決戦へ
――止まない雨は無いとは、誰の言葉だったか。
一時は絶望的だと思えたマップ上の赤い部分は、しかし次々と増えていったプレイヤー側の奮戦もあって、徐々に勢力を失っていった。
そして……敵側の大攻勢から実に一時間に渡る、津波のように絶え間なく襲い来る触手を刈り払い続ける死闘も徐々にまばらになっていき――ついに途切れた。
「はぁ、はぁ……どうやら、凌いだようじゃな……」
「うん、落ち着いたみたい……ふぅ」
さすがに息を荒げていた、周囲を見渡すクリムと、その隣で守られながら皆の回復に専念していたフレイヤが、深々と安堵の息を吐く。
……残念ながら全員が無事とはいかず、すっかりプレイヤー側も姿を減らしていた。ざっと見渡した感じでは、およそ半数近くのプレイヤーは今、蘇生ポイントから復帰待ちだ。
ここまでの転戦の中で、エルミルら『銀の翼』や、どこぞの銀河の歌姫よろしくプレイヤーの鼓舞を行なっていた霧須サクラ等とも別れており、その安否は分からない。
また、長い戦いによる装備の損耗も問題であり、かくいうルアシェイアも例外ではない。
「それじゃ、フレイヤちゃんから修繕すれば良いかしら?」
「ああ、頼む」
「お願いします、ジェードさん」
「はいはい、私はこの為に来てるからねー、張り切って修理するわよ」
生産職として同行していたジェードに、削れた装備品の耐久力を半分まで回復する『クイックリペア』の魔法をかけて貰いながら、礼を述べる。
その他、周囲のプレイヤーの皆も装備品はボロボロで、疲労の色も濃い。
だが、大攻勢を凌いだことで先の終わりが見え、その目だけは諦めとは無縁な強い光を湛えていた。
――とはいえ、そろそろ勝負どころじゃな。
ここまでの転戦の途中で確認していた
クリムはチャットメニューから一つのアドレスを開き、語りかけた。
「あー、『北の氷河』、聞こえるか? こちらルアシェイアだ。北の、聞こえたら応答せい」
ギルド間チャットで、ボス本体を抑えているはずの主力部隊に呼びかける。
連中に限って、実は先に壊滅していましたなどという事はないだろうが……それでも緊張が走る中、数回コール音が鳴ったころ、反応が返ってきた。
『――その声、クリムちゃん?』
繋がった。
通信の向こうから聞こえる戦闘音の中、よく響く澄んだ女性の声。やや疲労の色は濃いが間違いない、北の氷河のエルネスタだった。
「うむ、こちら『ルアシェイア』のクリムじゃ。第一層の眷属、あらかた始末して回ったぞ」
『良かった……こちらは皆疲れてきているけど、どうにか耐え切っているわ。そちらも無事なのね?』
「うむ、まだ触手どもは沸いてはいるが、今はほとんどの場所でリポップよりも討伐が早いペースを維持できておる」
そんなクリムの言葉に、通信の向こうから聞こえる歓声。だが……ここからが、本題だ。
「そして……こちらは悪い知らせじゃ。もう間もなく、デバフ解除拠点のMP回復ポーションが切れる。保ちに保たせて
そう告げた途端に、通信の向こうに緊張が走ったのが伝わってくる。
……それが、クリムの案じていた懸念。もうじきこのエリアは、
限りある資源、それをプレイヤーの協力の元絞り出して用意した回復ポーションが、ついに切れる。もはや、捻り出すことも叶わない。そんな事はすでに数回行い済みで、すっかり絞り尽くしたあとの出涸らしだ。
レイドイベントの終了時刻は、午後の四時。残り時間は……二時間。
――つまり……ラスト一時間は物資が保たない計算となる。
通信の奥からバタバタと慌しい音がした後……すぐに、ソールレオンらしき青年の声に変わる。
『今通話を代わった、私だ。事情は聞き及んでいる。そろそろ潮時だろう』
「うむ、我もそう思う。では……」
『ああ、これから私たちは、街の中心にある一番広い中央広場へとクトゥルフを誘導する。君たちは、街をぐるっと回ってから合流してもらいたい』
まだ余力のあるうちに、可能な限り邪神クトゥルフのライフを抉り取る。そう、決戦に打って出る時期がついに来た。
「うむ、じゃが、街に散ったプレイヤーたちはどうする?」
『そちらは私が指示を出す、あとは最後に一度、君たちが各所の確認をしてくれ』
「ほぅ、ようやく総大将らしいことをする気になったか」
『はは、演説の類は本当は全部君に押しつけたいんだけどね、楽だし。けどまあ最後くらいは任せてくれ』
それだけ告げると、通信が切られた。
とりあえず、仲間たちにそのことを伝えて、出発の準備をしていると……
『――皆、疲れているところをすまない。私は今回の総指揮を務めている、北の氷河団長、『黒の魔王』ソールレオンだ』
エリア全域に、ソールレオンの声が響く。
確か……課金アイテムか、もしくはボス討伐時のハズレアイテムでたまに見かける、チャット範囲をエリア全体に拡大する消費アイテム『魔法のメガホン』だろう。
『さて……皆、眷属狩り、本当にご苦労だった。皆の献身と奮戦が無ければ、ここまで来る事も不可能であったことだろう』
重ね重ね、感謝する……そう告げるソールレオン。思わぬ「最強ギルド」のトップからの称賛を受けて、周囲のプレイヤーたちが照れたように頬を掻いたり様々な行動を取っていた。
しかし、次の言葉に皆の表情が引き締まる。
『だが……雌伏の時は終わりだ。我らはこれより、邪神本体への集中攻撃へと打って出る!!』
そんなソールレオンの言葉に、ざわつく周囲。
だがそれは、待ちかねたという喜色がにじむざわめきだった。
『これより決戦に赴くのは誰か、それとも眷属の抑えに回るのは誰か、私は今更指示は出さない。ここまで共に戦って来た戦友の皆であれば、各々が各々の役割を果たすために自ら考えて動いてくれるだろうからな』
絶対の信頼と共に放たれたその言葉に、周囲のプレイヤーたちは……
「俺たちはもう余力があまりないから、ここに残る。あとは、頼む」
「ああ任された、お前たちの分まで邪神にカマして来てやるよ」
「向こうに行くなら、少ないけど、俺らの残りのHPポーションだ、必要なら持っていってくれ!」
「俺、この決戦が終わったら結婚……」
「やめろ馬鹿縁起でもねぇ!?」
「お前ら、帰ったら一緒に飲みに行こうぜ!」
「よっしゃ、なら俺はとっておきのサラダ作ってやるからな!」
「別に、封印と言わず倒してしまっても……」
「だからお前ら死亡フラグやめろォ!!」
……そんなふうに笑い合いながら、馬鹿なことを言いながら残る者たち、決戦に赴く者たち、自然に別れていく。
そこには……あるいはこの瞬間限定のものかもしれないが、確かな信頼があった。
『では、あと少しだけ、皆の力を貸してくれ。ただ少女の笑顔を守るために……否!』
ジャキ、と剣を掲げる音が通信から響き、ソールレオンが声を張り上げた。
『ただ、このレイドバトルに集ってくれた皆で、
『『『ぉおおおおおおおおおおおおッ!!!』』』
再び廃墟の街を揺らす大歓声が巻き起こり……最終決戦も、ついに最終局面を迎えようとしていた――……
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