出演依頼

「はあ……動画配信に、私が……ですか?」

「うむ……まあ、どうするかはお主に任せるがの」


 首を傾げるエルフの女王フローライトに、クリムが頷く。


 クリム、フレイ、フレイヤの三人は今、善は急げとばかりにセイファート城のお茶会を切り上げて、フローリアの王宮へ女王に頼み事をしに来ていた。



 ――すなわち、女王陛下自身の言葉で、プレイヤーに協力を呼びかけて欲しい、と。



 何も懇願しろという訳ではなく、本当にただの呼びかけだ。


 むしろこれまでのクリムたちの立ち振る舞いによって仁の国という評判である『ルアシェイア連王同盟国』のイメージ的に、僅かでもフローリア側に隷属のような雰囲気があるとかえって逆効果であり、ひいては連王同盟国の信用失墜になる、というのがフレイの弁であり、クリムも同じ考えであった。


 だが、それでも。


「盟主殿、それは……」


 ロウランが、こめかみを指で押さえてクリムたちに苦言を呈そうとする。

 その隣では外交官として駐留するホワイトリリィ女子が、口から魂を吐き出したような有様で呆然としていた。


 まあ、そうだよなぁ渋るよなぁ、とはクリムも思う。


 同族であるハイエルフのフレイとフレイヤ、あるいは『夜の精霊の幼生体』として何やら敬意を持たれているクリムにはこうしてホイホイと会ってくれているが……しかし本来ならば女王は簾越しにしか拝謁できない、不可侵の存在なのだから。


 だからまあ、最初断られるのを前提に、また根気強く交渉しようと――


「はい、私で良ければ喜んで」

「ぅえ!?」

「女王!?」

「姉上!?」


 他ならぬ女王陛下自身がとても乗り気な様子で頷いたものだから、驚愕するクリム、そして泡を食うスフェンとロウラン、三人同時に奇声を上げた。


「……スフェン、ロウラン、今回の件、私たちは協力を乞う立場です。ならば礼儀として、自らの言葉でお願いするべきでしょう」

「それは、まあ……確かに」

「流石は姉上……なんと寛容な」


 女王の諭すような言葉に、ロウランが渋々頷く。スフェンに至っては、シスコン全開で崇拝の視線を向けている。


 だが……何度かニュートラルな立場で茶会をしているクリム、フレイ、フレイヤの三人には、女王の真意が見えていた。


「それに、撮影に、配信……ですか? なんだか楽しそうではないですか。私、楽しみですわ」

「姉上……」

「女王陛下……」


 ポンと手を合わせ、実に楽しそうに語るマイペースな女王に、スフェンとロウランが揃ってがっくりと肩を落とすのを、ただ苦笑して眺めるのだった。




 ◇


 ――という訳で、今日はリコリスがもう就寝しているため、また後日撮影に来ると約束して退出したクリムたち。


 予想外にトントン拍子で話が進み、さて空いた時間はどうするかとなった際……薬作りで別れたきり、どうなったかが気掛かりだったセレナとその弟の様子を確かめに行きたい、そう三人の希望が一致し、皆でフローリアの街へと繰り出した。


 そうして、セレナの家に向かう途中。


「わー、高い!」

「お、そうか坊主、怖くないか?」

「ううん、色々見て歩けて楽しい!」

「そーかそーか、それじゃ早く病気治して自分で歩き回れるようにならないとな?」

「うん!」


 何やら楽しげな、聞き覚えのある青年と、聞き覚えの無い少年の声。


 向かい側から、少年を肩車してやってきた、その声の主は……


「む、スザク……と、その少年はセレナの弟君か」

「げ……」


 小さなエルフの少年を肩車してやっていたスザクが、クリムの姿を見た途端にぶっきらぼうながらも楽しそうにしていた表情を一転させ、ものすごく嫌そうな顔になる。


 少年はというと……やはりこちらも警戒を露わにし、スザクの頭に隠れるように小さくなる。

 尤も、少年はクリムの真っ白な髪や同族の美人なお姉さんであるフレイヤが気になるようで、チラチラと目線を送っているので可愛らしいものだが。


「なんじゃスザク、恥ずかしがることもあるまいて、ん?」

「そうだよー、子供に優しいなんて素敵ですよ、先輩」

「はぁ……マジうぜぇ……」


 からかい半分ではあるが感心しているクリムと、こちらは純粋に称賛しているフレイヤにウンザリした様子のスザクだったが……すぐその後ろから、また新たな人影が現れる。


「あ……その、盟主様」


 恐る恐るクリムに声を掛けて来たのは、青い髪をしたエルフの錬金術師。


「おお、セレナではないか。どうやら無事、弟君の薬は調合成功したようじゃな」

「はい……本当に、色々とありがとうございました。なんとお礼を言えば良いか。それに、ご迷惑をお掛けしました」


 そう頭を下げながら、チラチラとクリムのお腹あたりに視線を向ける少女。どうやらまだ、クリムのお腹を刺したことを気にしているらしい。


「うむ、気にするでない。二人揃って元気な顔を見せてくれただけで良い、それが最高の報酬じゃ」

「はい……!」


 感謝半分、申し訳なさ半分と言った様子で頭を下げるセレナに、クリムは気にするなと笑いかける。

 そうしてやっと影の感じない素直な笑顔を見せてくれた青髪のエルフ少女に、満足気に頷く。


 そして……注目は再度、セレナの弟を肩車しているスザクへと向く。


「ふむ、しかしお主がのぅ」

「なんだ悪いかよ」

「いやいや、全然そんな事はないぞ?」


 意外と子供好きらしい彼に、微笑ましいものを見る目をするクリムだったが、スザクはそんなクリムの視線から逃げるように、気まずそうに目を背ける。


 そのどうやら柄にもなく照れている様子に、クリムは意地の悪い笑みを浮かべる。どうやら明日、桜にも教えてやって彼をからかうネタができたと……



「……っくしゅ!」



 ……この時はまだ、思っていたのだった。






【後書き】

 お風呂上がりの寝落ち、ダメ、ゼッタイ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る