不死王ガーランド三世
――櫓での攻防でクリムたちは敵の大半を滅し、趨勢はほぼ決した。
あとは、大将と黒幕を討ち取るのみ。
沈黙した岩落としを潜り抜け、最後の堀に掛かる跳ね橋を渡り……もはや、まばらにしかエネミーが残っていない砦正面の二重の鉄門も勢いのまま突破する。
門を潜り抜けたその先に広がっていたのは……もとは人が歩くところは舗装され、それ以外は芝生が広がっていたのであろう、中庭。
すっかり荒れ果て、草は伸び放題、角にある練兵場も面影のみを残すその庭に……ただ一騎、立ち上がれば体長五メートルを越そうかという巨大な騎士の姿があった。
全身を包む、禍々しい漆黒の甲冑。
兜の内部は闇に包まれ顔は確認できないが、その相眼だけは紅く爛々と輝いている。
その、異様な姿。話によれば死霊騎士の最上位の存在であり、アンデッドという話だが……だがしかし、その佇まいには厳かささえ感じられる。
「あれが……?」
『……はい。悪魔の仕業によりすっかり異形となっていますが、間違えるはずがありません。不死王……我が主、ガーランド三世です』
そう告げるアルベリヒの声に反応したのか……不死王が、顔を上げてクリムたちの方を見る。
『……ソノ声ハ……オ主カ、導師アルベリヒ』
『はい、我が主。最後の忠義として、あなたを解放しに参りました』
『解放、ダト。無用ダ、我ハコノ身朽チ果テルマデ、コノ地ト帝国ヲ守護ス……」
断固とした態度を貫く不死王だったが。
「――残念だが、お主の守るべき帝国は、もう無い」
淡々と告げたクリムの言葉に、不死王はピクリとその体を震わせ、アルベリヒが微かに目を逸らす。
「時代は移ろうのだ、ガーランド三世。お主の生きた時代は百年も昔、人であれば三度は世代交代しているであろう時が、とうに過ぎ去った」
黙ったまま耳を傾けている不死王へと……クリムはもう一度、ゆっくりと、告げる。
「結果がどうだったにしろ、帝国は三十年前にとうに滅びた。他でも無い、民たちの選択の結果としてな」
沈黙が、落ちる。
身じろぎもせずに黙り込んでいる不死王が何を考えているかはクリムには分からないが、たとえどれほど彼にとって残酷な話でも、伝えなければならなかった。
「お主は、帝国が潰えるまでその忠義をきちんと抱いていたのだ。だから……もう、休んでも構わぬのだ」
――と。
『…………我ハ、信ジヌ』
まるで地獄から響く怨嗟のような声で、不死王が呟く。
『黙レ、信ジヌ……信ジハセヌゾ。我ハ……帝国ヲ……民ヲ……!!』
そう血を吐くように叫ぶ不死王は、まるで怨念を燃料に燃やしているかのような黒い焔を纏った、刃渡り三メートルはあろうかという鉄塊のような大剣を振り回し、立ち上がった。
それだけで中庭に広がる肌を焼く熱気と、身体の芯に染み込んでくるような冷たい呪詛に、周囲からざわざわと呻き声が上がる。
だがしかし……そんな様子も、恐ろしさよりもむしろ物悲しさを感じ、クリムは口を開く。
「……皮肉な、そして残酷なものじゃな。自らの手でこの街を死者の国としながら、しかし忠義と志は健在か」
『……そういう方でしたから。いつも、国と民のことを考える立派なお方でした』
クリムの言葉に、悲しげな表情で呟くアルベリヒ。その様子だけで、死してなお彼を慕っているのだと痛いほど伝わってくる。
「……やろう。もう、彼を解放してあげなければならない」
そう言ってクリムの肩を叩いたエルミルが、クリムの前へと歩み出る。
「うむ、心得た。メインタンクは任せて構わぬな?」
「ああ、今回ばかりはその役は譲れないな」
クリムの言葉に頷き、真っ直ぐな目で不死王を睨み、佩剣を抜くエルミル。
すっかり普段の軽い調子が抜け、真剣そのものの様子の彼に……クリムは満足気に一つ頷くと、自らの武器、漆黒の大鎌を手元に呼び寄せる。
「では……敵正面は、エルミルたち銀の翼に任せる。近接アタッカーは黒狼隊と我らルアシェイアが受け持とう。他の皆は距離を保ちつつ側面に展開、周囲の警戒に当たりつつ、適時不足している場所のフォローに当たれ」
戦闘開始前の猶予時間に、テキパキと指示を出して陣容を伝える。
「特に……雛菊、お主の『蒼炎』はおそらくは奴に対し多重特効、ダメージディーラーの中心はお主じゃ。フレイヤはヒーラーとして全体を見定めつつ、可能な限り雛菊を優先的に援護を頼む」
「了解しましたです、お師匠!」
「うん、任せて!」
そうしてあらかた指示を出し終えたクリムは、バサリと真紅のマントを翻して右手を掲げ、周囲に告げる。
「連王国盟主として、皆に命を下す。全軍抜剣、戦闘開始――目標、不死王ガーランド三世!」
ジャキジャキと、皆が一斉に鞘を払う音が鳴り響く中……クリムは鎌の先端で不死王を示し、咆哮を上げる。
「この死者の国…………忠義者たちの砦……長きにわたる不落から解放し、我らがものとする!!」
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