期末試験終了

「……終わったぁあああ!」


 全ての試験が終了し、いつもつるんでいる皆で学校の敷地から出た時、委員長……佳澄が、そんな声を上げて全身で喜びを表していた。


「あはは……委員長、お疲れさま」

「本当に疲れた……でも、あなたたちのおかげで手応えはバッチリでした!」

「そっか、それは良かった」


 嬉しそうに、にへら、と紅に笑いかけてくる佳澄に、紅もつられて笑顔を返す。


「お、流石に満月さんは余裕だねー」

「紅ちゃんは、今絶好調だったからねー?」



 そんな佳澄の言葉に聖が返事をしたとおり、ちょうど試験前日に生理が終わり煩わしいものたちから解放された紅は、試験を万全の精神状態で挑むことができた。


 これまでの自己採点の結果も今のところ問題なく、なんの気兼ねもなく試験期間終了特有の晴れやかな心地に包まれていたのだった。



「それじゃ……聖ちゃん行きますか」

「ええ、勿論……お楽しみの水着を買いにいくのだー!」

「だー!!」


 そう言って、紅を両側から挟み込むようにして捕まえる、聖と佳澄。この二人は、試験勉強の間にすっかり仲良くなっていた。

 そんな、試験上がりということでテンションMAXな乙女二人を止められるわけもなく……もはやこうなることは予想済みだった紅は、なかば諦めの目をして無抵抗で従うのだった。



 ただし……



「それじゃ、僕は先に帰……おい、手を離せ紅」


 ……一人立ち去ろうとする昴の袖を、ガッチリ掴まえながら。


「ククク……昴、お前一人逃してたまるか」

「……この野郎」


 死なば諸共とばかりに悪い笑みを浮かべ昴のシャツを掴む紅に、昴はただ、呆れたように嘆息するのだった。




 ちなみに結局、昴は荷物持ちの報酬として、喫茶店でスイーツ一つ奢ることで納得させた。


 ――あれ、通常サイズ一つ一人で完食できなくなったんだよなぁ。


 ビッグサイズなデニッシュの上に山盛りソフトクリームが乗ったそのスイーツ(通常サイズ)を思い浮かべ、紅がしみじみとため息をつく。

 女の子になって、紅の胃の容量は明らかに落ちた。元は昴とも大差ないくらい食べられた少年だった時は、もう戻らないのだった。







 ◇


 ――というわけで放課後、電車で街へと繰り出した、委員長も交えた紅たち四人は、紅の入院中の一時外泊の時にも訪れた大規模商業施設へと来ていたのだった。



 外の暑さとは違い、冷房の効いた店内では丁度、水着のフェア真っ最中。

 フロアのかなりの割合を占めるそのスペースでは、数多くの女性たちが自分の理想の水着を求めて跋扈する、そのフェア会場。



 そんな中……一際目立つ姿をした紅は、周囲の注目に居心地の悪いものを感じ。カチコチに緊張した様子で歩いていた。


「それで、満月さんはどんな水着がいい?」

「……と、言われても。どんなものを選べばいいのか分からなくて」

「そうだねぇ……たぶん、白い水着は似合わないかなぁ」


 委員長の言葉に、な、なるほど……と紅は頷く。


 なんせ、今の紅は髪から肌から何もかもが真っ白であり、さらに白い水着など着たらもはや白一色である。


 あれはやはり、黒髪とのコントラストがあるから映えるのですよと語る委員長に、隣で聖も、うむうむと納得していた。


「かと言って、黒メインってのも違うよねぇ。あ、満月さん、次はこれお願いね」

「あまり扇情的な水着も、紅ちゃんとはイメージと違うかな。紅ちゃん紅ちゃん、次はこれもどうかな?」

「あ、でも明るめのパステルカラーと合わせるならいいかも? というわけで、こっちも着てみようか」

「待って、ペースが早いよ二人とも!?」


 次々と選ばれていく紅の試着候補に、流石にたまりかねた紅が悲鳴を上げる。


 試着自体は以前の下着の時同様、NLDを用いたAR表示であって実際に着替えをしているわけではないとはいえ、流石にあれもこれもと着せられては、可愛いー、とはしゃがれていると、疲労……主に照れたり恥ずかしかったりという精神的な……も溜まってくる。


