小休止
――スザクたちの活躍によって、崩壊した戦線が再構築され、すでに数時間が経過した。
前線からやや離れた場所に構築された、生産職や商人プレイヤーによって運営されている前線基地。
スザクは今、そこへ補給と回復のために後退してきていた。
ファーヴニルとの戦闘はというと、今はすっかりと安定したルーチンワークが組み上げられていて、危なげなく戦闘を進めている。
そのため前線基地は、今のうちに後方部隊で治療を受けるために交代で前線を離脱してきた者たちで、ごった返していた。
そんな一角にスザクは座り込み、【自然回復】スキルによってジリジリと伸びていくHPバーをぼんやりと眺めていた……そんな時だった。
「はい、あげる」
そう声を掛けられると同時に、突然顔の横に差し出された緑色の液体を内包する三本のビン。
見上げると……そこには、年の頃たぶん二十代とスザクよりはやや年上っぽそうな、青い髪色のワービーストの女性が佇んでいた。
「これは、回復薬ですか?」
「うん。私が作ったものだけど、良かったらどうぞ?」
そう告げる彼女……ジェードと名乗った、その錬金術師風の格好をした猫系ワービーストの言葉に、悪いと思いつつ鑑定を仕掛ける。
それは……たしかに回復薬だ。ただし、かなりの上等なランクの。
そんな高価なものをもらう理由が無い、と見上げて目で問うスザクに、彼女はニシシと笑うと、ぐいぐいと押しつけてくる。
「いんや、これはお礼だよ。うちのギルドメンバーを守ってくれたっしょ?」
「あ……それじゃ、あの二人の女の子の?」
「そ、ギルドメンバー。私は生産職だから、こんなことでしかお礼できないけどね」
「いや……ありがたいっす」
スザクの手持ちの回復薬は、すでに底をついていた。
ありがたく貰った回復薬の一本の封を切り、一息に呷る。炭酸が抜けたエナジードリンクのような味に顔をしかめつつも、急速に回復が始まったHPバーに安堵の息をついた。
残り二本は、危なくなったら使おう。そう思い、瓶を鞄に仕舞っているときだった。
「ところで君の防具って、プレイヤーメイドの既製品よね?」
不意に、彼女がそんな質問をしてくる。
彼女が言う通り、スザクの纏っている防具はプレイヤーの露店で買い揃えたものだ……が、ようやく自身の身に起きている異変に気付く。
「あ、ああ……そういや、なんで赤く染まってるんだ?」
服だけではなく、髪の毛までもが赤く染まっている。
なんだこりゃ、と思いながら元の色に戻れと念じると、なんと髪の毛だけは、本当に元の緑がかった黒髪へ戻る。
「服は……ダメか」
「おかしいなぁ……エネミーの血とかで汚れても、水に入るか一定時間で汚れは取れるのに。ちょい調べてみても?」
「あ、ああ、頼む」
スザクの鑑定眼よりは、生産職の彼女のほうがスキルは上だろう。もしかしたら自分には分からないことも調べられるかと思い、任せることにした。
「これは……」
「ん、どうかしたか?」
「まぁ、実際に見てもらったほうが早いわね。ほら」
そう言って、彼女が開いていたアイテムの鑑定結果を見せてもらう。そこには……
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【ドラゴンブラッド・クルセイダーコート】
邪竜の魔眼から血を浴びて変質したクルセイダーコート。元の装備よりも防御力と魔法防御力が向上している。
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「ああ、目を潰した際に、たしかに血を浴びたな……なんか呪われてそうだな、これ」
「んー、特にそんな記述は見当たらないから、大丈夫じゃないかしら。それよりも、このネタは需要があるわね」
「好きにしていいぞ、俺は別に情報で報酬を得ようとは思ってないし」
次回があるのならば、以降競争率が上がりそうではあるが、まああまり気分が良いものでもないし未練もない。
「で、なんで髪色まで変わったのかな?」
「ああ……そちらも、思い当たる節はあるな」
先程邪竜に喰われる直前に、そういえばスキルを取得していた。あらためてスキル一覧を開き、調べてみる。
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【
使用後一定時間、ステータス上昇に加えて、HPがゼロになっても『ガッツ』が発生する。
ただし効果時間終了後に現在HPが『1』となると同時に『スタン』を受け、その最中に死亡した場合バッドステータス『重傷』を受ける。
※バッドステータス『重傷』:蘇生後60分間、通常の『衰弱』の倍のステータス低下を受ける。時間経過以外での回復不能。
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「うわ……」
思わず口元を手で覆い、呻き声を上げる。
後ろから覗き見ていたジェードも、渇いた笑いを浮かべている。
「……あはは、えげつないデメリットねぇ」
「ああ……だが、使い道はあるな」
主に捨て石としての使い道だが、一定時間死なない盾になれるならば特定条件下では十分に魅力的だ。
「あとは、この剣も気になるが……そろそろ
そう言って、スザクはHPが満タン近くまで回復したのを確認して立ち上がる。
「あの、さ」
不意に、そんなスザクに掛けられるジェードの声。
振り返ったスザクの視線の先で彼女は、申し訳なさそうに俯いていた。
「私や私の仲間たちもね、あなたたちの戦っているところ、ちょっと離れていたところで見ていたんだ」
なんでも、たった三人で時間を稼ぐスザクたちの姿を目にして、皆で何か助けになりたいと駆けつけたのはいいものの……いざ戦場に駆けつけてみれば、スザクや雛菊、リコリスの戦いについていけそうもなかったのだと、そう彼女が白状する。
「ごめん、私たちはとてもあなたや雛菊ちゃん、リコリスちゃんの戦いに割って入れそうになくて、ただ傍観してた」
「……まあ、そのあたりは向き不向きがあるからな」
――それに、世代差が。
口には出さないが、内心でこっそりと思う。
――これは、世代間対立の原因となりかねない色々な問題から極秘ということになっているが、皆が薄々と察していることだ。
ことVR技術においては――ある世代、スザクを上限とした世代あたりから、適性が段違いなレベルで高くなっている。
通説では、今の若い世代はまだ成長期の柔軟な頭をしている頃から『NLD』によって現実世界とVRワールドという二つの世界を行き来している弊害らしく……脳神経回路が現代のフルダイブVR技術に適応した独自発達を遂げているために、個人差はあるが仮想現実に対する適応能力が大人たちよりもずっと高い傾向にあるらしい。
事実として……スザクが知る限り、フルダイブVRゲームにおいて覇を競っている今のゲーム大会の中で、旧時代のプロゲーマーは今や若年層にほぼ駆逐され、残っていない。
そのため、それこそ雛菊やリコリスみたいな生まれた時から身近なものとしてNLDに接していた世代は、フルダイブVRゲームに関してはある種天才的な感覚を備えているものも珍しくない……と、噂されている。
――が、どこかの『今の若者は進化した新人類である』と主張している過激派団体のようにそれを指摘する気はないし、そこまで空気が読めていないつもりも無かった。
「……あの、聴いてる?」
「あ……すまない、続けて?」
「うん。だから……私たちの仲間を助けてくれて、ほんとありがとうね! この恩はまぁしばらくは忘れないから!」
「……そこは、ずっと、じゃないのかよ」
「ごめん、ずっと忘れない自信は無い!」
「はは、まあ、そうだな」
悪びれないその年上の女性の言葉に、スザクも苦笑しつつ同意する。
「それじゃ、呼び止めてごめんね、頑張って」
「ああ、行ってく……なんだ、ありゃ」
「うっわー、なんかすごいことになってるー」
スザクとジェードは二人、ポカンと口を開けて、今から向かうはずだった前線を呆然と眺める。
そんなスザクの視線の先では、真っ暗だったはずの夜空が、真っ赤に染まっていた。
その元凶たる邪竜ファーヴニルは、全身に紅い光のラインを浮かべ、あたり一帯に燃える血を撒き散らして炎に包まれていた。
その焔纏う禍々しい姿……いわゆる第二形態。
それは、この大規模レイドバトルもついに佳境を迎えていることを、これ以上ないほどに主張しているのだった――……
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