第一回会談

 ――バアル=ゼブル=エイリーとのお茶会から二日後の、花の都フローリア。




 クリムは「一人で来るように」と言われたため訪れた、街の奥深い場所。

 脇を流れる沢が涼しげな音を上げる中……まるで喧騒を避けるかのように一軒の家が佇んでいた。


 ――現在、伝統派のトップが居るという長老宅。


 女王フローライトの紹介によりやってきたその長老宅、平家のログハウス前に、待ち構えていた一人の、エルフの少女の姿が見える。


「クリム=ルアシェイア様ですね。どうぞ、こちらへ」


 そう言って屋敷の中へと招き入れてくれる女性について行くまま、クリムは屋敷の中に入る。

 大した時間も掛からずにたどり着いたこの屋敷の執務室では……鋭い目、流麗なプラチナブロンドを腰まで伸ばした眉目秀麗な優男風の男性が座って待っていた。


 他には……緊張した様子の、戦闘とは無縁そうなエルフの女の子が一人だけ。どうやら向こうも護衛などは居ないようだ。


「初めてお目に掛かる。我はルアシェイア連王国盟主、クリム=ルアシェイアじゃ」

「ああ、ようこそ夜の精霊よ。私はロウランという、伝統派のリーダーをやっている。


 そう言って、手を伸ばし握手を求めてくる彼……ロウランの手を、クリムも握り返す。


 正直「他種族は出て行け!」と即座に叩き返される可能性も考慮していたクリムだったが……しかしそんな事は無く。


 ――なんだ、話せそうなやつじゃないか。


 そう、安堵しかけるクリムだったが、しかし。


「まず先に言っておこう。私は君たち連王国の助けを借りることに反対だ、それは今でも変わらない」


 いきなり、渾身のストレートパンチの如き答えが帰ってきた。


「分かっている。たしかに私たちが生き残るには、君たちの力を借りる必要があるのだろう。あの戦力差を見れば嫌でも分かる」


 先日の空を蟲が覆い尽くした光景を思い出しているのだろう、目を伏せ、苦々しい表情で語るロウラン。


「では、その後はどうなる。進駐してきた貴殿たちが欲に走らないと誰が保証できる? ああ、君ならばそんな事はしないかもしれないな。だが人は我々より遥かに早く移ろう存在だ、そんな約束が、果たしていつまで守られるのだろうな」


 ……どれだけの賢王であっても、いつかは死ぬ。


 クリムはそれに当てはまるかは不明だが、彼らエルフより、人の王が代替わりする方がおそらくずっと早く……跡を継いだ者が同じく賢王か、あるいは彼らに害を成す悪王かは分からない。


「私は……攫われ、辛うじて助け出された同胞が、しかし尊厳を完膚なきまでに破壊され結局自刃した光景も、何人も見た事がある。そしてそれは、私らにとって過去ではなく、少しだけ前の今なのだ。ならばこそ、私自身は賛同してくれる皆と共に戦う道を選ぶ」


