才能開花
ギルド『ルアシェイア』が廃墟の街で転戦に転戦を繰り返す中で、一つ通行予定地から外れた場所にある広場で無視できない規模の触手の群れを発見した。
だが、あまり時間を浪費するわけにはいかない。そう即座に判断したクリムは皆を、特に脚が比較的遅いフレイヤとジェードを先行させるため、自らがその場に残って対処に当たった。
……なぜか一人だけ、カスミを同行者として指名して。
◇
「すごいなぁ、クリムちゃん。私なんて居なくても……」
荒い息を吐いて、手にした槍を杖代わりに休んでいるカスミ。触手をもう五匹は斬り裂いたであろう手が、痺れている気がした。
なぜ自分を同行させたのか分からないが、敵の触手たちはほとんどがクリムの撃墜スコアであり、その数はカスミの五倍を優に超える。
それを目の当たりにしていたカスミは、自分が手伝い程度しかできていないことに焦りを覚えていた。
「でも、頑張らないと……」
一つ自分の頬を張り、気合いを入れ直して槍を構えて直す……そんな時だった。
「へ……きゃあ!?」
突然の地面の揺れと共に、周囲に再び多数の触手が生えてきた。
そんなカスミの方の様子に気付いたクリムもすぐさまこちらへ向かって転進していたが……今回はあまりにもカスミに近くクリムから遠い。
「ダメ……ッ!?」
やられた……そう覚悟するも、衝撃は一向に訪れない。
「…………?」
「っと、大丈夫か? ええと……確か『ルアシェイア』の」
「あ……勇者様?」
「頼む、その呼び方は勘弁してくれ」
そう、心底嫌そうな顔でカスミに返事をしてきたのは……以前にも会ったことのある、『竜血の勇者』スザクだった。
たまたま戦場に飛び込んできたらしい彼が、カスミを守るように背を向けて立つその足元には、斬り捨てたらしい触手が数本、ピクピクと蠢いている。
どうやら、彼に助けられたらしい。そう認識したカスミが、バッと眼前の彼に頭を下げる。
「あ、あの、ありがとうございます!」
「い、いや気にするな、通りがかりついでだ」
「で、でも私……今回も魔王様に迷惑かけてばかりの、いつまで経っても横に並べない半端者で……あだっ!?」
額に感じた小さな衝撃に目をパチクリさせて、どうやらデコピンしてきたらしい彼の方を見つめる。
「なあ、あんた、真面目すぎって言われないか?」
「……え?」
「あの魔王様がせっかく見やすいように前を走ってくれているんだろ? だったら後ろから見放題だろうが」
「あ……」
なるほど一理ある。
ずっと、クリムたちの隣へ早く行かなきゃと気が急くばかりで、そのように考える事が出来ていなかった。
スザクは言うことは言ったとばかりに、あとはカスミを放置してさっさとクリムの方へ行ってしまう。
その背中を見送って……カスミは、彼のアドバイスを受け入れて意識を一つ切り替える。
そうだ……確かに最高の手本がいるのだから、技を盗んでやるぞと思い、今目の前で触手たちを相手に大立ち回りを演じているクリムの方を見る。
――あれ?
改めて見ると……そのクリムの姿が目で追える。以前模擬戦で相対した際は全く動きについていけなかったのに。
もしかして、私いつのまにか強くなった?
そんな勘違いを、次の瞬間すぐに棄却する。
――あ……そうか、魔王様はすごく動きに緩急があるんだ。
確かに、クリムの動きには大きなメリハリが見て取れる。普段は目で追えていても、ふとした拍子にふっと見失ってしまうのだ。
普段の、円運動と重心移動を巧みに組み合わせて、くるくると舞うように鎌を振り回している動き。
そこから転じ、凄まじい踏み出しと踏み込みによる目で追えないほどの直線の動き。
また、普段も速いことは速いが、目で追えるくらいに抑えているのが見ていると分かる。その落差が、素早く踏み込む際に普通より何倍も早く見せているのだ。
だけど普段の動きも、恐ろしく動きと動きのつなぎ目が滑らかで滞りがないから、全然遅いと感じないのだ。
それは……おそらく何手も先まで考えて動いているから。
――すごいなぁ、でもあんな無茶な緩急をつけたら、すぐに脚をあちこち痛め……あ。
……違う、それはあくまでも現実世界での話だ。以前から彼女は言っていたではないか。この世界では、反作用は無視できると。
ヒントは得た。
円から線に。現実では絶対にできないし、ゲームでも今まで無意識に行わなかったような、脚を痛めかねない強い力で、思いっきり地を蹴る。
ドンッ、と凄まじい足音が、自分の足元から生じた。
まるで自分が瞬間移動したように、すぐ眼前に目標だった触手が現れた。
「きゃっ……!?」
予想外のスピードに驚きはしたものの、咄嗟に手にした巨大な刃を持った槍というか薙刀……『バルザイの偃月刀』という、このダンジョンのレイドバトル中に手に入れたすごいレアらしい武器だ……を振り回す。
すれ違い様に放つ形となったその偃月刀の刃は、カスミが速度に乗っていたことも相まって、予想より遥かに軽い手応えで触手を半ばから真っ二つに斬り裂き宙を舞わせた。
――これが、本来の私の……プレイヤーキャラクターである『カスミ』の力なんだ!