 そんな感じでしばらく連れ回され、早く決定してくれないかなぁと、半ば死んだ目で水着の棚を見つめて歩いていると……


「あ」


 ……ふと、紅の目が一着の水着で止まる。


「ねぇ二人とも、これとかどうかな?」


 そう言って紅が指差したのは……黒をベースにしながらも涼しげな白とライトグリーンのフリル装飾を散らした……いわゆるチョコミントカラーのビキニタイプの水着。

 ただしその上から羽織るための、透ける素材でできた膝上丈のワンピースも付属するために、最終的な露出はさほど高くない。


「おー、満月さん意外と可愛いの選ぶねぇ」

「ほら、紅ちゃん、試着してみよう試着!」

「う、うん……」


 促されるままに、ARデータを読み込み、着用する。


「「……可愛い!!」」

「うわ!?」


 二人にぐっと詰め寄られ、思わずのけ反る紅。

 どうやら二人のお眼鏡にもかなったらしく、紅を囲んできゃいきゃいと盛り上がる二人に、すっかり圧倒されていた。


「ほら昴も、紅ちゃん可愛いよね!?」

「あ、ああ、まあ、な」


 聖にぐっと肩を押されて、この場唯一の男性である昴の前に立たされる。


 紅が照れて髪を玩ぶ一方で、昴の方も顔を真っ赤にして紅の方をチラチラ見ながら、聖の意見に同意していた。


「いいじゃん、これにしよ、ね!」


 委員長が、興奮した様子でそう太鼓判を押すので……紅も、購入を決めて買い物カゴに一式を投入する。





 そうして最大のイベントである紅の水着は決まり、他の二人もようやく自分のものを選び始める。


 疲れた様子の紅を見かねた昴の提案で、二人が水着を選んでいる間、紅は昴と共にベンチで休んでいた。


「そういえば……今度のイベント、旅行にかぶっていたよな?」


 不意に、昴がそんなことを聞いてくる。

 紅は、最近はそれどころではなかったために曖昧な記憶から、次回のイベントの情報を引っ張り出した。


「うん、たしか……大陸南の海辺に突然現れた、異形が跋扈する海上都市の探索イベントだっけ。旅行二日目に被っていたはずだね」

「……概要を聞いた時点で嫌な予感しかしないな」

「だよね……」


 この時点でもはや、真っ先に思い浮かぶのはコズミックホラーの「アレ」しかない。ルルなんとかとかそんな。


 そんな場所で、PKありの探索イベント。

 運営、いいかんじに頭がキマってきているのではなかろうかと、心配になってくる紅なのだった。



 ……もっとも、その中枢にいるのが他ならぬ紅の両親なわけだが。



 そうして、しばらく昴と雑談あるいは愚痴に興じ……自動販売機で購入したカップのドリンクが、氷が全部溶けて水になってしまった頃、ようやく水着を買いに行っていた女性陣二人が戻ってきた。


 二人ともその顔はホクホクと満足げで、どうやら二人とも納得できるものが選べたらしい。

 ただし「当日のお楽しみ、ね?」と聖に軽くあしらわれ、どんなものを買ったのかは教えてもらえなかったが。



 あとは……水着の他に、ビーチサンダルやラッシュガード、サングラスなどの海のグッズ以外にも、お泊まり用の小物を色々を見て周り、必要な物をあれこれ買い込んでいく。

 すっかりと昴が抱えた荷物も増えた頃、ようやく買い物大好きな聖と佳澄が満足したようで、紅と昴はホッと安堵の息を吐いた。



 そしてその後、昴の報酬も兼ねて皆で入ったのは、軽食の量が多いことで昔から有名だった某珈琲店。


 そこで期末試験終了の打ち上げをして……ショッピングモールを出る頃には、すっかりと日も傾き始めていたのだった――……

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