温泉がーるずとーく
「おまたせー、こっちに居たんだね、紅ちゃん、それに深雪ちゃんも」
そう言って露天風呂の方へと入ってきたのは、髪や体を洗い終えた聖と、彼女と手を繋いだ雛菊の二人。
彼女たちは湯に浸かる紅と深雪を見つけると、いそいそと浴槽に入ってきて、段差に腰掛け湯に半身を浸す。
「ずいぶんと、時間掛かったね?」
「うん、雛菊ちゃんも洗ってあげてたからねー」
「はい……聖お姉さんは背中をお流しするのが上手です……」
天上の心地でした……そう、聖の肩に頭を預け、はふぅと満足の吐息をつく雛菊。
すっかり骨抜きなその様子に……紅自身でも本当に驚きだったのだが、内心にもやっとしたものが湧き上がるのを感じていた。
「……紅ちゃん?」
「い、いや、なんでもないっ」
「……?」
紅の様子を目敏く察知した聖が、声を掛けてくる。
そんな彼女に慌てて問題ないと首を振る紅に、聖は首を傾げるのだった。
皆が揃い、のんびりと話をするために半身浴に切り替えたため、再び紅にとって心休まらぬ空間と化した露天風呂。
「ところで……ずっと気になっていたのですが」
ふと、雛菊がそんな言葉を発する。その目は、ガチガチに緊張して目線を明後日の方向へと飛ばしていた紅を、ガッチリとターゲットしていた。
「満月お姉さん、本当に肌が綺麗ですねぇ……」
「そ、それ、私も気になっていたの!」
「……うぇ!?」
紅の膝に手をついて間近で覗き込んでくる雛菊。
便乗して話に加わる深雪。
そんな二人に至近距離まで詰め寄られた紅が、驚いてのけぞる。
確かに、紅の肌はその体質から、日本人離れした白色だ。そもそも日本で暮らしていて、先天性白皮症の者にそうお目にかかる機会があるものでもないだろう。
更には母、天理譲りの日本人離れした骨格から来る高い腰の位置、細い腰をしているため、裸になると余計に目立つのだ。
「さ、触ってみてもいいですか?」
「わ、私も……!」
「そっ、それは、まあ、いいけど……」
キラキラとした目で見上げてくる雛菊と、おそるおそる上目遣いで尋ねる深雪。そんな二人の頼みを紅が断れるわけもなく、頷いてしまう。
「ありがとうございますです!」
「わっ!」
そう抱きついてくる、子供特有の最初から全開なスキンシップを仕掛けてくる雛菊に、カチンと硬直する。
「えへへ、柔らかくて、いい匂いもするです……」
「そ、そうかな……」
そのまま紅の胸に頭を預けてその腕の中に収まり、寛ぎ始めた雛菊。
まあ、この子はしっかりしているように見えてもまだ小学生だしな……そう、太ももに感じる滑らかなお尻の感触を無理やりに頭から締め出して、その存在を諦めたように受け入れる。
一方で。
「で、では失礼して……」
そう、深雪が、こちらはおそるおそるといった感じで触れたのは……さすがに色々遠慮してか、紅の二の腕。
「んっ……」
「ふわぁ……なんだか、赤ちゃんの肌みたいなの……」
ふにふに、むにむに……そんな感じに触れてくる、おっかなびっくりといった力加減が、かえってもどかしい。
こそばゆさに口から洩れそうになる声を唇の内側を噛んで耐える紅をよそに、純粋な感嘆の声を上げる深雪に、なんだかいたたまれなくなって視線を外す。
「ねー、すごいよねー。紅ちゃんってば皮膚が薄くて敏感だから、洗うのもすごく大変なんだよー」
「なんでそれを嬉しそうに言うのさ……」
「だって綺麗にしがいがあるもん!」
自信満々に、そう言い切る聖に、ジトッとした視線を送る。
「……なんだろ、この状況」
女の子二人と密着し、幼なじみになぜか褒めちぎられている現状に、遠い目で夜空を見上げる紅なのだった。
そんな風に、女の子皆できゃいきゃいと騒いでいると。
「あー……皆、もしかしてそこにいるのか?」
男湯の露天風呂との間を遮る壁。
その向こうから、ふと掛かった声は……
「あれ、昴もそこに居るの?」
「ああ、そうだよ姉さん。龍之介さんも一緒だ」
聖の問い掛けに、声の主……昴から肯定の言葉が返ってくる。
「あ、パパも居るんだ?」
「おう、深雪。そっちで紅や聖の嬢ちゃんたちに、迷惑かけていないか?」
「そんなことしないもん!」
「はヒュ!?」
新たに腕に加わる柔らかくも弾力のある感触に、不意を突かれた紅の口から変な声が漏れた。
龍之介の言葉に、ちょっとおかんむりな返事を返し、頬を膨らませて紅の右腕に抱きついてくる深雪。
女の子たちの密着面積が上がったことに悲鳴を上げかけ、慌てて飲み込んだ紅だったが……
――まずい、何がまずいって俺の理性がまずい……!