今、自分が行ったことを頭の中で反復するたびに、じわじわと、喜びが胸の内から湧き上がってくる。
「き……気持ちいい……!」
嬉々として視線を巡らせ、目についた一体……いや、直線状に並ぶ数体の触手目掛け左手を刃に沿わせた刺突の構えを取り……引き絞った弓を放つように、全力全開で大地を蹴る。
なるほど、たしかに今までの自分は現実世界の常識という枷に囚われていたらしい。仮想世界のこの体は、もっとずっと自由だった。
「……『アサルトバスター』ッ!!」
大声で叫びながら放った、その熱衝撃波を纏う閃光の如き疾さの突進は……多数の触手たちを巻き込んで、まるで暴走列車の如く戦場を貫いた。
――これが、まおーさまや雛菊ちゃん達の見ていた世界!
ちょっとしたコツだけで、視界に広がる世界が広がった気がした。
現実世界の限界を振り切ったスピードに支配されているその世界は、凡庸な生き方しか知らなかったカスミにとってあまりに鮮烈で、刺激的で。
「あはは、気持ちいい……サイッコー!!」
殻を破るという快感に打ち震え……ハイテンション状態になったカスミは、満面の笑顔で触手たちを引き裂いて周るのだった。
◇
「……やれやれ、また我らルアシェイアのタンク役が減るな」
歓声を上げながら触手たちを轢き潰して回っている、何やらスピードドランカーに目覚めたケのある委員長に若干頬を痙攣らせながら、クリムはボソッと呟く。
元々、クリムから見てカスミには、枠を打ち壊せぬままそれでも自分たちについて来れていた時点で素養は見て取れたのだ。ただ生来の生真面目な性格と、自信の欠如によって自ら枷をはめていただけで。
「おっと魔王様、余計なお世話だったか?」
背後からの声……クリムの背後から生えてきた触手を斬り飛ばしたスザクの問い掛けに、クリムは肩をすくめながら首を振り、苦笑を返す。
「いや……感謝する。どうにも我は教えるのが下手みたいじゃからなぁ」
「まあそうだろうな」
「え、否定は無し? ねぇなんで我いま当然のような顔でディスられたの?」
若干拗ねたフリをしながら、カスミに負けじと手近な触手をまとめて切り払いつつ、獅子奮迅の勢いを見せる彼女を観察する。
カスミの使用する両手長槍は、相手との距離を取って戦う安全・安定重視の武器と思われがちだが……その真骨頂は、盾を捨てて攻撃に特化した際の突破力にある、ゴリゴリの火力武器だ。
中には北の氷河のエルネスタみたいに盾も持ち周囲を広く見て、補助的に立ち回ることをあえて選んだプレイヤーも居るが、その立ち回りはサラの方が近いだろう。
どうやら……カスミは、斬り込み隊長的なアタッカーに開眼したらしい。普段の真面目な委員長からは予想外の適正に驚きはしたが、自分のスタイルを見つけたことは素直に喜ばしい。
「あとは、あやつ真面目すぎてゲームセンターとか行った事もあまりないらしくての。たまに格ゲーとか教えてやってくれぬか?」
「あー、まあ、対人戦での読み合いの力を鍛えるにはもってこいだしな……」
「うむ、まだまだ壊せる枷はたくさんあると思うのじゃよ」
そう笑っていたクリムだったが……すぐに、真剣な表情を取り戻す。気付けばこの辺りの触手たちは、すっかりと数を減じていた。
「さて……では、この辺りは任せる。またあとで、最終局面で会おうぞ」
「あいよ、それじゃまたな。少女の笑顔を守るために。いや、やっぱりガラじゃないな……」
「おいお主、仮にも勇者の称号持ちじゃろ……本来ならお主の役目じゃろ……」
肩をすくめてニヒルぶっているスザクへ呆れたように呟きながら、皆と合流するためこの戦線を離脱するクリム。
その後ろをついてくるカスミは……先程よりも走るペースを上げたクリムに遅れることもなく、ぴったり追従して来ているのだった――……
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