昇天
――不死王ガーランド三世との戦闘が始まって、早数十分が経過した。
ここまでの戦闘で彼のライフは残り二割、レッドゾーンへと突入していたが、しかし幾度斬られ、無数の矢と銃弾、魔法を受けようとも――その不死王の異名通り、攻撃の熾烈さは衰えることなく続いていた。
『――ォォオオオオオオオオッッ!!!』
ビリビリと全身を叩く重低音の咆哮と、同時に放たれた剣閃と共に広がる全周囲への衝撃波。
それに加えて戦闘フィールドである中庭内に多数ランダムに発生するのは、吸引効果のある闇の球体。
だがしかし、それにあえて飛び込むプレイヤーも居た。
吸い込まれると大ダメージを受ける一方で、球体一つにつき一人のプレイヤーしか取り込めないと判明して以降は、耐久力の低い後衛が巻きこまれるのを防ぐために、耐久力に余裕のある者があえて触れ、受け止めているのだ。
だが、それはあくまでも連撃の初手に過ぎず、続く斬撃は矢継ぎ早にメインタンクであるエルミルへと振るわれている。
「ええい、小器用な! エルミル、そっちは無事か!?」
「大丈夫、問題……無い!」
そう言って彼は、相当な重量であろう不死王の大剣を盾で受け止めて、押し返した。
そんな彼へ向けて、今の攻撃で効果の切れた防御結界と、減少したライフを癒す回復魔法が瞬時に飛ぶ。
……その魔法使いとヒーラーには、クリムも見覚えがあった。以前PvPで対戦した際の二人だ。
そのタイミングはお互いの呼吸がわかっている物同士滞りないもので、すっかり良いチームメンバーとなっている様子に、こんな状況ながらクリムの頬が綻ぶ。
――が、しかし歴戦の将である不死王、その剣は追い詰められたここに来て、クリムたちの想定を超えた動きで、その巨大さと重量を感じさせない速さで翻った。
――『加速する刻』
武人系の一部レイドボスが稀に有するという、一度だけ行動の隙を完全にキャンセルして次の大技を繰り出してくるエネミースキルだと……クリムはソールレオンからその存在を聞いた事があった。
まるでコマを飛ばしたような一瞬の動きから、暴風のように繰り出される巨大な大剣による質量と速度の暴力が、ターゲットを保持するエルミルへと襲い掛かる。
「エルミル退け、ここは我が代わりに……」
「大、丈夫だ……こっちはっ、任せてくれ……今回だけは俺は退けねぇ……っ!!」
しかし……ギリギリで凌ぎきれずライフを削られながらも、エルミルの叫びが攻撃を一旦止めてフォローに回ろうとしたクリムを制する。
その目は決して死んではおらず、真っ直ぐに何かを待つように不死王を睨んでいた。
「不死王、お前の、その愚直に何が一つの信じたものに殉じる覚悟、正直言って尊敬するし、そんなお前の来歴には思うところはあるし、同情だってするさ!」
「エルミル、上!!」
不死王と激しく切り結ぶ中で、ついにはエルミルの剣が保持する手ごと真上へと弾かれ、体勢が崩れる。
そこへ断頭台の如く降ってくる巨大な刃に、クリムが咄嗟に警告を放つ、が。
「だが、それだけだ……お前には負けられねぇッ!! 『シールドスマイト』……ッ!!」
金属と金属が激しく衝突した、けたたましい音が戦場に鳴り響く。
――上手い!
剣を手放してでも深く不死王の剣筋の内側へ踏み込んだエルミルは、左手に持った盾で殴りかかっていた。
あわや戦闘不能間際に見せた咄嗟のエルミルの反応に、クリムが胸中で喝采を上げる。
戦技『シールドスマイト』……たしか『シールドバッシュ』と比べると吹き飛ばし効果が追加され威力も上昇した代わりに、リキャスト時間がかなり長い戦闘技能スキルだったはずだ。
その振りかぶられた盾が、断頭台の如く振り下ろされた不死王の大剣の根本あたりとぶつかり合い――激しい光を撒き散らして相殺した双方が、たたらを踏みながら離れる。
「――魔王様、狐の嬢ちゃん!!」
「任せるがいい!」
「はいです!」
会心の一撃により不死王の体勢を崩したエルミルの呼びかけに、しかしその機を逃すつもりは毛頭無いクリムと雛菊は、すでに飛び出している。
「―― 『ヴォイド・クワイタス』!!」
振るわれたクリムの大鎌が、全てを喰らう闇の三日月を描き出して不死王の下半身を飲み込む。
「――『雷切』、ですッ!!」
その漆黒の三日月を追いかけるように、瞬間移動と見間違えるほどの速度で、蒼炎を纏った雛菊が炎を残像として奔る。
それはまさしく雷を切るにふさわしく、不死王の巨体を駆け上がって逆袈裟に斬撃痕を刻み……その傷が、蒼い炎で燃え上がった。
『グ、ォ……ッ!?』
瞬時に重ねられた二連の斬撃により、たまらず膝をついた不死王。その位置が下がった頭へと……
「終わりだ、不死王……『レクイエスカット』ォ!!」
白銀に輝く十文字斬りから、中心への刺突による三連撃。
片手剣と神聖魔法の複合技、『
――ピシッ
硬いものが割れた音が、周囲に鳴り響く。
みるみると亀裂の入ったその兜は、やがて粉々に砕け、その下にあった立髪のような金髪を零した。
『……フ、フフ……ドウヤラ、勝敗ハ決シタナ』
力無く、大剣を手放す不死王。がらんがらんと重たい金属音が、中庭に響き渡る。その体は、端の方から光へと還り始めていた。
そこにあったのは……疲れ果て、それでも愚直に己が使命を全うしようとした領主の、幽鬼のような顔。
だが彼は、自身にとどめの一撃を加え、いまはただ息を切らして散りゆく己を見下ろす若き騎士へ……どこか安堵したような表情を浮かべ、ノロノロとその手を伸ばす。
『……済マナカッタナ……民ヲ、手ニ掛ケタ我ニハ、モハヤコノ地ヲ守ル以外ノ償イノ方法ガ分カラナカッタノダ』
「……そうか」
懺悔のように、語る不死王。死してなお忠義に殉じようとした彼に、軽々しく返す答えを持たないエルミルは……ただ、頷く。
『私ハ……モウ……休ンデ良イノダナ……?』
「……ああ、そうだよ。今後、この地の平穏は俺たちが守る」
最後に、顔を上げて確認してくる不死王……ガーランド三世。そんな彼に、エルミルはただ、微かに笑って頷いた。
それを見て……厳しく歪んでいたガーランド三世の顔が、フッと緩む。遠目ながら、彼の落ち窪んだ眼窩も、やつれた頬も、心なしか和らいだようにクリムには見えた。
『ソウ、カ……後ノ事は、任せるとしよう……ありがとう、優しく強き者たちよ。それと最後に導師アルベリヒよ、よく我が元に彼らを導いてくれた、大義であった……ぞ……』
そう言い残すと……ガーランド三世は、残光となって天へと舞い上がっていく。
「……では、進むか。まだお主に頼まれた仕事は残っておるからな」
『はい……お願いします』
声もなく涙を流し、その光を見上げていたアルベリヒの返事に一つ頷くと、クリムはただ先を見据え、目の前を指し示す。
まだ一人、ケジメをつけねばならぬものが待つ砦の門は――まるでクリムたち連王国を誘い込むように、先ほどまで閉ざされていたその口を開いていた――……
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