従者の少年

 突発の勉強会が決まり、飛び入りで玲央もメンバーに加え、皆で高等部の校舎を出た時だった。


「――あ、玲央様ー、お疲れ様です!」


 そう言って駆け寄ってくる小柄な影……中等部の制服を身に纏った何者かがいた。




 さらさらな金髪に、女の子としても通じそうな可愛い系の顔立ち。

 体型も小柄であり、女の子の制服を着せるだけで女子生徒といっても通用しそうな……男の子だった。


 そんな彼は、玲央と連れ立って歩く紅たち……というか紅の姿を見つけ、パッとこちらへと向き直る。


「……あ、もしかしてクリムさん達ルアシェイアの方々ですか!?」

「え? あ、うん……」

「へぇ、クリムさんってこちらでも同じ姿なんですね、うわぁ、感動します!」


 ぐいぐい来る謎の美少年に、紅は玲央に視線で助けを求める。

 そんな様子を苦笑して眺めながら……彼は、ひょい、と紅から少年を引き離した。


「ああ、すまない。紹介しよう。彼は私の同郷の出で、私と一緒にこの学園の中等部に入学したんだ。名前は……」

「失礼しました、ちょっと興奮してしまって。僕は玲央様の従者で、ラインハルトと申します」


 そう、改まって背筋を伸ばし、一礼する少年。その様は、明らかに作法を仕込まれているものだった。


「すまないな。こいつは最初期の頃からクリム嬢の……『ポテトの子』のファンだったものでね。許してやってくれ」

「……また懐かしい名前が出て来たね」


 まだギルド結成前の無名だったころのあだ名が出て来たもので、もうすっかり懐かしさを感じ、紅が苦笑する。


「あ、じゃあ君が……」

「はい、名前通り、僕が『北の氷河』のラインハルトです。皆さん、こちらでははじめまして」


 そう、人懐っこい笑顔で笑いかけてくる少年。

 紅顔の美少年という形容がぴったりなその笑顔は、その手の趣味のお姉様がたにはさぞ人気だろうと思われるが……


「ゲームのキャラメイクだと、何歳かサバを読んでたんだな」


 そんな昴の言葉通り、ゲーム中のプレイヤーキャラ『ラインハルト』は、高校生……紅たちよりは年上の雰囲気があり、それと比べると眼前に居るこの少年は3〜4年は若く見られる姿だった。


「あはは……今の僕の見た目だと副官としてナメられるかなって、兄の姿をモデルにしてしまいまして」

「へぇ、お兄さんがいるのか?」

「ええ、一番上の兄はもう両親の仕事の手伝い……家業を継ぐ支度を始めていて、二番目の兄もその下で働いています。でも三男の僕は継ぐものもない自由な身でしたから……玲央様の叔母さんの頼みもあって、玲央様の従者にしてもらったんです」


 そう、彼がこちらに来るまでの出来事を解説するラインハルト。だが……その話の中に、どうしても気になることが散見された。


「えっと……さっきも言っていたけど、従者?」

「あはは、この国の子供たちにはあまり馴染み無いかもしれませんね。僕らは子供の時からそういうものがある国から来たんですよ」


 なるほど、と皆一様に納得する。どことなく玲央やラインハルトには、外国の貴族っぽい雰囲気があると思っていたが……


「ねぇ紅ちゃん、もしかして二人とも、本当にお貴族様なのかな? 私初めて見たよ」

「う、うん、なんだかそんな感じだよね……」


 ……案外、玲央の周囲からの評判である『王子様』というのも的外れではない気がしてきた。


 旧来の身分制度は世界レベルで形骸化しているこの現代社会の日常ではあまりに縁遠い、そんな二人の主従の様子に、紅たちはただ圧倒されているのだった。




 ◇


 さて、皆で図書館へ勉強に……となる前に、今はお昼時。


 当然、お腹が空いてくる時間ではあるが……あいにくと、初めは午前中で学校が終わり次第皆帰宅するつもりだったのもあり、皆揃って弁当など持ってきていなかった。

 そのため、紅たち一行はまず学生会館の購買でパンなどを買い漁り、休憩スペースで昼食を取りつつ……行儀悪いとは思いつつもぐっと目を瞑り、紅は教科書を開いて、皆と一緒にザッとテスト範囲の確認を行なっていた。


「なるほど……予想よりも速いペースで授業が進んでいるんだね、聞いておいてよかったよ、ありがとう」

「どういたしまして。だけど、玲央はまだもう少し先まで学習進んでいるよね?」

「はは……教師役だったお爺様はスパルタだったからね」


 苦笑しながら答える玲央と、その隣で遠い目をして、受けた指導の厳しさを思い返しているらしいラインハルト。

 以前に学園長と神那居島で会った時は好々爺に見えたが……たしかに、指導には妥協はなさそうだと、紅は彼らの苦労を察するのだった。


「むぅ……私たち、強敵に塩を送ってしまった気がするね」

「うぅ、私は確実に順位一個落ちそうだなぁ」


 紅のそんな言葉に、一番凹んでいるのは佳澄だった。そしてそれは、このメンバー中最も成績のいい紅でさえも、うかうかしていられないと思える。


 ――負けたくないな。


 普段であれば特にテストの順位に拘っている訳ではない紅ではあったが……今回ばかりは久々に、負けず嫌いな部分が騒ぎ出す。


「それで……塩を送るついでに、注意点なんかがあれば聞いておきたいのだけれど、いいかな?」

「あー、大丈夫だと思うよ。今回のテストはあくまでも一学期の復習だろうし、ちゃんと夏休みも勉強していたかの確認だろうし」

「ふむ……ではあまり意地の悪い問いは無いのですね?」

「そうそう。だから真面目に課題をこなしていたら、問題ないはずだよ」


 そんなことをサラッと曰う紅と、なるほどとしきりに頷く玲央。


「いやー……ごく一部の優等生の会話ですなぁ」


 紅は頭が良い分教え下手だと友人からの専らの評判であるが……どうやら玲央に関してはだいたい同レベルで、ならば問題なく通じるらしい。


 二人の気楽な様子を見て呆れたように、ノートを睨んでいた佳澄がうめく。

 そんな彼女に……他の皆も、佳澄と同意見だと頷くのだった――……

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