魔神クルウルウ戦②
――クルウルウと名乗る少女との戦闘開始から、一時間程が経過しようとしていた。
「雛菊ちゃん、いくよ! 『シューティングハウル』!」
――ゴァアアアッ!!
まるで魔獣の咆哮のような音を上げて、リコリスの銃から閃光の奔流が放たれた。
それは射線上の触手を巻き込んで、クルウルウを飲み込む。
『ぐ、う……っ!』
微かに揺らぎはしたものの、大した痛手とはなっていない様子のクルウルウ。
だがしかし……その眼前にはすでに、魔を滅する蒼の炎を纏う、雛菊の姿があった。
「……秘剣、『九重』」
『……かはっ!?』
通常の刀スキルで覚える、9つの型。
それを一瞬で放つ連撃技、刀スキル秘奥『九重』。
青い残像を残す無数の剣閃が奔り、逃げ遅れたクルウルウの体に吸い込まれた。
「合わせろクリム、『サイクロンドライブ』!」
「団長、合わせてくださいね、『サイクロンドライブ』!」
タイミングを合わせて放たれた、フレイとラインハルトの高位風魔法。渦巻く旋風が地を削りながら奔り、クルウルウの体を飲み込む。
「これで……!」
「お仕舞いじゃ……!」
その旋風の中を駆けるようにして肉薄したソールレオンの双剣とクリムの大鎌が、確実にクルウルウの身体を捉えた。手に今度こそ、確かな手応えが伝わる。
『が、はぁ……っ! ああ……そうか、ハハハ、そうかそうか、余が、負けたのか!』
ぼたぼたと、全身の傷と口から血とは違う黒い半透明な液体を垂れ流しながら、そんな殊勝な発言をこぼすクルウルウ。
「勝った……のか?」
「こ、これで終わり……?」
ざわつく周囲。皆、自分たちが勝ったのが信じられないといった様子で戸惑いを見せている。
――あまりに、呆気なさ過ぎやしないか?
途中で、行動変化があったわけでも無い。これで終わりというのは、あまりにも……そんな漠然とした不安が、周囲へと伝播している。
『く、はは……感謝するぞヒトどもよ……これで……』
そんなプレイヤーたちをあざ笑うように、クルウルウが言葉を続ける。
そこに浮かぶ感情は、もはや疑いようがなかった。それは――
『これで……
凄絶な笑顔を浮かべたかと思えば……直後、クルウルウは崩れ落ち、その場に倒れ伏した。
だが……その床に、少女の被っていた不気味な帽子だけが沈み込むように消えてしまう。
「かはっ……」
この場のプレイヤー皆が呆然と、倒れ伏して動かないクルウルウ……被り物が消え、その姿を覆い隠していた無数の触腕が無くなり、今は白い質素なワンピースらしき服に身を包んだ少女……を凝視していた――そんな時、部屋に倒れ伏したクルウルウが、小さく咳き込んだ。
――その瞬間、クリムは咄嗟に動いていた。
「フレイヤ、彼女に回復魔法を!」
「え!? う、うん、わかった!」
フレイヤに指示を飛ばしながら、クリムも自分の指を噛み切って血魔法『生命の精髄』を発動し、少女の口へと紅く輝く血を落とす。
「おい、君、何を……」
「我にもわからん、だが、そうしなければならぬ気がするのじゃ……!」
先程まで死闘を繰り広げていた相手の治療を始めたクリムに、周囲の疑念の視線が刺さる。
しかし微塵も意に介さず、クリムはフレイヤと二人でクルウルウの治療を続ける。そうして二人掛かりの治療の結果……
「もう……大丈夫、です。お手数をお掛けしました……」
青い顔ながらもフレイヤの手を数回叩き、はっきりと返事を返した少女に、ホッと息を吐いて治療をやめるクリムとフレイヤ。
ふらつきながらも身を起こした少女は……先程までとは、雰囲気が一変していた。
「ありがとう……ございます」
「……君は?」
「名前はありません……これまで通りクルウルウで構いません」
そう言って、座ったまま頭を下げる少女。
前髪は目の上あたりで、後ろ髪は腰のあたりで切り揃えられた見事な銀髪と、どこか幸薄そうながらも端正に整った顔立ち。
それは……儚げとも言っていい可憐な少女だった。
「……あれ、え? 叔母上?」
「む、どうしたのじゃソールレオン、狐に摘まれたような顔をしおってからに」
突然動揺を露わにするソールレオンに、クリムが首を傾げて尋ねる。
「いや、何でもない……ちょっと知り合いに似ていただけだ」
そう言って視線を逸らし、ぶつぶつ言っているソールレオン……だけでなく、なぜかシュヴァルとラインハルトも彼と共に円陣を組んでヒソヒソと話している。
「いや……ちょこちょこと違うしキャラグラフィックが残っていたから流用しただけ、か?」
「じゃあ、あれって『あの方』の若い頃なんですかね?」
「おいおい……勘弁してくれよ似姿でもあの方に敵対なんて、俺は嫌だぞ……」
何やらボソボソと話している三人に、再度首を傾げるクリム。
一方で他のプレイヤーの中にも、ちらほらと彼女に見惚れている者が居た。
……どうやら、少女は容姿一つでプレイヤーたちを味方につけたらしい。
可愛いって正義だなぁと呆れつつ、クリムはフレイヤと共に少女へ手を貸して、部屋の奥の寝台へと座らせた。
「ありがとうございます、えぇと……」
「クリムじゃ」
「フレイヤです、えっと……ルゥルゥちゃん?」
「ルゥルゥ……ふふ、可愛らしい響きですね」
クスクスと笑い、フレイヤのつけた愛称がいたく気に入ったように、ルゥルゥ、ルゥルゥと嬉しそうに口ずさむ少女。
だが……直後、建物全体がガクンと揺れる。窓の外を見ると、激しく泡を上げながらゆっくりと上昇してるように見えた。
「お主、この振動は、一体何じゃ?」
クリムがとりあえず一番事情を知っていそうな少女に尋ねると、答えはすぐに返ってきた。
「これは……この『ルルイエ』が浮上している振動です」
「この街の……じゃがこの街は、もうすでに浮上したのではないか?」
「いいえ、今はまだ、頭を出しただけの状態です。完全に海から離れてしまうと、もう手をつけられ無くなってしまう。その前に私はもう一度、かの者を封じなければなりません……
そう、微かに震えながら告げる少女に、周囲のプレイヤーから同情的な視線が集中する。もはや完全に皆を味方につけた少女に舌を巻きながら、事態の深刻さに考えこむ。
――何が起きているかは、クリム他『ある神話』を少しでも齧ったことのある者達は、ここまでの道中もあって薄々だが理解していた。そして、それが本当の本当にヤバい事態であることも。
「それじゃ、君は一体……」
「私は遥か昔、あの存在を封印させるために自ら志願して贄となった者です。この身にかの者を宿し星辰を狂わせた上で、私自身が長い眠りにつくことで」
我に返ったらしいソールレオンの問い掛けに、彼女は胸に手を当てて、そう曰う。
「では、奴が去り際に枷が外れたと言っていたのは……」
「はい、寝起きでまだこの体の主導権を奪われてしまっていた事に加えて、私が傷付いたことで封印が緩んでしまい……どうやら、その隙を突かれてしまいました」
悲しげに目を伏せて、膝の辺りで服を握り締めながらそう告げる少女。皆がゴクリと息を飲む中で――少女は、告げる。
「今からこの街は真に浮上し、本当の目覚めが始まります。かの邪神ク・ルウ・ルウ――
彼女は悲壮さを漂わせた表情で、その名を口にしたのだった――……
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