魔神クルウルウ戦①
『未知を恐れぬ己が暗弱を悔いて、死にゆくが良い、儚き今を生きるヒト共よ!!』
そんな少女の声と同時に放たれた、無数の触腕。
更には……
「うわぁああ!?」
「触手が、触手がそこら中に!?」
「後衛、内側に下がって!」
後方から、上がる悲鳴。
そこには、最奥で眠っていた少女……クルウルウを包囲していたプレイヤーたちの、さらに外側を包囲するようにして、多数の触手が床から這い出してきていた。
「来るぞ皆、ひとまず本体は我ら北の氷河で対処する! 後方は……シャオ、お前も働け!」
「はいはい、それじゃ後方は僕が指揮を執りますよ、皆ついてきてくださいね!」
「我らは状況を見てどちらに加勢するか臨機応変に動くぞ、フレイヤはデバフ解呪を!」
三者三様に周囲に指示を出していく三魔王に、不意を打たれる形となったプレイヤーも、さすがはここまでついてきた猛者達であり、己が役割に従い動き出す。
「任せて、ちゃんと詠唱待機中だよ! 『
フレイヤ中心に、広範囲にむけてデバフを中和する回復・神秘複合の【神聖魔法】スキル70『
皆から次々とデバフアイコンが抜け、新たな状態異常がフレイヤの放つ光に中和されていく中で……ようやくトントンの状態まで大勢を立て直したプレイヤー達と、魔神『クルウルウ』戦の幕が切って落とされたのだった。
――このボス戦に参加したのは、攻略班総勢90名。
だが、その総力を結集して一点突破……という訳には、もちろん行かない。本体が小柄な少女ということで、大勢での対処が難しいのだ。
そのためメンバーの大半、体力吸収能力をもつ周囲の触手の群れの処理班の指揮をシャオへと委託し、北の氷河とルアシェイアで、クルウルウ本体への対処に当たっていた、のだが……
「うわっ!?」
「きゃあ!?」
周囲から上がる無数の悲鳴。
クルウルウの被り物の触腕が伸びて、凄まじい速さと正確さで周囲のプレイヤーたちに襲い掛かる。
「くぅ、牽制射のくせにやたら重い攻撃を飛ばしよって……!」
自分と、背後のリコリスへ向かう触腕を切り捨てながら、クリムが舌打ちする。
散発的に、結構な頻度でタンク以外へと飛んでくるこの全周囲のランダムターゲット攻撃。
それ自体が非常に重いため、後衛も皆、挙動を見逃さぬよう神経をすり減らしながらの攻撃となり、どうしても手数が落ちる。
また『聖域』の維持と周囲の回復に手を取られるフレイヤはヒーラーに専念しなければならなくなっており……結果、メインタンクである北の氷河のリューガーを軸に、ソールレオンとエルネスタ、そして耐久力としては脆い部類であるクリムまでもがクルウルウのターゲット回しに参加しているため、アタッカーに専念する人員が明らかに不足していた。
もっとも……フレイヤ自身非常に耐久力が高いため、サブタンクを割かずとも耐えられるのは幸いではあるが。
更に……
「フレイ、魔法来るぞ!」
「分かってる!!」
「ラインハルト、レジスト魔法頼む!」
「大丈夫、準備できてるよ!」
クリムとソールレオンが背後の相方に指示を飛ばすと、クルウルウの周囲に青い魔法陣が浮かび上がった。
だが、その数が尋常ではない。
同時に9つ。一斉に詠唱が開始された『スプラッシュ』の攻撃範囲が、ランダムで決定されたターゲットの足元にArea of Effectとなって展開された。
今現在ターゲットを保持しているリューガーを除くAoE保持者は範囲が重ならないように一斉に散開し、フレイとラインハルトの放った属性ダメージを軽減する魔法が、皆に付与される。
直後、戦闘フィールドに上がる水柱。
その威力はクルウルウの高い魔法攻撃力を示すように凶悪で、魔法を受けた者のHPが、多い者で五割ほど。ぐっと減少する。
それだけでは済まず、足元が水場になった者はそれに足を取られ、思うように歩けなくなる中で。
「来るぞ、全員散開!」
治療もそこそこに、ソールレオンが怒鳴る。
クルウルウと直接斬りあっていた者たちは一斉に彼女から離れる。直後、今度はクルウルウを中心に外へウェーブを描く青いAoE……本命であるヘイトリセット効果付き広範囲攻撃魔法『メイルシュトローム』が展開した。
『目障りなヒトどもよ、余の眼前から疾く失せよ、メイルシュトローム!!』
大量の水による波が、クルウルウの周囲に居た者たちを押し流す。
……先程、一度はこれで戦闘不能者こそ出なかったものの、半壊した。
では、今回はというと……ライフを赤く染めた者が数人居るものの、皆健在だ。
「スイッチ、ここは私が!」
「団長、お任せしました」
ヘイトリセット効果によりフリーになったクルウルウに、ソールレオンがヘイト上昇効果の高い閃光魔法『フラッシュ』を投げつけながら斬りかかる。
――ラグナロクウェポンを使うか?
クルウルウのあまりの手数の多さに、一瞬クリムはそんな考えを抱き、だがすぐに棄却する。
「なんだ、この……確かに全方面にやばい相手じゃが、なんか、こう……」
切り札を切るのを躊躇う理由。
それをうまく言語化できず、クリムは口ごもり、思索へと注意を逸らしてしまう。が……
「しまっ……」
しゅるっと腕に絡みついてきた、細長いゴムのような感触の物体……クルウルウの触腕。
そんな絡め取られたクリムを見つめる少女が、不吉な笑みを浮かべ、ぱちっと触腕に青紫色の電光が走る。
――電撃!
直後訪れるであろう衝撃に身構えるクリムだったが――
「――『ストームブリンガー』!!」
間一髪で放たれたフレイの魔法、緑色に輝く風の刃がその触腕を斬り裂き、自由を取り戻したクリムはバッと後退する。
「おいクリム、ボーっとするな!」
返す刀でクリムを追ってくる触腕を薙ぎ払いながら、フレイが叱責してくる。
「わ、悪いフレイ、少し考えごとをしていた、助かった!」
礼を言って、すぐにまたクルウルウへ向き直る。
だが……先ほど不意に浮かんだ疑問は、クリムの中に燻っていた。
――なんか、こう……
確かに強い。
全周囲への凶悪なデバフから始まり、単純に強大なパラメーターや、大量の触腕による手数と、多重に使いこなす魔術。使役する大量の雑魚エネミーから送られてくる、プレイヤーたちから吸収したライフと魔力による無尽蔵なリソース。
認めよう、どれをとっても最終ボスに相応しい一級品だ。
だが……どれも既存のものを高めて詰め込んだだけの能力みたいで……どこか、
これならば、ここまでの道中で培ってきた基本をしっかり押さえれば、案外と苦戦しながらも耐えられる……耐えられてしまう。
――このゲームの運営にしては、あまりに毒気が無いな?
クリムは、そんな若干失礼なメタ読みによる、漠然とした不安が消えない思いを抱えながら……やがて、クルウルウ戦はジリジリと進んでいくのだった――……
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