立て続けに襲い来る、まだ女の子の裸に耐性が無い紅にはあまりに刺激の強すぎる状態の連続に、頭に血が上る。ぐるぐると目が回る感じがしてきた。
「そういえば、満月お姉さんに聞きたいことがあったですが」
「あー……何?」
なんだか言動が怪しくなり始めた紅をよそに、腕の中の雛菊が首を捻り紅の方を見上げ、聞いてくる。
「お二人はずいぶん仲が良いとお見受けいたしますが、聖お姉さんとは、どういった関係なんです?」
「聖との……そうだなぁ……」
朦朧とする頭で、とりあえず頭に浮かんだ言葉をそのまま口に出す。
「……大事な人だよ……とても。うん」
「え、こ、紅ちゃん?」
戸惑ったような、焦ったような聖の声に、はて、何かまずいことを言っただろうかと首を傾げる。
「それって、恋人なんですか!?」
「ちょ、深雪ちゃん!?」
すわ恋話、しかも女の子同士の禁断の関係かと目を輝かせた深雪のストレートな質問に、さすがの聖も今度こそ慌て始める。
だが、すでに紅にはまともな思考力も残っておらず……熱に浮かされたまま、何を言っているかもよく分からずに口だけ動いていた。
「そうだなぁ……私は……ずっと昔から…………」
「あれ? ち、ちょっと、大丈夫かな紅ちゃん? ねぇ、この指何本に見えてる!?」
何だか少し慌てたような聖の声が聞こえたと同時に、紅の意識は途切れた。
その直前、何か口走ったような気がしたが……それは、記憶には残らない
――冷房が利いた、涼しい空気が頬を撫でる。
そよそよと前髪を揺らす優しい風に……闇に沈んでいた紅の意識が、ゆっくりと浮上した。
「うーん……」
「あ、目覚めた……?」
「……………………聖?」
返事に時間が掛かったのは、眼前が二つの大きな丘に塞がれていて、彼女がこちらを覗き込むまで顔が見えなかったせいだ。
どうやらここは、紅たちの借りている客室のソファーの上らしい。
紅はそこに、苦しくないようゆるめに浴衣を着せられて、横になっていた。
「紅ちゃんは、お風呂でのぼせて倒れちゃったんだよ、覚えてる?」
「ああ……それでかぁ」
全身が酷くだるい。
聖が水差しで少しずつ含ませてくれる水をゆっくり嚥下しながら、納得する。
「ここのお湯は湯当たりしやすいから気を付けろって、係の人に怒られたんだよ?」
「そういえば……注意書きに書いてたような……」
高張性温泉がどうの……という注意書きを、確かに脱衣所で見た気がする。
「あとで昴にもお礼言っときなよー、服を着せた紅ちゃんを、ここまで背負ってきたのはあの子なんだから」
「う、うん……」
若干怒った口調の聖の言葉に、少しだけシュンとする。
意識が途切れていた間に戻ってきたそこで、聖に膝枕されているのだと理解した紅だったが、全身の気怠さから起き上がれず、諦めてその柔らかい膝に頭を預ける。
そのまま、優しく髪を梳く細い指の感触に身を委ね……ふと、聖の様子がおかしなことに気がついた。
「……あれ、聖もなんだか顔赤くない?」
「だ、だだ、大丈夫だよ!?」
彼女も、のぼせたのだろうか。
心配して首を傾げる紅だったが、彼女はというと、紅から視線をそらし、あたふたとしていた。
「うぅ……意識失う直前だったから、何言ったか覚えてないかぁ……ホッとしたような、残念なような……」
「……???」
赤く染まった両頬に手を当て、何やらよそよそしくブツブツ言っている珍しい様子の聖に……紅はただただ首を傾げ、見上げるのだった――……
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