逆襲のクロマグロ
『ギョオ……ッ!!』
不退転の決意とともに、三叉の槍を構えたサーモンリバー=カトゥオヌス十三世 (クロマグロ)が周囲の水を巻き込んで巨大な水流のドリルと化し、突貫を仕掛けてくる。
だがしかし……もはや立ち上がれぬほど損害を受けたプレイヤー側で、それでもなお皆の支援を受け、満身創痍ながら立ち上がった者が二人。クリムとソールレオンだった。
「これで……!」
「終わらせる……!」
クリムの大鎌と、ソールレオンの双剣が、同時に放たれサーモンリバー=カトゥオヌス十三世 (マグロ)と衝突し……
――斬ッ!
水流のドリルが千々とちぎれ消え、サーモンリバー=カトゥオヌス十三世 (相場1キロ三万円也)にその刃が届く。
『ギョ……ギョ……ッ!!』
――ズズン、届く地響きを上げて、巨大な身体が崩れ落ちる。
そのまま、シンと静まり返る一帯。皆が固唾を飲む音だけが微かに聞こえる中で、さわさわと水流の音だけが広い空洞内に流れる。
やがて……その指先と爪先、尾びれの先から残光に還り始めたのを見て……ようやく、周囲から安堵の空気が流れ始めた。
「はぁ……はぁ……何なんだ、あいつは」
「さあ……ほんと……何なんじゃろな……」
疲労困憊の体でぼやきながら、水に濡れていない岩場に座り込むソールレオンとクリム。
最前線に出ずっぱりだった二人のHPはずっと真っ赤になっており、二人揃って生き残れたのが不思議なくらいだった。
「まさか、
「指揮官としても手強いなんて、なんという奴なんだ……」
「うぇぇん、死ぬかと思ったよー」
こちらは、フレイヤとフレイ、そして彼らを身を挺して守っていたカスミ。四方から河豚男の口から放たれるウォーターカッターの狙撃に晒される中での援護を強いられた後衛の皆も、皆疲労困憊で座り込んでいる。
「うわぁ……こっちはえらいことになってるですね」
「伏兵の排除遅れてごめんなさいなの」
「連中、なかなか巧みな隠れ方をしていたぜ。ちみっこ二人も居なかったらやばかった……連中、プロだ」
こちらは、別働隊として後衛を狙う狙撃手の排除に当たっていた雛菊、リコリス、そして北の氷河のシュヴァル。
他には……ラインハルトが、戦場を歩き回って戦闘不能者に蘇生魔法を掛けて歩いている。見た感じ、半数は殺られている。
……そんな時、残光へと還りかけていたカトゥオヌスが、ぴくりと動いた。
瞬間――皆、バッと立ち上がり、武器を構え油断なく取り囲む。
だが……そこで力尽きた彼は、また再び地に倒れ伏し。
『一度……ナラズ……二度マデモ……皆、スマヌ……ギョ』
それだけ言い残し、無念の表情で……多分。魚の表情なんて分からないし……今度こそ完全に力を失い光へと還っていった。
「し……」
クリムが皆の代表という感じで、呆然と口を開く。直後――
「「「喋ったぁぁああああッ!?!?」」」
あいつ、人の言葉を喋れたのか。
そう、騒然となる一行だった。
◇
難敵サーモンリバー=カトゥオヌス十三世(ルルイエ産天然)を降した一行だったが……戦闘時間は三時間に及び、今の現実世界の時間は丑の刻、午前1時を回っている。
そうなると当然ながら……いつも早寝する『良い子』たちは、完全に限界をオーバーした時間なわけで。
「……君たちのギルドは、小・中学生もいるんだったな。やはりぼちぼち限界みたいだから、ここまでにしよう」
先程から欠伸の頻度が上がったリコリスと、もはや中ば夢の中といった様子でうつらうつらしながら歩いている雛菊をさすがに見かね、ソールレオンがそうクリムに切り出す。
「すまんな……明日は特に予定も決まっていない故、入れそうな者がいたらまた来る」
「ああ、頼りにしている。それまでこちらも進められるくらい進めておこう」
そう言ってすぐさま編成を再編しなおすソールレオンに頭を下げて、クリムは眠そうな二人の肩を叩く。
「というわけで、雛菊、リコリス、今日はここまでにしよう」
「はぁーい……」
「了解……です」
二人はそう言ったと思ったら、すっとログアウトしていった。丁度緊張が切れた瞬間に寝落ちし、脳波異常により強制ログアウトされたのだろう。
そんな二人に苦笑しながら、残るクリム達四人も、北の氷河の攻略班に……特にエルネスタと男性ギルドメンバーに……名残惜しそうに見送られながら、ログアウトするのだった。
◇
…… 『Destiny Unchain Online』から戻ってきた現実世界、満月家のリビング。
「さて……それじゃあ私は雛菊ちゃんを抱えて連れていくから、昴は深雪ちゃんをお願いしていいかな?」
「ん、了解。聖、二人の布団をお願いね」
「はいはーい」
そう役割分担し、それぞれの仕事に散っていく。
紅はソファにもたれすっかり眠っている雛菊の背中と膝に腕を回し抱き上げると……彼女の体は、紅が身構えていたよりもずっと、軽い力で持ち上がった。
「おっ、とと……うわ、軽いなー」
小学生ってこんな軽かったっけ……と考えたところで、すぐにそれだけではないことに気がついた。
――私の力が強くなったのかな、これは。
昼間にも言われた身体能力の変化。それを、腕の中で気持ち良さそうに眠る小さな女の子の存在により、強く実感する。
そんな彼女は紅の胸に抱かれ、気持ち良さそうに頭を紅へとすり寄せてくる。
そういえば、子供の頃ってこうして眠ったまま抱いて運ばれるのが心地よかったなぁ……と、紅はふと昔を懐かしみながら、落とさぬよう雛菊を抱え直す。
「それじゃ、私は進路上のドアとか開けるね」
「うん、ありがとう委員長。昴の方は大丈夫?」
「問題ない、深雪ちゃん軽いし」
「……お前それ本人には黙ってろよ、たぶん悶絶するから」
将来性という点において、聖に並んで『ルアシェイア』内で最もスタイル良く育ちそうな兆しのある深雪だが、基本的には細身なため、軽いというのは嘘ではないだろう。
だが、果たして「大好きなお兄さん」に眠っている間お姫様だっこされ、そんな評をされていたと知ったら……引っ込み思案な彼女のことだ、引きこもりかねない。
「わ、分かった……」
力説する紅の言葉に……昴はいまいちピンと来ていない様子で首を捻りながら、紅へと頷く。
その後、眠る二人を布団へと横たえて、紅達もそれぞれの布団へと入り……お泊まり会二日目は、終わりを告げたのだった――……
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