ひと休み

 ガーラルディア大橋から、テレポーター・プラザを活性化して帰還した、クリムたちの本拠地であるセイファート城。


 ゲーム内はすでに真っ暗な夜であるが、リアルはまだ夕刻。皆が次々とログアウトする中で、クリムは心配するフレイヤやリコリスらに大丈夫と告げ、一人、少しだけ小休止のつもりで城に残っていた。


「はぁ……今日は、本当に酷い目に遭ったわ」


 アンデッドの巣窟を何キロメートルにも渡り縦断したのに加え、配信の視聴者の二股の誤解を解くためのドタバタ騒ぎ。

 まあ何だかんだで楽しくはあったが、それはそれとしてすっかり疲労困憊したクリムは……皆がログアウトした後、セイファート城の居住区画、リビングにてぐったりとソファに体を投げ出していた。



 ……なんだか、妙に疲労感がある。



 これは、以前ルルイエで初めてルージュに邂逅しベリアルに掻っ攫われた直後にも感じた疲労感に似ている気がして、何だろうと首を傾げていると。


「おかえりなさい、お姉ちゃん。その……」


 ふと、誰かが部屋に入ってきた気配と共に、ルージュの遠慮がちな声が聞こえてきた。

 その声に目を開け、声がした方を見ると……まだまだ不慣れな手つきながら、紅茶のカップをクリムの前のテーブルに置いている小さなメイドさんの姿が目に飛び込んできた。


「これは、ルージュが?」

「うん、アドニスお姉ちゃんに教わりながらだけど」


 そう言って、緊張した様子でクリムが紅茶に手を伸ばすのを見守るルージュ。

 クリムはそんな少女の様子に苦笑しつつ、ゆっくり口に含み、舌の上で紅茶を転がす。


 それは……ほんのりと甘く、適度な酸味。どうやらこちらの疲れに考慮しレモンティーにしてくれたようで、そんなささやかな心遣いがじんわりと染み入って来るようだった。


「……うむ、美味い。疲れた体に染み渡るようだ。ありがとうな?」


 クリムがそう礼を述べると、嬉しそうに表情を緩ませるルージュだったが……すぐに、その表情が曇る。


「お姉ちゃん、お疲れ?」

「ああルージュ、そうさな……お主の顔を見たら、だいぶ疲れも吹っ飛んだな」

「ほんと!?」


 今度こそ、ぱあっと嬉しそうに表情を緩めるルージュの姿に、クリムは本当に疲れが溶けていくのを感じながら……ポンポンとソファ横を叩いて彼女に座るように促す。

 すると、彼女はこれまた嬉しそうに横に腰掛けて体を預けてくるものだから、ついつい頬も緩むというものである。



 そのまま、静かなお茶の時間を楽しんでいると……またも、リビングに来客。


「あらあら、ふふ、ちょっと妬ける光景ですわね」

「お疲れ様です、マスター」


 続いてリビングに入って来たのは、クルゥを頭に乗せたルゥルゥと、ダアト=セイファートの二人。

 二人とも教科書らしき書物を胸に抱えているのを見ると、どうやら寺子屋が終わったあとも、二人で今まで勉強していたらしい。


「ああ、ダアト、今帰った。それにルゥルゥとクルゥも、しばらくぶりじゃな。どうだ、不自由はしておらぬか?」

「ええ、とても充実した日々を送らせて頂いています」


 そう、何もかもが楽しくて仕方ないと言った感じの微笑みを浮かべ、頷くルゥルゥ。


「……こんな穏やかな日々が送れる日が来るなんて、まるで夢のよう。あの時助けてくださった『げぇまぁ』の方々にも、本当に感謝していますわ」


 そう言って胸の前で手を組み、祈るように語るルゥルゥ。

 一方でその頭上に居るクルゥの方もなんだかんだで満更でもないようで、その腕(?)を組んで、ぷい、と照れたようにそっぽを向いている。


 ……ちなみにこのタコもどきは、何と子供たちに人気であり、たまに窓からルージュらドッペルゲンガーズ共々、町の子供たちと庭を駆け回っているのを見かけていた。案外と子供に寛容な邪神らしい。


「そうか、ならば良かった」


 どうやら自分が抱え込んだNPCたちは皆、それぞれ救われたらしい……と、自分がしてきたことは間違いではない証左を目にして、クリムも安堵から表情も緩む。



 ……長かった夏休みも、あと二日で終わりを告げる。



 学校が嫌という訳ではないものの、二学期が始まればこうして彼女らと触れ合う時間も少なくなるなと、寂しいものを感じながら……クリムは、すっかり飲みやすい温度となった紅茶の最後の一口を、ゆっくりと堪能するように飲み干すのだった――……

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