 そう、長くなった話を切り上げるロウランはしかし、最後に少し頭を下げて懇願する。


「ただ……中には、逃げて生き延びようと思う者もいるだろう。虫のいい話だとは思うが、そうした者たちだけはどうか、助けてやって欲しい」


 そう言って、話は終わったとばかりに彼は立ち去ろうとする。交渉は決裂。彼らに共闘の意思は無く、とりつく島もない。


 だが……


「待て。我らは別に、その件で話をしに来た訳ではない」

「……何?」

「まずは、これを見てほしい」


 怪訝そうな顔をするロウランに、クリムは懐から取り出したメモ帳を卓上、自分の前へ置く。


「我らルアシェイア連王同盟国がアンデッドの巣窟であるガーラルディア湖を抜けてきた、という話は聞いておるな?」

「ああ……噂くらいは、な」


 クリムの質問に、ロウランが頷く。

 それに満足気に頷いて、クリムはメモ帳を彼らに手渡した。


「これは、そのガーランド砦で、我らが抱えている錬金術師が探索の末に発見した『ある薬』の製法を調べたものじゃ」

「それが、一体……」


 戸惑ったように、ロウランはクリム前に置いてあったメモを帳を受け取ると、隣に控えていたエルフの少女へと渡す。


 どうやら、彼女は錬金術の嗜みがあるらしい。メモを渡されたエルフの少女がその紙片に目を落とすと、そこには……


「……ッ!?」


 次の瞬間、絶句して目を見開くノーブルエルフの少女。


「……セレナ、どうした?」


 様子の変わった少女を怪訝そうに見るロウラン。しかし、セレナと呼ばれた少女は真っ青な顔で、震える手で持つ紙片に目を釘付けにしたまま、呟く。


「ロウランさん、これ……私たちが作ろうとしている新薬と、ほぼ同じもの、です」

「なんだと!?」


 エルフの少女の言葉に、ロウランが驚きの声が上がる。無理もない、奇跡の新薬と呼ばれたモノを生み出したつもりが、ずっと昔から製法があったのだから。


 ――それも、その薬によって滅んだ地で。


「薬の効果は、治癒力の向上、体力や筋力の増加、間違ってはおらぬな?」

「あ、ああ……」

「間違いない、黒じゃな」

「待っていただきたい盟主どの、一体どういうことだ?」

「この薬品、名を『ゾンビパウダー』という。悪魔と呼ばれた存在がばらまいたものだ」


 メモを指先で差しながらのクリムの言葉に、エルフの二人がピクッと身じろぎした。


「事こうなっては変に拡散する前に対処に当たりたい。ひとまず防衛についての話は後回しじゃ、先にこの薬品を広めた人物を確保したい」

「だ、だが、この危機的状況下で……せめて、蟲たちをどうにかするまでは劇薬だろうと投入しなければ、我らは……」

「そうして一度『楽』を覚えてしまえば、手放なすのが惜しくなるぞ? こうした薬物への対処で何より大切なのはまず、強い意志で絶対に手を出さぬ事じゃ」

「それは……そうだが」

「頼む……せめてこの薬の情報の出どころという問題が解決するまででいい。わだかまりを捨てて協力してはくれぬか、この通りだ……!」


 そう、クリムは語り終えるなり立ち上がり、頭を下げる。


 おそらく、まさかクリムの側から頭を下げてくるのは予想していなかったのだろう。

 だがクリムは別に、このエルフの里の自治独立を阻む意思はない。ただこの先へ進みたいだけなのだ。


 ……もし、彼が「いや、我らエルフは人のように堕落などせず薬だって御してみせる」という狭隘な思想の持ち主であれば、クリムの目論見は破綻する。


 あとはもう、彼がそこまで凝り固まった者でないことを祈るばかりだが……やがて、苦悩の呻き声を上げていた彼は。


「…………分かった。連王国の盟主殿、頭を上げて欲しい」

「で、では……」

「ああ。君の言う通り、もしかしたら危険やもしれぬ薬物の問題は捨ておけん」


 仲間たちの被害を減らせる福音だと思ったのだが、上手い話は無いものだな……そう、深々と溜息をついたロウランが、頭を上げたクリムの目を真っ直ぐに見返してくる。


「ひとまず派閥の事は忘れて、こちらの問題への対処にお互い協力する。それでいいな?」

「うむ。聡明なお主らに、我から最大限の敬意を。どうか協力よろしく頼む」


 ここまでの緊張が解けて力が抜けたことで、クリムが表情を緩め、無防備に笑う。


「……あ、ああ、よろしく頼む」


 何故か、先ほどまでと打って変わり緊張し出しそっぽを向くロウラン。そんな彼の行動に、クリムはただ首を傾げるのだった。




 ◇


 こうして、街の問題を解決するまでという期限つきではあるものの、伝統派もひとまずは協力関係を結ぶことができた。


 ホッと安堵しながら、長老宅を後にしたクリムだったが……ふと、家の裏手から駆けてくる、見覚えのある少女がいたので声を掛ける。


「お主、セレナと言ったな」

「……えっ!?」


 呼び止められ、明らかに過剰なほど驚きを露わにするその少女は、間違いなく先ほど会談の場にいた人物だった。


「先ほどは証言感謝する、助かったぞ」

「え、あ、は、はい……要件がそれだけならば、もういいですか?」

「む……ああ、構わぬが」

「では……失礼します……」


 そう言って、真っ青な顔で立ち去るエルフの少女。何かに怯えていたようなその様に。


「ふむ……」


 どうやら、一悶着ありそうじゃな……そんなクリムの呟きは、誰に届くこともなく花の香りに紛れ、消えていったのだった――……

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