王子様は犬属性

 編入生の紹介も終わり、皆が話を聞きたそうにそわそわしながらの始業式もつつがなく終えて、教室に戻って各種連絡事項も済んだ。


 休み明け、明日に実力テストを控えているため、あとはこのまま帰宅できるのだが……しかし、各自解散となった紅たちの教室では、ちょっとした騒動になっていた。


 その中心に居るのは……やはりというか、編入生の玖珂玲央。

 その佇まいから早くも『一年生の王子様』の呼び声が高くなり、他のクラスからも見物人が教室の外に群れを成していたのだった。



「理事長のお孫さんって本当!?」

「ええ。ただ私の両親は国外に住んで居て、今は私一人で祖父の元に滞在しています。日本にはまだ不慣れですので、いろいろ教えてもらえると嬉しいかな」

「へー、外国に居たんだ。どうして日本の高校へ?」

「うん、色々と見聞を広めてくるといいって両親の勧めでね、祖父を頼って前から興味のあったこの国に来たんだ」

「日本語、上手だよね?」

「そうかな? でも、そう言ってくれて嬉しいよ」



 大勢の女の子に囲まれて質問責めに遭いながらも、微笑みを崩さず穏やかに対応している玲央。

 そのいかにもモテ慣れていそうな余裕綽々の姿に(元男として)若干イラッとするものを感じつつも、いや、でもあれだけの人数に囲まれるのはあまり嬉しくもないかな、と考え直す紅だった。



「いやぁ、やっぱり凄いねー、彼」

「男たちは嫉妬の視線が凄いけどな」

「まぁ、満月さんの時も大概だったけど、あの時はまだみんな体を気遣って遠慮してたからねぇ」


 すっかり女子に囲まれてあれこれ質問責めに遭っている玲央の様子を眺め……紅と、紅の席に集まっていた聖、昴、佳澄の三人はただただ呆気に取られていた。


 ちなみにさらに外側では、昴が言う通り男子生徒が嫉妬の滲むすごい表情で睨んでおり、異様な雰囲気を発している。


 触らぬ神に祟りなし。

 あの場には関わり合いにならないでおこうと決め込む紅たちは、それよりも現実に差し迫った問題を確認する。


「そんなことより、明日って休み明けのテストだったよね?」

「ああ、うん……そういえばそうだったね」


 長期休暇明けの、実力テスト。

 きちんと夏季休暇中の課題をこなしていれば問題ないはずだが、しかし紅らは長期休暇の最初期に凄まじい勢いで課題を片付けてあとはひたすら遊んでいたため、一度確認しておくのも悪くないだろう。


「そうだな……帰る前に、図書室で勉強していく?」

「うん、賛成!」

「ああ、付き合おう」


 紅の提案に、佳澄と昴は即座に賛成。

 残る一人、聖は心配そうな顔をして、紅の方を眺めていた。


「あの、紅ちゃんの体調は大丈夫?」

「あー……今のところはまあ、平気かな。明日は最悪、保健室で受けることも考えておかないとね……」


 おそらく明日、テスト初日が山になりそうな事情を思い出し、再び陰鬱な気分をぶり返してげんなりしている紅。

 そのため……現在教室内に吹き荒れている嵐が接近していたことに、少しだけ気付くのが遅れた。



「あー……ごめん君たち、ちょっといいかな?」

「ん? あれ、玲央君どうしたの?」


 話しかけてきたのは……果たしてどうやって抜け出して来たのか不明だが、今まさにクラスの女子に囲まれていたはずの玲央だった。

 佳澄が皆を代表し何の用か尋ねると、彼は困った様子で頭を下げる。


「すまない、気になる言葉があったからね。申し訳ないが、私もその勉強会に混ぜて貰えないだろうか」


 そう、あいも変わらずの貴公子然とした様子で語りかけてくる玲央だったが……多少なりとも彼の人柄を知る紅たち四人には、そこに縋るような色を見て取れた。



 ――先程の紅たちの会話の中で、気になる言葉。


 ――転入したての彼の、困っていること。



 その二つから導かれる頼み事とは、つまり……


「さては玲央、お前テスト範囲が分からないんだろ」

「……すまない。一応祖父の指導で勉強はしていたから学習の遅れは無いはずだが、こればかりはね」


 昴の確認に、そうしょんぼりした様子で呟く玲央の姿は、まるで捨てられた子犬のようだったと……のちにクラスメイトは語るのだった。


「だって。紅ちゃん、どうする?」

「いや、これを断るのは薄情すぎるでしょ。いいよ、玲央も一緒に勉強しようか」


 ほぼ確認でしかない聖の問いに、考えるまでもなく笑顔で快諾した紅。

 それを聞いてぱっと表情を明るくした玲央の姿は、まるで飼い主を見つけた子犬のようだったと……のちに、クラスメイトは語るのだった。




 ……と、意外にも『わんこ属性』持ちな王子様だったことに、周囲のクラスメイトらがざわつく中。


「ねぇ、満月さん達って、彼と知り合いなの?」

「そういえば古谷さんたちも、あまり興味無さそうだったよね、どこかで会ったことがあるとか?」


 玲央が抱えていた女生徒たちの興味のターゲットが、紅たちの方へと跳ねた。


 だが幸い、意外と少女たちの態度に紅たちに対する嫉妬などは見られない。

 それよりはむしろ、ロマンスな話に期待して目を輝かせているといった様子だった。


 そんな紅の、疑問を浮かべた視線を感じたクラスの女子たちはというと。


「いやー……憧れはしても、自分より美人さんな彼氏はちょっとねぇ」

「だよねー、すっごいイケメンは外から眺めてるに限るのわかるー」


 と、あっけらかんと笑っていた。そんな様子に、どうやら一昔前の青春ドラマみたいな事態にはならなそうだと、紅も内心でこっそり安堵の息を吐く。


 彼女たちにすれば、王子様に憧れはするけれど……では自分がその隣にいたいかと言うと別問題、ということらしい。

 たしかに、立っているだけで目立つ彼の隣に立つ苦労というのは並々ならぬものであろうなぁと、紅も納得する。


「えっと、私や聖たちの両親と、彼のお爺さんが知り合いだから……」

「ちょっと前に、紹介されて顔合わせは済ませていたんだ」


 紅の言葉を継いで、玲央が事情を説明する。

 そんな二人の様子に……


「そっかー……頑張ってね?」


 ――え、何を?


 何か誤解があるようで、なぜか生暖かいクラスメイトの視線と言葉を受けて、ただ首を傾げる紅なのだった。

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