぎない。
だが……
「……どうするよ、魔王様?」
「どうもこうもない、負けるわけには行かんじゃろ、この状況で」
「だよなあ」
勢いのある歌をバックにした最終決戦。ベタではあるが、だからこそ燃える王道のシチュエーションだ。
隣に並んで問いかけてくるスザクに、フッと笑いながらクリムが応える。
事態は好転した訳ではなくとも、精神的には、そう――負ける気がしない、という奴だ。
だから、大きく深呼吸をして気分を切り替えると、改めて真っ直ぐに悪魔の少女を見据えて武器を構え直す。
「待たせたな、エイリー。これより第二ラウンドじゃ」
そう告げるクリムの声は、そして横に居並ぶ皆の目は、あきらかにこれまでよりも覇気に満ちていたのだった――……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます