月下の決戦①
入り組んだ砦内を駆け抜けて、その屋上へと飛び出したクリムたち三人は……その光景に、一瞬目を奪われた。
いつのまにか夜になったらしき空には雲一つ無く、見上げた先には満天の星と月が輝いていた。
そして、それは凪いだ湖面にも反射して、眼前にも鮮やかに瞬いている。
上下を無数に煌めく星空に囲まれた舞台、それはまるで宇宙の中に放り出されたような光景となって、クリムたちを迎え入れる。
そんな正面に、まるで待ち構えるようにビフロンスがただ一人、佇んでいた。
「……はっ、なかなか気の利いたロケーション選択をするではないか。辞世の句は出来たか? この風景ならば、題材には困らずに済んで良かったではないか」
クリムの挑発に……しかし一周回ってひどく冷静に、ビフロンスは返答を返す。
『逃げたとは心外な。私はただ、この姿を、全力を出せる場所へと移動したまでだ……!!』
そう吠えると同時に――ビフロンスの姿が影となって
その影は無数の帯となってより集まり、膨れ上がり、瞬く間に一つの姿を取る。
それは――見上げるほど巨大な、死神の鎌を手にした黒ローブ姿の骸骨。
死神と言われ真っ先に連想するようなその姿は……なるほど、言うだけあってビリビリと肌を刺す威圧感を放出していた。
「……それが本性という訳かの?」
「あらー、第二形態ってやつ?」
「二人とも呑気なこと言ってないで! なんかヤバそうだから逃げるんだよォ!?」
呆然と、突然の推移に呆けていたクリムとセツナは、しかしビフロンスの周囲に膨れ上がる莫大な魔力に焦るエルミルに首根っこを掴まれて、今しがた飛び出しきた階段のある最上階部分の裏、物陰へと飛び込む。
――直後。砦屋上に、万物を朽ちさせる魔風が吹き荒れたのだった。
◇
「……初見殺しも甚だしいのう」
ビフロンスを中心に渦巻く黒い暴風をどうにか凌いでくれている物陰から、こっそりとインベントリから取り出した魔物の肉を転がしてみたクリムが、呟く。
その眼前では……黒い風に晒されてみるみる崩れ落ちていく、先程の肉。どうやら触れるとかなり強力な継続ダメージがあるらしい。
――もうすでに、この黒い風が途切れるたびに仕掛けては、すぐにまた風が吹くたびに隠れる、を幾度か繰り返している。
幸いこの屋上には多数のコンテナらしきものが配置されており、逃げ場所には今はまだ困っていない。
しかしビフロンスはこのオブジェクトを普通に殴って破壊してくるため、このまま戦闘が長引くといずれは逃げ場もなくなるだろう。
そんな中、クリムたちは攻撃範囲から逃れ、壁の影で黒い風をやり過ごしつつ周囲に警戒しながら三人で頭を突き合わせ作戦を考える、が。
「ところでエルミルよ、幾度か、『挑発』は試したかの?」
「……不甲斐ないタンクですまない」
「いやいや、別に責めとらぬぞ、ただの確認じゃ」
凹むエルミルに苦笑しながら、気にするなと慰める。
ビフロンスはこの戦闘が始まってからずっと、憎々しげな目でただひたすらクリムを追ってきていた。
そんな、ヘイト値が機能しておらず、己が執着を最優先するボス。そうした存在には心当たりがあった。
「では、やはりベリアルの奴めの同類か……」
一人納得したように、ボソッとつぶやいたクリムだったが、その声は他二人に聞こえる事なく風の音に掻き消される。
「すまない魔王様、あいつ、どうにもターゲットを無視した行動ばかりするんだ」
そう、忌々しげにビフロンスを睨むエルミル。それはさぞやタンク職にはいやらしい相手なのだろうが……
「違うなエルミル、それはおそらく前提から間違っておるぞ」
「ん、どういう事だ?」
そもそも、クリムが追撃メンバーに『ルアシェイア』以外からエルミルを選んだのも、それを調べるためであった。
「それは最初から分かっておった。おそらく先ほども『挑発』などのヘイト上昇スキルは効果無かったじゃろ?」
「あの、お館様、それってどういう事?」
首を傾げるセツナと、真剣な表情でクリムの話に聞き入るエルミルへ、クリムはここまでで得た推論を口にした。
「奴自身にはヘイトシステムは機能していない。我らプレイヤーと同じくその行動を考え自立して動く、このゲームの
クリムの言葉に、二人が黙り込む。
「それは……奴もプレイヤーと?」
「え、中に運営の誰かが入っていて動かしているという事?」
「いや、流石にそれは違う。似て非なるものというか、すくなくとも我らの住む現実世界の人ではない、はずじゃ」
ビフロンスからは、現実世界から接続した何者かが演技をしているといった様子は無い。彼は間違いなく、『こちらの世界』の存在なはずなのだ。
だが、この世界にはちらほらと、システムから逸脱したNPCが存在する。
例えば、フィールドの垣根を超えて神出鬼没に現れては、フィールド上のエネミーに呪いを振りまいていたベリアル。そのシステムにすら限定的に干渉してるように見える有り様は、あきらかに一ボスエネミーからは逸脱している。
それに、それを言うならクリムたちの居城に居るダアト・セイファートもだ。最初にクリムがログインした際に、スタート地点をシュヴァルツヴァルトへ書き換えするなど、あきらかにシステムを逸脱している。
そんな、己が意思で歩き回る、このゲーム内に跋扈する何者か。おそらくは何らかの差し手がいる筈だが、今はまだそれが何かは分からない、が。
「うう、何がなんだかちんぷんかんぷんよ……」
「……そうじゃな、考えるのは後にしよう。結論だけ簡潔に言うならば、これは相手がAIなだけで本質的にはPvPだと思えば良い」
「……オーケー、了解した、任せろ!」
そう、とりあえず難しいことは考えるのを諦めて清々しい笑顔をしたエルミルが、クリムに返事をした瞬間――物陰に隠れていた三人に影が掛かる。
咄嗟に散開したその直後、断頭台のように降ってくる大鎌の刃。
『相談は終わったか、貴様たち……!』
「ああ、待たせたな」
やはり、他の二人よりも明らかにクリムに固執して眼で追っているビフロンスに、クリムは頷きながら眼前に手を掲げる。
「では、待たせてしまったようじゃから、詫びとしてこちらも全開で行くぞ」
そう告げるクリムの手元に、指にはめた『シェイプシフターTPH-R』が変形し……巨大な剣の柄となる。
「――『ラグナロクウェポン』……ッ!!」
クリムがそう宣言すると同時に、勢いよく伸びた黄昏色の刃が、星空の世界を赤く照らし出す。
その光に畏れを感じたように微かにたじろぐビフロンスへと――その黄昏色の大剣を調子を確かめるように振り回し、ピタリと構えてその切っ先を死神へと据える。
「さぁ……お主の罪を悔いるがいい、これより我、『赤の魔王』が貴様を処断する――ッ!」
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